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第八陣

すでに新選組は原田左之助と沖田総司の死、さらには近藤勇の斬首が確定し、旧幕府軍もじりじりと新政府軍に圧されていた。後に白河口の戦いと呼ばれる戦に負けた旧幕府軍は、次の戦に備え力を蓄えてた。

しかし、兵を集める暇もなく、雪が降り戦況が不利になる前に”会津”を制圧しようと考えた新政府軍が、会津へ向かって動き始めた。

再び戦は始まったのだ。

慶応4年8月20日。坂下での戦いに伝習隊と呼ばれた部隊は奮闘するが、とうの会津藩兵士たちは敗走し、残された伝習隊は大損害を受けながらも新政府軍の進撃を食い止めた。

だがその翌日8月21日。新政府軍は約2000の兵力をもって母成峠を目指した。あまりの戦力差に圧倒されつつ、新選組を含む旧幕府軍はたった700という兵力で新政府軍を向かい打つことにした。

そしてその中に、乱獅子隊の幹部の姿もあった。


「伴、本当について来てよかったのか」

土方の横には、乱獅子隊の羽織を着た伴がいる。伴だけではない。今回ばかりは加勢すると永倉と江守と家長が来ていた。だが、いくら乱獅子隊といっても兵力はあまり期待にならない。

村を唐突に襲ってくる薩摩兵を相手にしているうちに、その体は傷だらけになってしまったのだ。動ける隊士は幹部たちを合わせて50人程度しかいない。そのせいで兵藤も傷を負い、獅子駒も村から離れることができない状況だった。

