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第六陣

「近藤さんも投降しちまった。新選組も、もう終わりなのかもしれねぇ」


宇都宮城の戦いから帰ってきた土方が、自分の負傷した足を見つめながら小さくつぶやいた。

いつもの土方らしくない弱気な発言に彼を知る乱獅子隊は戸惑いを隠せなかった。

「おい土方さん、なぁに言ってやがんだ。お前はお前の都合で新選組を潰す気か!?」

そう叱咤したのは獅子駒だった。

今、土方も獅子駒も同じ立場にいることはわかっている。

だからそこ土方の弱気な発言が許せないのだろう。

「近藤殿は確かに投降した。そうなった以上、近藤殿はきっとお前に全てを託している」

その言葉に土方が顔を上げた。

「そのお前が、こんな弱気なんじゃぁ……新選組は戦うまでもなく腐っちまうぞ!」

獅子駒の言葉に土方は少し傷ついたような顔をして、拳を握る。

「悔しいなら、戦い抜け! それが捕まった近藤殿も一番喜ぶ」

「……そうだな」

土方は、何をやってんだろうと頭を掻きむしり、いつもの笑顔を獅子駒に向ける。

「わりぃな獅子駒」

それに獅子駒もうなずく。

「まったくだ、土方」

さん付けではなくなり、二人が苗字で呼び合うようになった。

この境に、新選組と乱獅子隊は本当に合体したのだと、それぞれが自覚し始めた。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「土方、傷を見せろ」

帰還から六日後。

傷がよくらない土方の看病をしようと、伴は傷薬の入った壷を持って土方の家に押し掛けた。

「大丈夫だっての、それよりお前は稽古してろぉ」

「そういうのはろくに歩けるようになってから言えっての、この馬鹿」

伴は、土方が無理しても戦場に向かうとわかりきっている。だからこそ早く完治してほしいのだ。

彼は今この村で獅子駒と並ぶ剣術と知識を持っている。

戦で土方を失うのは辛い。ましてや戦わずにこんな傷で死なれたら困る。

「大体よ、お前が看病したらよけいに酷くなりそうなんだよ」

「おいおい……私をなんだと思ってんだ」

苦笑いで土方を見つめると、彼はすぐに目をそらす。

女に看病してもらうのがそんなに嫌かい。ったく。

「薬塗るだけだ、動くなよ」

袴をめくり、そっと包帯をほどいていく。

ほどき終えて、目に飛び込んできた傷跡は今も痛々しいものだった。

「……ひでぇ」

思わずつぶやいた伴の言葉を聞くと、土方はなんの遠慮もなく伴の頭を殴った。

「ってぇ!」

「さっさと塗れ! いつまでも晒してぇわけじゃねーんだよ!」

苛立の含まれた声で怒鳴られ、伴はぶつぶつと文句を言いながら慣れた手つきで薬を塗る。

「しっかしまぁ、お前はどーして俺にかまうんだよ」

「あんたは危なっかしいだろう。私以上に」

言われた土方は相当心が痛んだのか、眉を寄せている。

「まぁ、私の場合の危なっかしいとは違うと思うけどよ。あんたは、隊士が危ない時は絶対に前に出るだろ? 多分、この傷もそのせいじゃねーのか?」

確か帰還した時に、他の隊士とは比べ物にならないくらい暗い顔をしていた奴がいた。

きっとそいつを庇った傷なんだろう。

大方、そいつには何も言うなと脅してあると思う。

「私だって……お前に恩があるわけじゃないけどね。なんか放っておけないんだよ」

いつもと違う女らしい笑顔に、土方は思わず見とれる。

「なんだよっ、気色悪いってか!?」

伴はすぐにいつもと同じようにキーッと歯を見せて威嚇する。

「悪い悪い」

土方は素直に謝って、伴の髪の毛をくしゃくしゃと撫でる。

いつだってこうやって子供扱いされる伴は、気に食わないのかその手を掴んで振り払う。

「じゃ、私は稽古に戻るとするぜ。さっさと治せよ」

それだけ言い残し、伴は家から出ていった。

その後ろ姿を目で追いながら、土方はふぅとため息をついて眠りについた。


土方の家を出て、一人森の中を歩いているとどこからか気配を感じた。

「誰だ!」

刀に手をかけ、鋭く振り返る。

だがそこには誰の姿も無く、いつも以上に静かだった。

「……気のせいか?」

そう思い前を向く。

すると


「ここだ、舞加」


その声に、その名前にいち早く反応した。

私をこう呼ぶのは、決まってる。

「的場かぁ? またやられに来たのか」

挑発的に言うと、茂みの奥から的場と天草が姿を現した。

伴はすぐに刀を抜き、かまえる。

「待て、今日は戦いに来たわけではない」

「あぁ? どういう意味だ」

警戒を解かない伴。

的場は不適な笑みを浮かべて見つめた。

「近藤勇という男だが……たった今で斬首された」

———!!

伴は驚愕の表情を隠しきれず、刀の先が震えていることに気づいた。

「なっ、んなわけぇねぇ!」

「そう吠えるな……これを土方に伝えておけ、いいな」

命令口調で言われて、伴は言い返そうとするが言葉が出てこない。

近藤勇が、あいつが死ぬなんて想像できない。

「どうしてお前らがそれを知ってんだ!」

やっと出てきた言葉に、的場はゆったりとした口調で答えた。

「ふっ、興味がある。それだけだ」

それだけ?

