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第二十五陣

翌日、明治二年五月十八日。

伴は朝日が昇る前に目を覚まし、土方には言付けをしてとある場所へと足を運んだ。そこは、伴の母である満や譲羽たちがひっそりと暮らしている流鏑馬の隠れ里で、伴は自分が死ぬかもしれないと告げに参ったのだ。

それを聞いた満や譲羽は苦い表情をしていたが、伴の覚悟を悟ったのか次第に表情を和らいでいった。

「そう。あんたがそうしたいならそうしな。あたしらは、これ以上人間たちに関わるわけにはいかないんでね」

傍観者を気取らせてもらうよ。満はそう言って伴の頭をクシャクシャと撫でた。譲羽は今にも泣き出しそうな表情で伴を見つめていたが、別れ際には耐えきれなかったのか、思い切り伴に抱きついた。涙をこぼしながら、嗚咽の混じった声で必死に彼女に気持ちを伝えようとしている。

中々離れない譲羽を引き離そうとするが、彼女も強情者で離れまいとしっかりと伴にしがみついている。困った伴は、にっこりと笑って譲羽の頭をぽんぽんと撫でた。

それで気がすんだのか、それとも伴の気持ちを理解したのか、譲羽は悔しそうに少しずつ離れた。

「……母さん、新政府軍が奇妙な化け物を作ってる。鬼兵とかいう奴らだから、気をつけて」

「鬼兵、ですって?」

満の瞳が、大きく開いた。なにか、身に覚えがあるのだろうか。

「その話し、もっと詳しく聞かせて」

せっかく譲羽も離れたというのに、今度は満に捕まってしまった。そう思いながら、伴は自分の母親と面と向かって話した。新政府軍が鬼兵と呼ばれる化け物を何十体も作り出していたこと。そして、その鬼兵たちを斬るのは並大抵のことではないとに、対流鏑馬用に作られたこと。

対流鏑馬用ということは、もしかしたらここにもその鬼兵が向かってくるかもしれない。そうなったら、ここに住んでいる刀を持たない流鏑馬たちは多大な被害を受けることになる。もしかしたら、全滅するかもしれない。

そこまで話すと、満は顎に指を当てながら呟いた。

「もしかしたら……それはあの薬が使われたのかもしれない。伴、猪鞘と会える?」

いきなり出てきた猪鞘の名前に、伴は思わず眉を寄せた。あいつは獅子駒を殺し、譲羽の心と体に大きく深い傷をつけた。命は取らないでやったが、今さら会う気になんてなれない。それに、会ったらもう一度刀を交えることになるかもしれない。満はそれをわかって言ってるのか、それとも何か奥深い理由があるのか。

とにかく、どこにいるかもわからない輩と会うのは困難だろう。

「会って、どうするの」

「もしかしたら、流鏑馬の鬼兵隊きへいたいが絡んでるのかもしれない」

奇兵隊の名は聞いたことがある。確か、高杉晋作が作ったという長州藩諸隊と呼ばれている常備隊の一つだったはずだ。だが、それは武士もいれば農民や町人もいるような部隊。その奇兵隊とは違う、同じ名前の組織があるのか。

「あたしが言っている鬼兵隊は、今から百年前に神童と呼ばれていた者の子孫たちのことよ。彼らは流鏑馬を越えた能力を持ってるけど、ずいぶん前に猪鞘の手で全滅させられたと聞いてるわ。その生き残りがいるとしたら、厄介なことになるかもしれないねぇ」

満の口調が、段々真剣なものへと変わっていった。

「それは、猪鞘に会うしかねぇな」

「えっ」

譲羽が声をあげた。伴はそれを無視して、話し続けた。

「猪鞘の話しを聞く価値はあるはある。それに、鬼兵隊の問題はとっとと片付けないと面倒だ」

伴の話しを聞いて、さらに譲羽の表情が曇った。当然だろう。猪鞘はつい最近まで伴を殺そうとしていたのだし、とうの自分も酷いめに遭っている。信頼はできない。それにもし喧嘩になったら、一対一ではないだろう。奴には、天草という最強の盾がいる。

心配だが、自分が行ったとしても伴の足手まといになってしまうのではないか。その思いが強く、中々言い出せない。このままでは、伴は一人であの男の元へ行かなくてはならないのに。

