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第四陣 

土方が乱獅子隊に入隊し、しばらくの時が過ぎた。

今では、浅葱色と紅色の羽織を着ている者がごちゃまぜになっている状況だ。

それに新選組からこの乱獅子隊へやってきた人数は予想よりも多く、その多くが土方に従うと言っているのだ。

そのせいか、乱獅子の隊士と喧嘩になることも多々ある。

もちろん、この人も。


「そこの隊士! この夜分遅くにどこへ行っていた!?」

「吉原でぇいす!」

すでに酔っているのか、この土方の前に来てもまったく動じない。

「はぁ……伴に頼むしかないか……」

さっきのは新選組の隊士じゃなかった。

伴になら頼んでも怒らないだろう。ああいう性格だ。

「おいっ、てめぇまさか幹部に報告しようってんじゃねぇだろうな!?」

焦った表情を見て、土方はより一層厳しい顔つきになる。

「ったりめぇだ。とっくに門限は過ぎてんだよ」

そう言う土方に、酔った隊士は近づいていく。

「あぁん? あ、おめぇかあ新選組から来たって言う伴さんの婿殿は」


「………は?」

怒りを通り越して、呆れた。

「婿だと!?」

「あぁ? さーすがべっぴんさんだなぁ!」

ばしばしと背中を叩かれ、思わず苦笑いを浮かべる。

おい。どういうことだ、伴!

