第三陣 土方、加わる
新選組の様子は、思っていたよりも深刻だった。
残っている幹部など、すでにいないと言っても等しい。
沖田総司という男は持病で動けずに安静にしていなければならない。
原田左之助、永倉新八は近藤と気が合わず、靖兵隊を作るとすでに新選組を離隊していた。
結果———ここに来たのは、局長である近藤勇だけだった。
「”怪我の手当は自分たちでやる。乱獅子隊は引っ込んでろ。”ようはそういうことだろ?」
永倉は、近藤局長が言った言葉を繰り返した。
「ったくよぉ……助けてやったのにあの態度はなんだってんだ」
それに続くように家長も文句を言いはじめる。
珍しい事だったが、それにはちゃんとした理由があった。
「あいつらを助けるために……俺たちの七番組が一番被害が出たんだぞっ…!!」
燃える怒りに身を任せれば、今すでにでも近藤なんて殺せる。
家長は小さい声で言った。
「おっと、出てきたみたいだぜ」
伴が土方を見ながらつぶやいた。
「色々迷惑をかけたがな……乱獅子隊の諸君。話しはそれるのだが、我々新選組に入隊しないか」
近藤の言葉に、その場にいる全員が硬直した。
しかしここで静かに声を荒げる者がひとり、永倉だった。
「てめぇ……立場わかってんのか……」
「無論わきまえている。君たちはとても強い! こんな田舎侍がここまでできるとは我々も見くびっていたな……その力。ぜひ、我らと共にこれからも闘って……」
言いかけた。
いや、それ以上言わせなかった。
「ちょっと待てぇ。てめぇの話しを聞いてる限り、こっちがおめぇらに協力したようじゃねぇか」
怒鳴ったのは、伴だった。
血が上っているせいか、無意識のうちに「俺」と言っている。
永倉はそれをおもしろそうに見ていた。
「おめぇらは調子にのり過ぎだ。とくに近藤勇ぃ。俺たちゃあ俺たちの頭にしか従わねぇ!」
そう怒鳴り散らす伴を見て、近藤は何度も瞬きした。
「き、君は女の子だろう? なんでそんなことを言うんだい?」
女だとわかった瞬間、伴にかける言葉が優しくなった。
「今……馬鹿にしたな…?」
伴の言葉が震えた。
それに気づいた永倉と江守が、伴の腕を片方ずつ掴む。
「おい土方ぁ!てめぇらの局長は何を考えてやがる! こんな常識知らずな奴らなのか新選組は!」
土方が近藤の前に一歩踏み出した。
「話しがしたいのはこっちも同じだ。近藤さん、あんたはちょっと下がっててくれや」
土方が前に出てくる。
こっちは伴が前に出た。
睨み合い、今にも戦闘が始まりそうな勢いだった。
「まず言わせてくれ、新選組の幹部は何をやってんだ。助けに行ってもそこにはあの堅物しかいねぇし、本当は幹部がいないってわかってたんじゃねぇのか?」
伴の質問に、土方は短く答えた。
「あぁ、その通りだ」
後ろで家長が何か言いたげな表情をしていた。
「……出ていけ、今すぐっ!」
伴の目に殺気が灯った。
「家長の組だけで……何人死者が出たと思ってんだ。他人事だと思ってんのか!?」
「……まったくだ。近藤さん、だから言ったんだ。俺は反対だってな」
すると土方は振り返って近藤を見た。
「だが、俺は新選組のことを思ってだな…」
「あんたは……どうして変わっちまったんだ!?」
土方の怒鳴り声に戸惑う近藤。
その様子はこちら側にも伝わってきた。
近藤と土方の意見は合致していない。きっと近藤の局長命令だったのだろう。
騒ぎを聞きつけてやってきた獅子駒に、近藤は目を大きく開いた。
「獅子駒殿! あなたならわかってくれますよね? ぜひ我々と一緒に……」
だがその希望も、絶えた。
「それはできねえな。俺も一応頭なんで言わせてもらうが、おめぇらとつるんだ所でろくな事は起きやしねぇ」
家長の率いる七番組の半数が亡くなってしまった事だろう。
獅子駒もかなり悩んでいるようだ。
