第七陣
宇都宮城の戦いが終わり、戦も起こらずに静かに暮らせていた。
だが、それもつかの間。土方の元へ、訃報がとどいた。
元新選組幹部、原田左之助のものだった。
「左之は……最後まで立派に戦い抜いた。俺はそれに敬意を感じる」
土方は悔しそうな顔をしている。最近はこういう報告ばかりだ。
沖田総司も持病が悪化しているらしい。
「一度、沖田の見舞いに行ってやったらどうだ?」
獅子駒の提案に、土方は首を振る。
「あいつは俺の姿を見たら、戦に出るってきかねぇからなぁ……」
「そいつぁ、行けねぇな」
はははっと笑い合うが、その表情はどこか曇っている。
やはり心配なのだ。
「それに、総司はそう簡単にくたばらねぇよ」
どこにそんな自信があるのかなんてわからないが、とにかくあの総司が死ぬとは思えなかった。
あいつは新選組の中でも一、二を争うくらい人を斬っている。
それだけ多くの危険と遭遇しているのに、病気なんかで死ぬはずがない。
そう思い込まなければ、どうしても心を落ちつかせることができなかった。
「それに土方も、その足で白河口の戦いには出れなかったしな。新選組も、相当やばいんじゃないのか」
追い込まれているのは確かだ。
だがここで弱音を吐いている場合じゃない。近藤さんなら、こういう時にどうする。
しばらく休み、体勢を整えるか?
ふと顔を上げて、辺りを見渡す。そこには、紅色の羽織を着た乱獅子隊と、浅葱色の羽織を着た新選組が仲の良さそうに話している姿があった。
思い返せば、乱獅子隊と新選組が協力体制をとり始めて、何ヶ月過ぎただろう。
いつしかこの村にも溶け込み、すっかり一員となってしまった。
新選組を名乗っているもの、村に残っている隊士は十名ほど。はたしてそれでも新選組と言えるのか。
変な所が気になり、眉を寄せる。
「おい土方、眉間で紙が挟めそうだな」
そこへ、おもしろそうなものを見つけた時の子供と同じ顔をしている伴がやってきた。
手には紙と墨がある。
「試してみようぜ」
そう言いながら永倉が土方の眉間に紙を近づけるが、土方がそれをやめぃと振り払う。
「遊んでる場合じゃねーんだよこらぁ」
「だからってんな気難しい顔してんじゃねーよ。こっちまで暗くなるだろうが」
永倉の意見にうっと言葉を詰まらせる土方。
確かに、凄まじい殺気と覇気を放っていたんだろう。隣では獅子駒が苦笑いをしている。
「……すまん」
真剣な表情で謝られ、永倉も伴もため息をつく。
「とりあえずしばらくは戦はねぇんだし。今くらい肩の力抜こうぜ♪」
そう言いつつ、永倉は土方の肩に腕を回す。
「江守、家長! 酒持ってこい!」
「なっ」
土方が焦ったような声をだす。
伴がにやりと笑って腕を小突いた。
「おぉ? まさか下戸だったりすんのか?」
「阿呆。俺は飲まないだけであって、飲めねぇわけじゃねぇよ」
そう言うと、その場にいる幹部らはにやぁっと笑い宴会の支度を始める。
獅子駒も混ざっていた。
「よぅし! 今晩は飲め飲め! 今日ぐらいは大はしゃぎしようぜ!」
獅子駒の言葉に、隊士たちはおっしゃぁああ!と叫びだす。
ばたばたと動き、気が合う仲間を集めては酒を飲みだしていく。
「俺たちも飲もうぜ! 注いでやるよ土方ぁ」
永倉はどぼどぼと注ぎ足していく。
無くなったらまた、どぼどぼと。次第に土方の顔が真っ赤になっていくのに気づいた。
「おい永倉、そろそろやばくね?」
伴の注告を無視して、すでに酔っている永倉もおかまいなしに注いでいく。
周りを見ると、獅子駒も江守たちも仕方ないなぁという顔をしているが、止めようとはしなかった。
そして、案の定
「くるぁあおめぇらぁあああ!!」
酒に酔った土方の説教が始まった。
しかもその説教の内容があまりにもおかしかったので、乱獅子隊の幹部たちはげらげらと笑い出す。
それが気に食わない土方はさらに怒鳴りだすから止まらない。
「おい伴!」
そしていきなり立ち上がり、伴の腕を掴む。
「へ?」
唖然とする伴を、有無を言わさず外へ連れ出そうとする土方。
「ちょちょちょ、待って! あんたどこ行く気だよ!?」
「いいから来いってんだよ!」
助けを求めようと永倉たちを見るが、すでに家長の腹踊りが始まっているせいかこっちには興味がないらしい。
「あぁ———もうわかったから!」
ぐいぐいと引っ張る土方に連れられて、伴は外へ飛び出した。
向かった先は、森の中だった。
大騒ぎしている奴らの声が遠くに聞こえる。
村の明かりがとどかなくなった頃、土方は歩くのをやめた。
「なぁ、伴。おめぇ言ったよな。大切なもんを見つけて守りゃぁいいってよぉ」
確かにそんなことを言った覚えはある。
だがなぜこの状況で?
「俺は、お前を守る。この意味が分かるか」
「はぁ……?」
首を傾げる伴の腰に、腕を回した。
この状況に見覚えがある伴は、すぐに両手を前に突き出す。
「おい、おとなしくしてろっての」
「うぉっ!」
もう一本の腕が伴の頭の後ろへ回され、そのまま押し付けられた。
自然と近くなる土方の顔に伴は目を回す。
「はっ、放せ馬鹿!」
「馬鹿だと?」
不適な笑みを浮かべた土方は、そのまま伴の顔を自分の顔へと近づけた。
「———っ!」
熱いものが自分の唇と重なり、荒い吐息が伴の顔に吹きかかる。
耳まで赤くし、引き離そうとするが頑丈な腕はそれを許さない。
「んっ……んんっ」
呼吸をしようと開いた瞬間、舌が待ってましたとばかりに入りこんでくる。
「っ!!」
思わず彼の腕を強く掴んだ。
だが酸欠になる寸前に彼の顔は離れていき、伴は思わずその場に座り込む。
「……どういう……ことだよっ」
息切れながら言うと、土方はこう言った。
「俺は、どうやらおめぇに惚れてるらしい」
酒の力を借りているらしい土方は、いつもより、いや確実に行動がおかしい。
「なぁ、お前は俺をどう思ってんだよ」
そのまま伴と同じ目線になり、問いかける。
「ど、どうって……」
戸惑う伴に、もう一度。
「どう思ってんだよ」
その問いに、伴は顔を赤くさせながら答える。
「どうもこうもっ……厄介な奴だ!」
「……厄介?」
「こっんの……破廉恥がぁああ!!!!」
そう言って、伴は珍しく土方の襟を掴み放り投げた。
それからしばらく、隊士の間では再び噂が流れ始めたらしい。