「……あり? どうしたんです婿殿。顔が怖いですよ?」

その男の言葉を無視して、急いで幹部の集まる小屋へ向かった。

新選組だった者はこういう時の土方には関わらないほうがいい事を知っているので、黙っていた。

口出しをしようとした乱獅子隊の仲間にもそれを伝える。


そして、そうしばらく時間のかからないうちに怒鳴り声が村中に響いた。

「おい伴! てめぇ状況を説明しやがれぃ!!」

「はいいい!?」

いきなり部屋に入ってきた土方に、伴は思わず持っていた包丁を向けてしまった。

料理中に飛び込むという最悪な状況に、土方の怒りは爆発した。

「誰に刃ぁ向けてんだあ!」

「え、ええええ!?」

わけもわからないまま説教が始まり、伴は唖然としたまま自分が怒られている理由を理解した。

「あぁ、わかった。うん。とにかくおめぇが私の婿だとか言った奴を殺しに行こう」

そう言って本気で立ち上がる伴を見て、土方がそれはやめろと服の袖を掴む。

「つーか、なんでこんな噂が流れてんだよ……」

文句を言う伴。

「んなこと俺が聞きてぇよ!」

逆上した土方が伴の頭をぽーんといい音で叩く。

「いってぇなこの野郎! 馬鹿になったらどうすんだ!」

「おめぇは元々馬鹿だから問題ねぇだろ!」

変な事で言い合う二人を、小屋の外から外野が見つめる。

「とにかくこれ以上噂が流れるのはご免だ。何か策は無いのか」

真顔で迫られ、反応に困る。

「あのなぁ、私だっていきなり説教されて機嫌悪いんだけど。謝ったりしないわけ」

「なぜだ。うわさの原点はどうせお前だろう」


その言葉を聞いて、ピクリと伴の腕が動いた。

「なに……それ」

「あぁ? おめぇ以外にこんなくっだらねぇ噂流す奴なんざぁ……」

言いかけた土方の胸ぐらを掴み、グッと引き寄せる。

「おい馬鹿野郎。誰が好き好んでこんな鬼野郎の嫁になった噂を流さなきゃいけねーんだよ」

「……喧嘩売ってんのかおめぇは。ていうかな困ってんのは俺なんだよ。んで俺がこんな男女おとこおんなを嫁にもらわなきゃいけねーんだ」

睨み合い、今にも喧嘩が始まりそうな勢いだ。

そこへ、丁度通りかかった江守が二人の間にはいる。

「おいおい、私闘は禁止だぜ。獅子駒さんが黙っちゃいねーぞ」

笑いながら二人を引き離すが、睨み合う事をやめない二人に溜息を漏らす。

「……ったく、二人ともほんっとに面倒な奴だなぁ」

髪の毛をわしゃわしゃとかきながら、とりあえず外野を追っ払う。

「噂は最近になってよく聞くようになったが……どうやら永倉が流してるみたいだぜ?」

思わぬ名前に、伴は目をぱちくりとさせる。

「はぁ?」

「あいつ酒に潰れるといっつもこう言うんだ。”あの二人は絶対にできてる!俺の目に狂いはねぇ!なんせ伴の野郎、あいつといる時楽しそうだしな!”って」

おい。何を勝手に言ってんだ馬鹿。

「なんで永倉がそんなこと言ってんだよ……」

呆れたように土方もつぶやいた。

「さぁ、どうせ妬いてんだろ。あいつのことだから」

やきもち?と口の中でもう一度繰り返した。

なんでやきもちなんか。

「永倉はなぁ、伴のこと妹みてぇに思ってるしな」

「へぇ……だから俺がこいつといるのが気に食わねぇってことかい」

土方が伴の背中をどついた。

「じゃ、私がやめろって言えばいいのか」

そう言って小屋から飛び出す伴。取り残された二人は唖然として伴の背中を見た。

「……もしかしてだが」

不意に、静寂を破って土方が声を発した。

「あいつは、馬鹿がつくほどの鈍感女なのか?」

その問いに、江守がため息まじりに答える。

「まぁな……っとに手をやくだ。普段こんな男の群の中で暮らしてるわけだし……」

「あぁ、なるほど」

なんだか永倉がかわいそうに思えてきた。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「なーがくらー♪」

一人でなにかやっている永倉を見つけ、ゆっくりと近づく。

やってきた伴は笑っていた。

「お? どうしたんだ」

永倉はどうやら酒が入っているらしく、顔が真っ赤だった。

「おいおい、お前変な噂流してるらしいなぁ〜」

そんな永倉の横にどかっと座り、伴も酒に手を伸ばす。

「……誰から聞いた」

思っていたよりも冷たい声が返ってきて、伴は少しだけ驚いた。

「誰だっていいだろ? それより、なんであんな噂流したんだよ」

永倉の顔を見ると、真剣な目つきで酒の入った器を見ている。

いや、それを見ていたのではないだろうけど、今はそうとしか思わなかった。

「なんでそんなこと聞くんだよ。いいだろ別に噂の一つや二つ」

「……永倉?」

異変に気づき、伴が酒を置く。

「お前、最近土方にばっか付きまとってんだろ」

ちらりと永倉が伴を横目で見た。

「そうか?」

「そうだっての。この鈍感女っ」

文句を言いつつ、永倉は笑っていた。

「ど、鈍感女ってなんだよ! 馬鹿にしてんのか?」

笑いながら睨みつけてくる伴。

永倉は優しく笑い、そして腕をのばした。


「———!」


トン、と腕は伴の腰に回され、驚いた伴は簡単に引き寄せられた。

目の前に、永倉の胸板がある。心臓の音すら聞こえる距離だった。

「永くっ———」

「ちょっとは黙ってろ」

耳元で永倉の声が聞こえて、気のせいだろうか伴の胸の鼓動が一際大きく跳ねた。

「俺だって男だ……やきもちくらいしちまうんだよ」

言葉の意味がよくわからない。

やきもちという言葉の意味は知っているが、どうして永倉が私を相手にやきもちするのか解らない。

「は、放してっ…」

やっと出た言葉。

「……あーぁ。酔ってる俺って、やっぱ無敵かもな」

「え……」

戸惑う伴におかまいなく、さらに強く抱きしめられた。

「……————っ、放せっての!」

その永倉の顎に


ガツ!