「兵力が増えればいいってもんじゃねぇんだよ、戦はな」
獅子駒の言葉に、永倉が「そうだそうだ!」と言い出す。
「だがな、ここに残りたい奴ぁ残れ」
「へ?」
永倉が今度は間抜けな声をだした。
だがそれは敵も同じだったのかもしれない。土方は素っ頓狂な顔をしている。
「おい伴、ちょっと来てくれや。永倉たちもだ」
「え、でっ、でも……」
「いいから来い」
獅子駒は伴の腕を掴み、永倉の首に腕を回し引きずるようにその場を去った。
取り残された新選組隊士ほか局長らは、唖然とした様子で獅子駒を見つめていた。
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「獅子駒さん、どういうつもりだよ!」
「文字通りだ馬鹿野郎」
一言であしらわれてしまい、伴はうっと黙り込む。
「……あいつらは、根はいい奴らなんだよ。ただ、幕府のお偉方と関わっちまった分、ちょっとおかしくなってるだけさ。わかるだろう? 人は金で動くってこたぁ」
それは、誰よりもわかっているつもりだった。
人は金で動き、そのためなら例え自分の子供でも売ってしまうような。
辛い記憶が蘇り、伴は拳をぐっと握りしめた。
「家長、どこ行くんだ?」
黙り込んでいた家長が立ち上がり、小屋から出ていこうとした。
「ちょっと、外の空気吸ってくるわ……」
そう言って出ていく家長の顔は、とても辛そうだった。
そうだ。一瞬にして大勢の仲間を失ってしまったんだから。
「獅子駒さん、ちょっくら私も散歩」
「おぅよ」
私が何をしようとしているのか分かった様子で、獅子駒はうなずいた。
「ちょい、家長!」
とぼとぼと歩く家長の背中を、ぽーんと叩く。
「って!……んだよ、お前か」
相当沈んでいるのか、やり返す気力も無いらしい。
「おい、組長さんよぉ。あんたが落ち込んでちゃ生きてる奴らぁ、ますます弱っちまうぜ?」
「なっ」
これには言い返そうとしたのか顔をあげる家長。
だが、すぐに眉を寄せた再び下を向いてしまう。
「あんたねぇ、男のくせにうじうじ苛つくんだよ! あんたは生きてんだよ!? だったら死んじまった奴らの分まで立派に生きていこうとか思わないわけ!?」
その言葉に、家長は顔を上げて今度こそ腕を振り上げた。
殴られるのは覚悟の上。目を閉じた時だった。
「……大阿呆者が」
思っていたよりも優しげな声で、家長が私の頭に触れた。
「おい、殴らねぇの?」
「馬鹿か。お前殴ったって、どうにかなる事じゃねーだろ?」
そう言いながら優しく私の頭を撫でる家長。
「ちょ、いつまでもやってんじゃねーよっ」
手を振り払って、ぷぅっと頬を膨らませて家長を見る。
「ははは……ありがとうな伴。お前のおかげで、なんかすっきりしたわ」
「?」
「腹ん中に溜まってたもんが全部吐き出せた。お前が新選組に言いてぇこと言ってくれたおかげだ」
今度はぽんぽんと軽く頭に手を置いた。
伴は相変わらず頬を膨らませたまま、家長を見上げていた。
「たく……ホントに感謝しろよ」
「はいはい。わかったよ。……じゃ、戻ろうか」
「あぁ」
家長の後ろをついて歩き、小屋まで戻った。
「家長、先入ってて」
そう言って、伴は小屋の後ろへ回った。
実は、さっき土方と近藤が話しているのを見たのだ。
ちょっとした好奇心。盗み聞きしてやろうと思った。
「これで決まりだ。近藤さん、あんたには世話になったが……ここまでだ」
「待てトシ!本気で言ってるのか!? あの娘は化け物の娘なんだぞ!」
ドクンと、心臓が大きく脈打った気がする。
あのことは、きっと私の事だろう。
知ってるのかもしれない。この人たちは私の親の事を。
私も知らない、本当の私の家族の事を。
「だからなんだ。親と子……確かに同じ血が通ってるが志は違う。だいたいあのガキは流鏑馬と接触したことすらねぇんだぞ」
流鏑馬?
