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第五陣

「私も行くぜ、土方」


その言葉に動揺を隠せないのか、江守に目で助けを求めている。

「私は元々どこの組にも属してないし、お前に恩を売っとくのも悪くねぇ」

「はぁ!? てめ、戦場に女連れてけるわけねーだろうが馬鹿!」

思っていた通りの返答に、伴は眉を寄せて対抗する。

「たった三十人しかいねぇ新選組にぃ、ひとりでも加勢したほうがいいんじゃねぇのか」

「加勢って言ったってよぉ、お前こらぁ遊びじゃねぇんだぞ」

江守の方を向いて助けを求めるが、とうの江守は完全に目をそらしている。

伴はにやりと笑って土方を追い詰めた。

「俺が何度戦で命懸けで闘ってきたと思ってんだ? 俺ぁそこら辺の隊士よりは使い物になるぜ」

自分で言うのもなんだが、とつけくわえたかったが土方の言葉に遮られた。

「るせぇ! 何を言われようが俺はお前を連れていく気はねぇよ!」

そう怒鳴られ、さすがの伴も黙り込む。

そこでやっと江守が口を開いた。

「その辺にしとけ。伴も、これは近藤の命令だから仕方ないだろ」

「……でもよっ、いくら敵より兵数が多いからって勝てるとは限らないんだろ!?」

いつの間にか自分でも驚くほどの大声が出ていた。

さすがに周りの人たちも気づいたのか、ちらちらと顔を覗かせている。

ただでさえも噂で有名な二人が喧嘩しているのに、その間には江守もいる。

この状況は、勘違いされてもおかしくない。

「……もう戻る」

始めに土方がその場を離れ、伴もそれに続いて自分の家へと歩き出す。

ため息をつきながら江守も自分の家へ戻った。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


翌日、乱獅子隊に入隊した新選組は獅子駒に許可をもらい一度村から出ていった。

残された乱獅子隊の仲間たちの中には、わざわざ見送りにきている者もいた。

「……くそっ、あんの頑固野郎」

「はいはい。いい加減にしろって……はぁ」

江守は伴の相変わらずの反応に困っていた。

「どうした伴、んなぶっさいくな顔して」

そこへあくびをしながら永倉が歩いてきた。

寝ぼけているのか目が半開きだ。

「永倉、あいつら宇都宮城に向かったらしいぜ」

伴からの情報に永倉は覚醒したようだ。目を大きく開けて、硬直している。

「なにぃ!? なんで俺をつれてかねぇんだあいつら!!」

驚く所はそこか。伴はくすりと笑いながら永倉の弁慶を蹴った。

「私だって置いてかれたんだぞ! お前ごときが行けるわけないだろ!」

「はぁ? なんだよそれ?」

蹴られた弁慶を押さえながら永倉が伴を見下ろす。


「あいつらは大馬鹿野郎共だっ。でも、志は立派な侍なんだよ」


新選組の背中を目で追いながら、伴の顔に笑顔が戻った。

「さぁ、奴らがいない間私たちは稽古しとこうぜ。いつでも援軍出せるようにな」

くるりと振り返った伴を見て、江守や永倉たちが唖然とする。

いつもならこう、もっと駄々をこねているはずなんだが……

「はぁ、あいつ体はガキのくせして心は大人だよなぁ」

「あぁ。永倉とは正反対だな」

江守の嫌味に反論する永倉。

そんな会話が後ろから聞こえてくるが、伴はそれに振り返らず歩いた。

この戦は、死んで帰ってきてもおかしくない。

だが、そんなことは想像したくもないし絶対ありえないと思う。

昨晩の土方の目は、死に逝くような目じゃなかった。

例えるなら龍のように、凛々しく静かに燃える炎のように。

あいつはきっとそういう奴なんだろう。

「獅子駒さん! 新選組は出ていっちゃいましたよ!」

薄ら笑いを浮かべながら獅子駒の家に入った。

中には、難しい表情をしている獅子駒の姿があった。

「おいおい隊長、なに悄気しょげてんだよっ」

そう言いながら彼の隣に座った。

だが、それでも変わらない獅子駒の表情に伴も眉をよせる。

「なにか、心残りでもあんのか?」

静かに聞くと、獅子駒はうなずいた。

「新選組の近藤殿は、今どこにいるんだろうな」

ピクリと伴の腕が動いた。

「……わかんねぇ、でもよ。あの人は後悔しねぇはずさ」

足を伸ばして、天井を見上げる。

「だって見ただろ? あいつはきっと本物の武士だ」

その言葉に、獅子駒が目を見開いている。

「そうだな。何疑ってんだろう俺」

獅子駒が立ち上がり、伴に手を伸ばした。

伴はその手を掴んで立ち上がり、ニッコリと笑う。

「大丈夫さ。私たちも信じて待ってようぜ」

「言われずともな」

獅子駒の顔にも笑みが戻り、それを見ていた伴もなぜか笑顔になった。

「じゃ、私は行く」

「あぁ」

獅子駒の家を出た時だった。


バァアァン!!!!