「……譲羽、一緒に行ってあげて」

満の言葉に、譲羽は顔をあげた。それと同時に伴が文句を言いだす。

「んなことできるわけないでしょ! 譲羽は猪鞘に狙われてっ……」

「いいよ、伴。一緒に行く」

「はぁ!?」

伴の予想以上の反抗に、譲羽も引き下がりそうになった。だが、ここは言うことを聞いてもらう。

「一緒に行ったほうがいいと思う。それに猪鞘は、それほど馬鹿じゃない。自分たちに被害が及ぶなら、力を貸してくれると思う」

あくまで推測なのだが、とは付け加えず、譲羽は伴の反応を伺った。

ここまで言えばさすがの伴だって納得してくれるはずだ。それに、一応刀は握れなくても弓矢の腕には自信がある。

「……わかった。でも、土方もつれてくからな」

一瞬だけ、譲羽の腕が反応した。

「それでもあんたは来るのかい」

今度は伴の問いに、譲羽は黙り込んでしまった。


今でも目を閉じれば思い出せる、彼との初めて逢った時のこと。村を出て、お金に困って京都の町をふらつきながら歩くあたしに、暖かいおむすびと穏やかな時間を与えてくれた。

彼はただあたしを保護したつもりだけなのだろうが、身元も明かさない億劫な娘によくそこまでしてくれたと思う。

新選組の屯所は男で溢れかえっていた。だから、自然と信頼できる土方さんの後ろをくっついて歩いていたのをよく覚えている。近藤さんや、沖田さんに斎藤さん、他にも話し相手になってくれた平助さんには感謝している。今となっては、戦場で散ってしまったのだが。それでも彼らは悔いの無いように生きたんだろう。だから、せめて土方さんの最期を見届けたい。

あたしは、いつしかそう思うようになってしまったのだ。

伴と土方さんを一目見て、意識していなくてもお互いの思いが同じであることがわかった。その時は、ただいい人ぶりたくて嘘をついたけど、本当は、ちょっとだけ今も後悔している。

伴が心配だったから付いて来たなんて、真っ赤な嘘。本当は、土方に会いたいから付いて来たんだ。卑怯な女とでも、腹黒い女と思われてもかまわない。だから、少しの間だけでも一緒にいたい。


「……うん。一緒に行く」

「……後悔、しないな」

伴の言葉にうなずき、譲羽は満をちらりと見た。そこには、なんだか複雑な目をした満が立っていた。

娘と、その友人二人を猪鞘の元へ送り出そうとしているのだ。心が痛むに決まっている。

「舞加、譲羽を守ってやってね」

「もちろん」

うなずく伴。譲羽はそれを見つめながら、罪悪感と戦っていた。

自分は、彼らのために何かしてあげられる。それを、一生懸命やってあげよう。二人は幸せになるべきだ。

決意して、譲羽は拳に力を込めた。


「行こう!」

走り出した伴の後ろに続き、譲羽も走り出した。

これからは、油断もできない。気を引き締めろ、譲羽。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「よぉ、伴。それに譲羽ちゃん」

土方の元へ行くと、そこには永倉がいた。驚いて永倉に駆け寄り、傷はどうなってんだだのもう戦えるのかだの質問攻めにする伴。永倉が答える前に次の質問をするせいか、永倉は困った表情で土方に助けを求めていた。

「おい、なんでてめぇがいるんだ」

だが土方は土方で譲羽へ話しかけている。

「土方さん、あたしはこれから猪鞘を捜しに行きます」

その言葉に伴も反応した。

「何言ってんだ。それは私も一緒に行くって……」

「伴。あんたは先に進むべきよ。あたしは一人でも平気、猪鞘が戦争に関わってなきゃね」

だがそれで納得するような伴ではない。今さっき母親に譲羽を守ってやれと言われているのだ。

「それに伴は、猪鞘と会ったらまた喧嘩始めるでしょ。あたしにその心配は無いしね。役割は適任だと思うけど、どうかな土方さん?」

ずるい。こんな時に土方に決断を任せるなんて。

ジロリと土方を睨みつけ、一人で行かせないようにする伴。だが土方は、しばらく悩んだ挙げ句に許しをだしたのだ。

「おい土方っ!」

「ただし、永倉も連れてけ。それが条件だ」

俺が? 永倉が自分を指差しながら譲羽へ近づいていった。嫌ではなさそうだ。

「怪我も完治してねぇんだろ。だったら、そいつのお守りのほうが気が楽じゃねぇか」

土方なりの気遣いなのだろうか。永倉はすまないねーと言いながら頭をかく。

「じゃ、さっそく行こうか。譲羽ちゃん」

「はい。永倉さん、お世話になります」

丁寧に頭を下げられて、永倉が反応に困っていた。伴もまだ心配なのか、そわそわとしている。だがそんな空気を断ち切るように、土方が言い放った。

「おめぇらは猪鞘に会って状況を確認しろ。終わったらすぐに帰ってこい」

「はいよ」

「了解っす」

譲羽と永倉は背を向けた。でも、なんだかそれぞれの背には寂しさが感じられて、伴も心の中にそんな感情が感じられた。土方は眉を寄せて二人の背中を見つめている。彼も同じように寂しいと感じているのか、それを聞くことはなんだかできなくて、伴はすぐに地面へと視線を移した。