それでも旧幕府軍と共に戦うと決めた伴たちは、こうして土方と母成峠に向かっている。

「あんたこそ、足はどうなんだよ」

「俺のこたぁいい。それより、会津藩のことどう思う」

その質問に、伴は眉を寄せた。

一度、彼ら会津藩は伝習隊を裏切り敗走したことがある。今回もそうなってしまうかもしれないと、誰もが薄々思っていたのだ。

今いるのは、会津藩、仙台藩、二本松藩、新選組、伝習隊、乱獅子隊の計700名。

うち会津藩が逃げたとすれば、敗戦は決定してしまうだろう。

「けどよ、指揮官はあの大鳥圭介だぜ? 心配ねぇよ」

そこへ永倉が横槍をなげた。

いかんせんこんな朝っぱらからの進撃に、本人は少なからず不機嫌らしい。

「だからって、勝てるわけじゃねーだろ」

「あぁ……兵力の差がありすぎる。いくら何でも2000に700はきついだろ」

負け戦。不意にその言葉が頭に浮かび、伴は拳を握った。

「私は諦めない。乱獅子隊は、戦場を乱れ狂う獅子のことを言ってんだ。その私らが億劫なこと考えてたんじゃ、敵もつけ上がってくんだろ」

「……だな」

永倉は刀に手をかけて、ふぅとため息をつく。

ようやく、朝日が昇り始めた。


「よし、大鳥さんの所へ行こう」

歩き始めた土方に続き、新選組隊士と乱獅子隊隊士は動き始めた。

周りを見ると、すでに敗戦したような顔をした兵士たちの姿が見える。

今にでも説教してやりたい気分だったが、土方は先を急いでいたようなので無言で通り過ぎた。

「大鳥さん、どういう配備にすんだい」

そう言う土方に、大鳥は諦めていない生き生きとした目で土方を見た。

「……君たち新選組は、前線で戦ってくれ。敵を一歩も近づけんよう、頼んだ」

その凛々しい瞳に、誰もが素直にうなずいた。

この人はきっと自分たちを勝たせてくれる。伴はそう思った。

「……にしても、ずいぶんと士気があがりませんね」

遠慮がちにつぶやくと、大鳥は表情を緩めた。

「まぁ、これでけ戦力の差を見せつけられるとね。それに、会津藩の兵士は居心地が悪いだろう」

この人もこんな優しい表情をするのか、と思った。

彼が見せたのは、失礼かもしれないがどこにでもいる人の顔。

戦なんて関係なく、ただ町で大声をだして商売したり、すれ違う人たちに笑顔で挨拶をかわす人のような表情。

なんだが、糸が張りつめたような雰囲気を和ませてくれた気がした。

「でも、会津藩は逃げたはずじゃ…? どうして今さら」

「逃げてしまったからこそ、その埋め合わせがしたいんじゃないのかな」

「そうか……」

ちらりと会津兵たちを見ると、青ざめた表情で武器を握っている。

その手も、微かに震えているようだ。

「……おい伴、無駄話はその辺にしとけぇ」

土方に呼ばれ、我にかえった。

「では、戦が終わったらゆっくり話すとしましょうか」

大鳥の意見に、私は、はいと答えた。

「では、しつれいします」

頭を下げて、にこりと笑う大鳥から目をそらし土方たちの元へ駆け出した。



敵も馬鹿ではない。すぐにこちらに気づいた。

「迎え討てぇえ! これ以上先に進めるなぁあ!!」

土方の怒号に、私たちも続く。

「乱獅子隊の永倉をなめんじゃねぇぞ。死にたい奴からかかってこいやぁ!」

私もすぐに刀を抜き、身を翻しながら敵を斬っていく。

血しぶきが私の着物を、顔を、髪の毛を赤く染め上げていく。

今では慣れてしまった血なまぐさい匂いに、私は不敵な笑みを浮かべた。

敵は減るわけでもなく、ただ一方に増えるばかりだった。

主力になっているのはおおかた薩長だろう。他に土佐と佐土原藩の兵士もいる。

持っているのは鉄砲か。当ったらひとたまりも無い。

鉄砲隊を狙い、小柄な伴と家長が間合いをつめていく。

一歩間違えば銃弾に当って死ぬかもしれない。でも、鉄砲隊を止めなければ、戦況はより不利になってしまう。それは、今後のことも考えて避けたい。なにより、味方が死ぬのは見たくないのだ。