「———!?」

爆音と同時に土煙が舞い上がり視界を奪う。

両手で顔を庇っていた伴が、ようやく状況を理解したときすでに何人かの隊士が血を流していた。

「いったいどうした!?」

後ろで獅子駒が叫び刀を抜いた。

「まさかっ、てめぇは!」

伴が、刀を持った隊士たちに囲まれる丸腰の男を見つけ叫んだ。

あの大男には見覚えがある。

「貴様ぁああ!!!」

伴は叫ぶと同時に地面を蹴り、大男へと向かって刀を振る。

「む!」

今まで余裕な顔をして隊士の相手をしていた大男に、一瞬だけ焦りが見せた。

「なんでこの村へ来た!?」

伴の刀を間一髪で避けた大男が冷や汗を拭い伴を細い目で見つめる。

そして、ぼそりとつぶやいた。

「我が主、あれがみちるの娘です」

満? 聞いた事も無い名前に伴は眉を寄せた。

「ほう……満に似て無駄に男勝りな奴だ」

人を小馬鹿にしたような言葉に、伴はすでに堪忍袋の緒がふっ切れた。

「何の用だてめぇら! この俺の刀を見たなら生きて返しはしないぜ」

「俺……? お前は女だろう。なぜこのような戦場で刃を振るう」

その言葉の主は、思っていたよりも近くにいた。

「なぁ……我が同胞、流鏑馬やぶさめ族の娘よ」

背後から感じたおぞましい悪寒に、伴は反射的に振り返り刀を突き立てた。

だが、それは空気を斬っただけで誰もいない。

「満なら今の攻撃で俺を殺していたぞ。お前には無理だったがな」

さっきから満、満っていったい誰だよ。

それになぜ私を知っている。あの大男といい、こいつといい、何者だ。

「お前らっ、一体何もんだ!?」

「俺を知らぬ? どういうことだ天草」

そう言って大男を見る痩せ男。刀を片手に、その表情は明らかに苛立っていた。

「この娘は自分が流鏑馬であることを自覚していない。的場様をご存知になられるはずがありません」

淡々と答える、天草と呼ばれた大男。

それを聞いた痩せ男、的場が不敵な笑みを浮かべた。

「なら、連れていくのが手っ取り早いか……」

そう言って私を見る的場。

だがそれに怯むわけも無く、睨み返す。

「加勢するぜ!」

そう言って飛び込んできたのは永倉だった。

伴と背中合わせになり、天草に刀を突きつけている。

「てめぇら、こいつが目当てならやめといたほうがいいぜぇ、こんな男女おとこおんな

ちらりと伴を見ながら永倉がつぶやく。

「ばーかっ。それより、後ろは頼んだぜ」

伴も永倉をちらりと見ながら言う。

的場はため息をつきながら伴を見つめている。

「断ると言うのか。まぁ満の娘だということならわからなくもない」

余裕そうな笑みを浮かべて、食い入るように伴を見る。


二人がつれてきた兵士たちの相手をしている家長と江守、それに兵藤と獅子駒はそれどころじゃなかった。

兵士は人間離れした戦闘能力を持っている。

斬ろうとしてもかわされて終わるだけだ。

「……無駄な殺生はしたくありません。舞加様、どうか我らとご同行願います」

「えっ……」

思わず声が漏れた。


舞加、だって?