きれいに決まる伴の拳。

「って! おい伴っ、てめ何しやがる!!」

「う、うぅううるさい! いつまでやってんだ馬鹿!」

顔を真っ赤にさせて、永倉の顔を直視できない伴が暴れる。

「ゆでだこみたいな顔しやがって! なぁに勘違いしてんだ!」

へ?

「俺はお前を妹みたいに思ってるだけで……別に恋人にしてぇとか思ってるわけじゃねーよ!」

はい?

思わず唖然とした。

「だから、これくらいは許せ。……な?」

こんな風に笑う永倉を初めて見た。

そっと離れていく腕が、そのまま伴の頭をぽんぽんと叩く。

「新政府軍は新型の武器を使ってきやがるし……いきなり新選組が現れるし……俺だってかなり苛々が溜まってたんだよ。だから、腹いせにあんな噂流しちまったのかもな」

「なっ、なんだそれ! 馬鹿!!」

そう言って永倉の肩をどつく。

それでも優しく笑う永倉に、いったいどんな反応をすればいいのかわからなくなってきた。

「そーだな。大人げねぇな」

「わかってんなら、もうそんな噂流すなよ。私も土方も困ったもんだぜ」

「はいよ」

どうやら説得には成功したようだ。

伴は立ち上がって、酒の入った瓶を片手に家に足を向ける。

「じゃ、私は戻る。この酒は私が飲んでやっから心配すんな」

ニヤッと笑って、伴は家へと向かった。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「江守、土方……?」

家に向かう途中、珍しい二人組が話していた。

「何してんだ?」

深刻な顔で話し合ってる二人を見て、伴は酒の瓶を抱えたまま駆け寄った。

「それが、近藤さんから伝令がきてな」

口を開いたのは土方だった。

「最後の命令ことばだ……新選組全員で、闘い抜いてくれと」

その言葉の意味がよく解らなかった。

「最後の言葉? なに言ってんだ」

なぜか伴の声も震えていた。

「……近藤は、新政府軍に投降したらしい」

そう告げたのは江守だった。

薄々はわかっていたが、はっきりと告げられると心が揺れ動くのが自分でもわかる。

「あいつがっ? あの近藤勇が!?」

伴は酒の瓶が自分の腕から落ちている事にすら気づかなかった。

瓶が割れて、残っていた酒が地面に染み込んでいく。

「それで……どうなっちまうんだよ!!」

そんなの自分が一番よくわかっていたのかもしれない。

間違いなく切腹はさせてくれない。きっと、斬首刑だ。

「……予想はできんだろ。こうなっちまった以上、俺は新選組を連れて戦に出なきゃぁならねぇ」

なぜかそれが嫌だった。

大将が捕まり、じっとしていられるわけがない。

私だってもし獅子駒が捕まったりしてたら、殺される前に意地でも助ける。

「でもっ、敵は新型の武器を持ってんだろ!?」

いつしか目に涙が溜まっていた。

それに気づいた江守が、そっと私の肩に手を置く。

「伴、土方にも事情があんだ。見過ごしてやろうぜ」

江守の笑顔には、寂しいさも感じられた。

やっぱりこいつも名残惜しいんだ。

敵より人数は勝るものの、それでも相手は新型の武器を持っている。

それに比べてこっちはどうだ。刀に火縄銃。大砲なんてのもあるが、それは奴らから見れば旧式物。

目に見えたように危険な戦だ。

「これでおめぇらと会うのが最後になるかもな。俺たちは、明日日の出と同時にここを出る」

土方の真剣な表情を見て、これが死に逝く者の目には見えなかった。

生きて帰ってくる。絶対に。

口にはしないが、そう言っている気がした。

「……おめぇ、なぁに格好つけてんだよ」

自分でも、なんでこんなことを言い出したのかよくわからなかった。

「ここの新選組を向かわせて、みすみす死なれたら乱獅子隊こっちも困るんでねぇ」

腕を組み、ニヤリと笑いながら伴が言い放った。


「私も行くぜ、土方」





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