「伴! 囲むぞ!」

正面からでは格好の餌食になるだけ。

木々の多いこの地形を利用し、伴と家長は二手に分かれた。

「いけ!」

家長の合図に、私たちは茂みから一気に飛び出す。

刀を振り、一人、また一人と斬っていく。

「う———ぅ、ば、ばけっ、もぅわぁああ!!」

錯乱状態になった敵の兵士が、震える手で敵味方かまわず鉄砲を撃ち始めた。

かなり精神状態がよくないのか、狙いも定めていないようだ。

銃弾の一発が、伴の腹をかすめた。その部分に熱を感じ、伴が顔を歪める。

「ちっ、当ったら死ぬとでも思ってんのか!」

そいつの近くに寄り、鉄砲を蹴り上げて刀で腹を刺す。

動かなくなった兵士から刀を抜き、血を拭って、周りにいる兵士たちを睨みつける。

それだけでも敵兵士は表情を引きつらせ、中には逃げ出す輩もいた。

逃げ出した兵士を、羨ましそうに見つめる兵士たち。私が、これ以上戦う気は無いと感じたのかそいつらも一目散に逃げていった。

「家長、ここはもういいぜ」

静かにそうつぶやくと、家長も返り血を浴びながら答える。

「こっちも、いいぜ。永倉たちの援護に行くぞ!」


斬る。斬る。切裂いていく。ただ、目の前に立ちふさがる敵を斬り続ける。

いつしか、何も考えていなくても敵が現れた瞬間に刀が振るわれていた。

無意識、というやつなのか。自分でも恐ろしいと思う。

「おい伴っ! その傷どうした!」

援護にきた途端、永倉に怒鳴られた。

ちらりと自分の腹を見ると、血が滲んでいることに気づく。だが、不思議なことに痛みは感じないのだ。まるで、すでに傷が塞がっているかのように。

「それどころじゃねぇだろ!」

目の前には、薩摩の兵と思われる兵士たちが群がっている。

幸い手にしているのは刀だった。伴もそれには安堵のため息が出る。

この場で鉄砲隊に囲まれたら一大事になっていただろう。

「伴、背中は預けたぜ」

不意に、永倉が伴の後ろに立った。

状況を理解した伴もすぐに永倉の背を庇うように立つ。

「任せろ。背中からは、血一滴流させねーよ」

「背中からって……おいおい、俺ぁそこまで柔じゃないぜ」

へらへらと笑う永倉。伴は口元だけで笑い、目は真剣だった。

刀を低くかまえ、姿勢を落とす。

基本を忠実に、一番大事なのはそれだけだ。昔、獅子駒に言われた一言がふと脳裏に浮かぶ。

そう。一番大事なのは、基本だけ。でも、私は違うと思う。

「刀を振るう志……」

ふいに口から零れた言葉に、永倉がニヤリと笑う。

「相変わらず、侍らしいったらねぇな」

「ふん。あんたに言われたかねーよ」

昔から、刀を振って生きてきた。

小さい頃から、人を斬って生きてきた。

だからこそ、人を殺めることは罪だと知っている。だからこそ、人を守るために刀を振るわなくちゃいけないと知っている。

志がくだらないものならば、刀の使い手もくだらない奴だ。

そう思い生きてきた。

「っしゃぁあ!!」

今度は永倉のかけ声が、合図だった。

地面を蹴り、敵の渦へと飛び込んでいく。その間も永倉の背中は守り続けた。

「俺をろうなんざ、百年早いんだよ。一昨日きやがれ馬鹿野郎!」

一人称が「俺」に変わった。これは、伴が人を殺すときに必ずなってしまう癖。

男は守るために斬る。女はその背に守られる。

だけど、守られるなんてこっちの志に背いてんだよ。

「たぁあ!!」

人の肉を斬る完食が、刀を通して腕に伝わる。

ずいぶんと戦場にも慣れたものだと実感した一瞬だった。

「うらぁああ!」

伴の甲高い雄叫びが戦場に響き渡る。

だが永倉も負けちゃいない。勝ち目が無いと思った敵兵が、一気に畳み掛けてくる。

それに対して永倉は焦った表情一つ顔に出さず、そいつらを一瞬で斬っていく。

吹き出した血の雨が、地面に咲いている草花さえも赤くしていった。

「永倉! ここはもういいだろう!」

さっきから、乱獅子隊と新選組の目をかいくぐって奥に進んでいく輩が気になって仕方ない。

やはり人手不足だったと、大鳥さんに謝りたい気分だ。


背を向けて逃げる奴らを斬り捨てた、その直後だった。


ドォオォオン!!と、耳を塞ぎたくなるような轟音が響いた。

「んだ!?」

どこからか煙が上がっていた。

その方向は、たしか本陣となっている場所。大鳥さんがいる場所だ。

まさか、遠方からの砲撃!?

「土方! 私、本陣の様子を見てくる!」

近くにいた土方に叫ぶ。彼がうなずいたのを確認すると、私は一目散に本陣へ走り出した。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「うらぁああ!! 退けやぁああ!!」