それを引き金に思い出してしまったのかもしれない。

自分の捨てた名を、自分の捨てた記憶たちを。

「舞加って……こいつのことか?」

永倉もそれに驚き、伴を見ている。

その視線に気づいた伴はすぐに目をそらした。

「……なんでてめぇがその名前を知ってんだ……」

苛立を越え、怒りに身を任せた時の伴の声だった。

それを知っている永倉は、やはりおかしいと眉を寄せる。

「女の名前なんざぁ捨ててんだよ。俺は伴、戦場を駆ける乱獅子伴さ!」

それを合図に伴は地面を強く蹴った。

刀を低くかまえて、的場の腹めがけて神速とも思える早さで突き出す。

「ふっ……」

だが的場はそれをひらりとかわすと、伴の背中に手を置きそのまま地面に押し付けた。

「伴!!」

永倉の叫び声が響く。

地面に叩き付けられた伴はすぐに起き上がり、殺気のこもった瞳で的場を睨みつける。

幸い多少な切り傷だけですんだようだ。

「てめ……よくもまぁ手加減無く叩きつけてくれやがったな!」

だが伴は不敵な笑みを浮かべていた。

刀の先はしっかりと的場の喉元だけをさしている。

それを的場はおもしろそうに見つめた。

「すまんなぁ気が利かなくて、てっきり女扱いされるのが嫌だと思っていたが」

「もちろんそれもしゃくに障るぜ? でも今のはさすがにねぇよ」

地面に顔を叩き付けられるなんて普通の女なら発狂してる所だ。

だが伴は落ちついた様子で的場を睨み続けている。

「あんた、たしか同胞だとか言ってたなぁ。そんなわかりやすい嘘に俺が引っかかるとでも思ってたのか馬鹿」

完全に口調は男だった。一人称も「俺」である。

この時の伴は人を殺すことにためらいを抱かないのだ。

「誰に向かってそんな口の利き方をしている。俺は流鏑馬やぶさめ族の長だぞ」

苛立の含まれた声が伴に向かって放たれた。

だが伴は鼻で笑う。

「流鏑馬族? なんだそりゃ、浪士集団みてぇなもんか?」

「愚弄したな、自らの血を」

的場の顔から笑みが消えた。

それは伴も同じだった。

「流鏑馬なんて知らねぇ、俺ぁ乱獅子隊の幹部さ」

「ふっ……言っておくがお前を連れていくことに同意など求めていない。だが、おとなしくしていればその乱獅子隊の輩は助けてやってもいいぞ」

きっとこれは挑発だろう。

そもそもこいつらが約束を守るとは思えない。

「そんな馬鹿に見えるか? 悪いがおめぇにはここで死んでもらうぜ」

「ならば、後悔する事になるだろうな」

またそこで笑みを浮かべる的場が、とにかく気に食わなかった。


「はっ————!」

伴は今度こそと思い地面を蹴った。

刀を右手に、相手の懐へとはいる。

だが的場もその動きはすでに先をよんでいた。

「ふ、動きが遅い」

「あんたがな」

「!」

伴が、刀を右から左手に持ち替えた。

そのまま右手ですぐ側にある的場の襟を掴みぐいと引き寄せる。

「————悪いが、私は両利きなんだ」

その言葉に、さすがの的場も顔を歪ませた。

そしてその的場の肩に伴の刃が走る。

「くっ!」

吹き出す血に苦痛を浮かべる的場を、そのまま蹴り飛ばした。

「! 的場様!」

闘いを見ていた天草がすぐに的場の盾になった。

呼吸を荒くさせながらも、再び斬りつけようとする私を止める。

「伴! それ以上はよせ!」

永倉もなぜか私の動きを止めさせる。

「放せ永倉!」

「落ち着け! このまま殺してどうする気だ!?」

目の前では、天草が血相を変えて的場の手当をしようとしている。

だが


「下がれ、もう傷は塞がった」


その言葉と同時に的場は立ち上がった。

その肩に、傷口は見当たらなかった。

「なっ……!」

それには驚き、永倉も唖然としている。

「天草、今日の所は退くぞ」

「は、はい」

また気怠そうに、永倉と伴に背を向けた。

まるで興味が無くなったかのように刀をしまう。

「ま、待て! お前、なんで私の名前をっ……」

その問いに、天草が答えた。

「それは、あなたが我ら流鏑馬の生き残りであるからです」

「生き残り?」

眉を寄せる伴。

「天草、それ以上は言わんでいい。帰るぞ」

そう言って、二人は本当に帰ってしまった。

取り残された伴と永倉は、呆然とその場に立ち尽くした。


その後。

数日かが過ぎ、帰ってきた新選組の中に足を負傷している土方の姿を見つけた。

傷は思っていたよりも深く、闘うのは難しいとのこと。

新選組は大きな痛手をくらっていたことに間違いない。

そしてもう一つ。

村への流鏑馬襲撃の話しをすると、新政府軍の軍隊の中にも流鏑馬の兵士がいたことがわかった。


旧幕府軍、新政府軍、そして流鏑馬族。

三つ巴の闘いが、今始まろうとしていた。




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