そして、彼も二人の背から視線を外したことを確認して、奇兵隊と鬼兵隊の存在を教えた。鬼兵隊は猪鞘によって全滅させられたことも隠さずに話した。伴が話している間、土方は険悪な表情を隠しきれずにいたことは、本人には語らないでおこう。

話しを終えて、伴はため息まじりに空を見上げた。

「厄介なことをしてくれたなぁ、猪鞘の野郎も」

土方もため息をついきながら腕を組み、どうしたものかと空を見上げている。

季節は春真っ盛り。以前なら乱獅子隊の輩を引き連れて花見にでも行っている頃だろう。でが、今は花見どころではない。それにもう全員揃って花見ができることはないのだ。

まだ残っている桜の花びらは今にも散ってしまいそうで、危なっかしい。

「伴、お前なんで譲羽を連れて来たんだ。わざわざ、猪鞘の元へ行かせるためか」

物思いに更けていると、土方の厳しい声が聞こえた。

「違う。私だって反対だったんだ。でも、母さんが……あっ、んのくそアマ、まさかこうなるってわかっていやがったのか!?」

一人で納得して自分の母親の暴言を吐こうとしている伴を落ちつかせ、土方は言った。

「まぁ落ち着け。猪鞘があいつを殺すと決まったわけじゃないだろうが。で、満さんがなんだって」

彼は満のことを満さんと呼ぶ。それが何故かはわからないが、伴は気にしないでおいた。

「あぁ? 普通に、譲羽も一緒に行きなさいって。何考えてんのかさっぱりだぜ」

そう言いながら伴は腕を組み、貧乏揺すりを始める。土方はそんな伴を横目に入れながら、考え込んでいた。

もし猪鞘が自分たちの味方になってくれると言うなら、それは大きな戦力になる。だが、ここぞとばかりに襲ってこられたらいくら何でも戦力差で負けるだろう。今でも猪鞘を慕っている流鏑馬はいくらでもいるはずだ。そいつらが束になってかかって来たら人間はおじゃんだ。そうならないようにするには、やっぱり交渉するか一騎打ちで決めるのが手っ取り早いんだが、今はそれをしている暇もない。新政府軍はすぐ側まで来ているんだ。

もし五稜郭にいる旧幕府軍の本隊が降伏したら、自分たちも降伏せざるを得なくなってしまう。彼らには大鳥や榎本という優れた指揮官がいるが、鬼兵隊を見てどう判断するかはわからない。無駄死にするくらいなら、投降してしまおう。そう思うかもしれない。

しかしそうなってはこっちが困る。今までの活動が一気に水の泡と化し、一生汚名を着せられたまま死に、一族の恥さらしとなってしまう。それは武士として、侍として、最も嫌なことだ。

「このまま尽きるか……形勢逆転といくか……」

土方の呟きに、伴はピクリと反応した。

「形成逆転、ね。あーぁ、なんとかして鬼兵隊が味方についてくれねぇかなぁ」

「おい伴」

あまりに低い声に、伴は顔を引きつらせて振り返った。

「な、なんだよっ」

「奇兵隊を率いてるのは誰だ」

思わぬことを質問され、伴は焦りながらも答える。

「確か、高杉晋作だとか……」

「んじゃぁ、鬼兵隊きへいたいを率いてるのは誰だ」

何の意味があるのだろう。そう思いながらも答えた。

「知らねぇよ。それも高杉なんじゃねーの?」

「ふん、わかってるじゃねーか」

久しぶりに見た土方の人を小馬鹿にするような笑顔に、思わず苦笑いを浮かべた。一体何を考えついたのだろうか。

「一か八か、高杉を当ってみようじゃねぇか」

そして不敵な笑みを浮かべて、伴を見つめる土方。

伴もこれには驚いたのか、目を丸くして土方を見返した。

「さぁ行くぜ伴、時間はねぇぞ!」

太陽は南中し、暖かい日差しは伴たちを応援するように照らし始めた。

そして伴たち一行は、高杉晋作を求めて新政府軍の陣へと進んでいった。





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