本陣へ近づけば近づくほど、敵の数が増えている。

くそ、こんなにも見逃してたのか。

「ありゃ……伝習隊じゃねぇか!」

敵に囲まれた伝習隊の姿を見つけ、その敵を斬る。

「大鳥さんはどこにいんだ!」

思っていたよりも大声が出てしまった。それだけ焦っているのだ。

「本陣だ! だが、敵の砲撃で近づけねぇ!」

「なんとかすんだ! てめぇらの大将はてめぇらで守んだろ!」

伴はそれだけ吐き捨てるように言い残し、敵を斬ることに専念した。

背後からは何人かの伝習隊が本陣へ走り出す音がした。これで、一時は安心だろう。

「いつまでもしつけぇ!」

刀を交えていた相手は、体格のいい男だった。

間違いなく獅子駒よりも大きい。あの天草と同じぐらいだ。

力で押され、さすがの伴も歯を食いしばり全身に力を込める。

「てりゃ!」

なんとか相手の刀を払い、懐へ潜り込むことができた。そのまま刀を刺し、吐血された血が紅色の羽織にさらに紅を足していく。

戦場で、乱れ狂う獅子のように。

乱獅子隊は最後まで戦い続ける。絶対に諦めない。粘りに粘り、最後は討つ。

これが乱獅子隊の闘いかただと、今ようやくわかったかもしれない。

「伴!」

ようやく土方と永倉が追いついてきた。

「江守たちはどうした!」

私の問いに、永倉が答える。

「まだ戦ってる。前線は俺たちに任せろって江守の奴、格好つけやがってよぉ」

永倉もどうやらまだ戦えるようだ。返り血と自らの血が混ざり合い、怪我の状態がよくわからない。一方の土方は、肩で息をしているが血を流している様子は無かった。

「なら、お言葉に甘えようじゃねぇか!」

伴が威勢よく言った。

すると。


「た、助けてくれぇえ!」

情けない声をあげて、会津の兵士たちが一目散に逃げていく。

んだよ。またかよっ!

「久しぶりだな、舞加」

不意に後ろから声がした。

「てめっ……的場!」

よりによって、どうしてこんな時に出てくるのだろう。

一番厄介な奴だ。

「会津藩の兵士は我ら流鏑馬やぶさめ族に恐れを抱き、また逃げ出した、か」

また、逃げ出した……だと?

的場の発言に、伴は目を大きく見開いた。

「てめぇっ……会津を襲ったのは二度目かっ!」

「何を怒る、舞加。所詮、会津はその程度ということだ。戦場を逃げ出し、残党狩りに遭い死に逝く……くだらんなぁ、侍という生き物は」

ぴくりと、その場にいる全員の眉間にしわが寄った。

この男はいつもしゃくに障る事を言うが、今言った一言はどうしても許せない。

くだらない? ならてめぇは死ぬのが怖くねぇのか。だったら、潔い死に方を教えてほしいねぇ。

近藤勇あいつも仲間を庇って死んで逝った……能力があったというのに、下種共のせいで死んだということだ。皮肉なこと、お前たちが守りたいと思っていた男は、お前たちのせいで死んだのだぞ」

まるで馬鹿にしたような笑いに、土方が殺気を堪えて反論した。

「近藤さん以上に、潔い死に方があるってのか」

抑えきれない殺気は、周りにいる私たちにも伝わってくる。

「てめぇはぁ……今、言っちゃいけねぇことを言った」

「ほう?」

おもしろい、と言うばかりに的場は刀を抜いた。

奴の刀は、鈍く輝いていた。

さっきまでは朝日が昇っていたというのに、気づけばもうすでに夕暮れだった。

「土方、旧幕府軍は確実に敗れる。なのになぜ負け組につくのだ」

まるで先がわかっているような口ぶりに、伴も反論したくなった。

「んなこたぁ、まだわかんねぇだろうが。なんでてめぇにどうこう言われなきゃならねぇ」

まったくだ。

「物わかりが良いやつだと聞いていたんだがな……」

残念そうにつぶやく的場。もしかしたら、土方のことが気に入っていたのか?

だとしたら、吐き気がする。

「お前は近藤さんを馬鹿にしやがった……それが、お前の死因だ」

「俺が死ぬ? お前に負けるとでも言うのか?」

おもしろいそうに笑い、そして刃を輝かせる。


二人は睨み合っている。

静かな戦場だと思った。何も言わずに、ただじっと、土方が勝つまでを見守ろう。

手を出すなと彼なら言う。そうわかっている私たちは、刀をしまった。



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