「お前ら乱獅子隊も、新選組も、いつしか終わる時が来るだろう。俺はそれを見届け、あざ笑ってやる。その時は舞加、お前はこちら側にいるかもしれないがな」

その言葉を聞いた伴が、今度はふっ切れた。

「てめぇ!!」

刀を振るい、的場へむかって振り下ろす。

だがそれはひらりと避けられ、伴はチッと舌打ちをする。

「では、また来るぞ」

そう言って、二人はまるで煙のように姿を消した。

残された伴は、悔しそうに拳を握る。


あいつが言ったことは、本当なのだろうか。

近藤は、根は良いやつだ。新選組のことを考え、どうするべきか迷った。

その答えが間違っているとは私は思わない。

だが、それを馬鹿にした的場は許せない。あいつは武士の魂と言うものが無いのだ。

だから、斬ってやる。

この私が、絶対に斬ってやる。


「……獅子駒のところへ行くか」

そうつぶやき、伴は獅子駒の家へと走り出した。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「……そうか」

話しをすると、獅子駒はそれだけ言って宙を見つめた。

本心を言うと、”それは嘘だ”と言ってほしかった。

それは的場たちのつくったでたらめで、近藤は今も生きていると言ってほしかった。

「それは、本当なのかよっ」

「あぁ。新選組に伝令が伝わっていたらしい。きっと土方も知ってるだろう」

静かにそう告げられ、伴は言い返せなくなった。

「近藤殿は本物の武士だ。彼の誇りは汚れちゃいないさ」

「あぁ……」

涙が流れてきそうになった。

近藤、お前の存在は忘れない。

この乱獅子隊もお前は忘れない。

心に残り続ける、真の武士。

ぐっと拳を握り、伴も黙祷した。

「じゃ……稽古に行ってくる」

そう言って家を飛び出し、溜まった涙を拭う。


周りを見れば、近藤の死を知っている新選組隊士たちは浮かない表情をしている。

それ慰める乱獅子隊の隊士たちもいるが、黙って見ているのもいる。

とにかく、いきなり告げられた事実を受け入れることはできなかった。

「家長、江守……」

また、二人も悲しげな表情を浮かべている。

「仕方ねぇのか、こりゃぁよぉ」

家長がぼそりとつぶやいた。

「あの人が何をしたってんだよ。ただ、幕府のためって戦ってきたんじゃねーのか? なのになんで幕府の奴らは助けようとしねぇんだよっ!」

行き場の無い怒りを、自らの拳へ溜め込む。

そんな家長を江守が慰めている。

「……俺だって、最初は何様だって思ってたけどよぉ。あの人は村を出ていく時に、”悪かったな、迷惑をかけて”って言ってくれたんだ。根は良いやつのくせにっ、なんでここに残らなかったんだよ!」

悔しい気持ちが込み上げ、止まらない涙を拭う姿は決して情けなくはなかった。

江守も薄笑いを浮かべながらどうしたもんかと家長をなだめる。

家長がこんなに悲しんでるってのに、土方はどんな気持ちなんだ。


不意にそう思い、伴の足は土方の家へと向かっていた。

「……土方?」

家に入ると、鋭い視線が向けられた。

当然だと思う。

「……大丈夫か?」

「どういう意味だ」

その言葉には、やはり怒りが込められていた。

これ以上近づくな、口にはしないがそう言っている気がする。

「俺はっ……何もできなかったただの大馬鹿野郎さ」

何もかもを投げ捨てたような口調に、伴が眉を寄せた。

「近藤さんを死なせちまったっ……ならよぉ、俺は何を目指して戦えばいいんだよっ、俺ぁ何のために戦ってきたと思ってんだ! 山越えた先に何もねぇんじゃぁ、何のために歯ぁ食いしばってつれぇ思いしてんだ……何のために、何のために生きていけばいいんだよ!!」

パシィン!!と音が鳴った。

そう言う土方の頬を、私はなぜか思いっきり引っ叩いていたのだ。

「こんの馬鹿野郎! 今の台詞、近藤が聞いたらどんだけ悲しむと思ってんだ!!」

叩かれた土方は唖然として私を見ている。

「何のために生きる? 何のために戦う? んなもん無くなっちまったら見つけんだよっ。残った隊士後ろに並ばせてぇ、近藤のかたきだなんだぁ言って戦ってりゃいいんだ。それか大事なもん見つけてぇ、そいつのために戦うんだよ!」

伴の言葉に、土方は目を大きく開いている。

彼女に怒鳴られるのはこれで二度目。土方も下唇を噛んで伴を見返す。

「てめぇにっ……なにがわかるってんだ!!」

「わかんねぇよ。お前が何を言わねぇから」

静かに言い返されて、土方も今度は黙り込んだ。

「……あんたは、近藤が最も信頼してた男なんだろ? そいつが弱気になってちゃだめだろうが」

優しく笑って、細かく震える土方の手のひらを掴んだ。

「ねぇ土方。生きる理由なんて、自分が気づいてないだけで本当はあるんだとおもうよ。例えば、私はみんなを死なせたくないから生きる。そう思ってるし」

無言のまま土方は伴を見つめた。

「強気で行け。逃げてんなよ、鬼副長」

パンパンと軽く土方の頬を叩き、伴はくるりと背を向けた。

「まぁ、後はお前がどうしたいかだ。新政府軍に投降するもよし、このまま足掻くもよし」

家から出ていく伴に、土方はほんとうに小さい声でつぶやく。

「俺ぁ、諦めねーよ。お前がいるからな」

それが聞こえていない伴は、さっさと家を出て永倉たちと合流した。





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