いったい何だそれは。
もっと近くで話しを聞きたいが、これ以上近づけば絶対にバレる。
「……これ以上話しても無駄だ。俺は新選組を抜ける」
それを聞いた近藤が、ふるふると腕を震わせた。
うつむき、何かぼそぼそとつぶやいた後刀を抜いた。
「———!!」
私は、思わず地面を蹴っていた。
キィン!!
と、刃と刃が交える音が響く。
「き、君はっ……!?」
近藤も土方も、伴の姿を見て驚いたようだ。
「私闘禁止、これは乱獅子隊の規則だ。もし入りたいんだったらよーく覚えときな」
ニヤリと笑って、土方を見た。
近藤が刃をしまったので、伴も刀を鞘にしまいじっと見つめる。
話しを聞かれていたか心配になっているのか、近藤は土方をちらちらと見ている。
「……何慌ててんだ? なにかやましい話しでもしてたのか」
「あ、いやっ。違うぞ、それは断じて!」
あっはははと笑って、冷や汗を必死に隠す。
————そうか、この人はこれが素なんだ。
そう思うと、なぜ土方が乱獅子隊に入ろうとするのかわからなくなってきた。
「えっと……伴さんだったかな。トシを頼んだぞ」
「……えぇ、任せといてください」
思わずそう答えてしまった。
その笑みが偽りのものには見えない。
だから土方もこんな表情をしているんだ。
去っていく近藤を目で追いながら、私はそっと口を開いた。
「追いかけなくていいのか」
だが土方は何も言わなかった。
拳を握りしめて、近藤の姿が消えるまでずっとその背を見つめている。
「近藤さんはなぁ……変わっちまった。今みてぇに昔っぽく笑う時もあんだが、最近は手柄のことしか話さなくなっちまった。いったい何が、あの人を変えちまったんだろうなぁ」
懐かしそうにつぶやく土方を見て、伴は目を細くした。
「てめぇが今みたいに悩んでばっかで、はっきり物言わなねぇからじゃねぇか?」
そのぶっきらぼうな言葉に、土方は大きく目を開けた。
口を開けたままボッと突っ立っている。仮にも鬼の副長と呼ばれた男のはずなのに。
「で、どうすんだよおめぇは。私らと来るのか、追いかけるのか」
顎で近藤の去った道をさす。
「一本道だからすぐ追いつけるはずだぜ。近藤もそれを望んでるよ」
にっこりと笑って土方を見つめていた。
「……おい、武士に二言はねぇんだ。んなことも知らねぇのか」
いつもの土方の口調に戻った。
あぁ、どうやら決意したようだ。
「だったら、中入るぞ」
裏から表に回り、後ろに土方がついてきているのを確認して小屋に入った。
「おまちどーさん。ついでに呼んできたぜ」
ニカッと笑い、まだ外にいた土方の腕を掴んで中に引っ張った。
「おいっ」
気まずそうに小屋にはいる土方だが、獅子駒は極々普通に対応した。
「じゃ、ここ座れ。伴、まさか気に入ったのか?」
「ばか!ちっげぇよ!」
バッと土方の腕を放してすぐに永倉の隣に座る。
「だいたいよぉ、お前も十六なんだろ? そろそろ男の一人や二人……」
「うっるさいな余計なお世話だっつの……」
少しは照れたように笑う伴を見て、永倉が肩に腕を回してきた。
「俺だったらいつでもお相手になってやってもいいぜ?」
「ほざけ。だったら土方のほうがマシだ」
「うわっ、ひで!」
そうやって騒ぐ姿を見ていた土方も、自然と笑みをこぼし始めた。