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第二十三陣

もう、終わりにしたかった。



ただそれだけだったんだ。

でも、その願いは現実とは裏腹に、自分を傷つける。


「聞いて、土方」

震える唇から、私は、最も残酷な言葉を告げた。



「新選組の現局長、相馬主計が新政府軍に降伏したらしい」





こんな屈辱は、味わったことも無かった。

私たちは、結局見捨てられてしまったのだ。

何のために一体今まで戦ってきたんだろう。一体、何を求めて戦ったんだろう。

獅子駒も兵藤も、乱獅子隊も新選組の幹部たちも隊士たちも多くの人が息絶えて、多くの人が傷ついた。

一体、なんのために、私たちはここまでやってきたんだろう。


その場に立っていることも辛かったのか、伴はその場に座り込んだ。

その体からは覇気も殺気もなく、ただあるのは絶望だけ。吊り上がっていた瞳は、どこを定めるでもなくただ宙を見つめている。だが、その目に光は残っていなかった。

まだ冷たい函館の風が伴の伸びた髪の毛を撫でる。返り血と泥と汗で汚れた顔には、さらに涙が加わり、伴はそれを拭うこともせずにいた。いや、拭えなかったのだ。

負けてしまった。自分たちは負けてしまったのだ。長く続いたこの戦が終わったことは、少なからず嬉しい。もうこれで血が流れることは無いのだから。でも、伴たちに科せられた汚名は、一生かけても返上できないだろう。

朝廷も薩長も敵に回し、味方だと思っていた人々は諦めて降伏を始めている。

時代はきっと移り変わり、刀はいずれこの世から消えるのかもしれない。侍という存在が、いつの間にか忘れられて消えていくのかもしれない。なぜ、こうなってしまったのだろう。

もう解らない。

いつから、こんなに歯車が狂ってしまったのだろう。


「伴」

土方に呼ばれて、そっと振り返る。

彼は涙で濡れた伴の顔を見つめて、眉を寄せた。

「……お前は、流鏑馬の隠れ里に行け」

その言葉に、思わず伴は言い返した。

「嫌だっ」

だが、土方はそれを無視して話す。

「俺はこれ以上、お前を汚したくねぇ。汚れた仕事をすんのは、てめぇだけで充分だ」

「何言ってやがる……あんた、一緒に生きようって言ったじゃねーかっ!」

大声で反論すると、少し懐かしい土方の絶対零度の視線がおくられた。

思わず背筋を伸ばし、言葉がうっと詰まる。

「いつまで甘ったりぃこと言ってんだ」

その瞬間、伴は自分の中で何かが砕け散った気がした。

それは、直すことは難しくとても脆いもの。

「ここは戦場だぁ、女はすっこんでいやがれ。ここにいても邪魔なだけだっ!!」


「なっ……てんめぇえ!!」

思いっきり土方の頬を引っ叩いた。

仮にも流鏑馬の全力で叩かれた勢いで、土方は後ろへ吹っ飛ぶ。

「何を言ってやがんだっ、てめぇはいつもいっつも……!!」

「うるせぇ! 黙って俺の言うことを聞きやがれ!!」

迫力と殺気を感じ、伴は再び涙が流れてきた。ちくしょう。なんでこんな時に泣いてやがる。

「そうやってめそめそと、お前のお守りにゃもう飽きたんだよ」

これが、最後の一撃だったのかもしれない。

黙っていた家長も、口を挟む。

「おい土方っ、いくら伴のためだってそりゃねーぜ」

「俺に文句があんならついてくんな。俺ぁ最後まで足掻くぜ、何があったってな!」

そう言って振り返る土方は、怒り狂っていたのかもしれない。

伴とよく似た目をしていた。

「簡単に諦めるんなら、俺ぁ一人で足掻く」

「はっ……」

諦める?

その言葉に、伴は我にかえった。

「相馬が何を言ったか知らねぇが、俺はこんなところで終わるつもりはねぇよ」

土方の背を見つめながら、伴は下唇を強く咬んでいた。

このまま終われば、彼は汚名を着せられたまま死んで逝く。それは、彼にとって、いや侍にとって最も恥ずべきことなのかもしれない。相馬が諦めても、まだ土方は足掻くと言っているんだ。だったら、私のすべきことは――!

「待ちな!」

膝に力をいれて、立ち上がる。地面に刺したままの走馬燈を引っこ抜き、肩に担いだ。

「乱獅子隊は、乱れる獅子のように、最後まで戦場を舞う。獅子駒さんがいなくなって、忘れちまってたみてぇだ」

それを聞いて、土方も側にいた家長も口角をあげた。


そうだ。忘れていたのかもしれない。

獅子駒が作り出したこの部隊は、簡単に壊れない。例え目指す物を失ったとしても、それがなくてもまだ足掻くことは出来るんじゃねぇか。よく考えれば、降伏したのは新選組の局長。土方もわたしも、今は乱獅子隊にいるんだ。

新選組がどうだろうと、関係ねぇよ。

「この伴がいる限り、乱獅子隊は消えやしないぜ!!」

すっかり奮起した伴は瞳を輝かせて土方を見つめる。

「敵は弁天台場! 動ける奴らぁついてこい!!」

土方の雄叫びに、みんながいっせいに手を挙げた。

行ける。まだ終わらないさ。


そして、弁天台場へと伴たちは向かった。

これがきっと最後の戦だ。せいぜい派手に暴れてやる。

それぞれの胸の内に思いを抱きながら、その顔に死ぬ気は感じられなかった。





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