第十九陣
日入りの刻、朝日が静かに昇る最中、銃撃戦はまだ続いていた。胸壁を盾にし、小銃でじりじりと新政府軍を追い詰める旧幕府に対し、敵は形勢逆転を望むべく斬り込み隊を旧幕府軍の本陣へと向かわせた。それを阻止すべく、伴と江守と家長が敵を追いかけた。
「伴! 敵は銃を持ってる、突っ込むなよ」
「わーってる。背後から行くぜ!」
江守と家長を追い抜き、めらめらと瞳を輝かせながら走り続ける。その姿は、まるで燃える獅子のように。
「おい、旧幕府軍俺たちに気づいてねぇ。このまま、土方を狙うぞ」
こそこそと隠れながら本陣に近づいていく敵兵を見つけ、気配を殺して近づく。
「あいつらの持ってる武器なんざ、どうせ旧式の――」
「いい度胸してんじゃねーか、あぁん?」
ビクリと大げさに背筋を正して、ゆっくりとこちらを振り返る敵兵。伴の姿を見つけるなやいなや発砲しようとするが、伴の刀さばきの方が圧倒的に早かった。敵の銃を手からたたき落とし、それを森の中へと蹴りとばす。丁度追いついてきた江守と家長がそれを回収した。
武器を失い、乱獅子隊幹部の前で固まる敵兵を見おろしながら伴は語りかける。
「てめぇら、新政府軍の野郎だろ。本陣に帰って大将に伝えな」
ザクリと地面に刀を刺し、それにすら怯える敵兵。
「ここは鬼が護りし獄門。通りたかったら鬼を殺せってな」
「ひっ……ひぃっ」
ろくに返事もできない兵士たちに背を向け、つぶやく。
「おい、さっさと行けよ。さもねぇと、この場で殺すぞ!!」
迫力に負け、兵士たちはよろよろと立ち上がりその場を去る。それを見届けた伴は、勝ち誇った笑みを浮かべて地面に突き刺した愛刀を引き抜いた。
「おぉ……すげぇ迫力だな、伴」
江守と家長が苦笑いを浮かべながら近づいてきた。
「こんだけ脅しゃー相手の大将も黙ってねーだろ。本陣から誘い出して討つ!」
にやりと笑いながら刀を丁寧に鞘にしまった。猪鞘との戦いでひびが入ってしまったこの刀は、実は十の時から使っている愛着のある物だったのだ。壊れたらひとたまりもない。
「強気だなぁ、おい」
「相手の大将も中々ここが落ちねぇから焦ってるはずだ。それを利用させてもらうだけだ」
「なんか土方が女になったみてーだ」
江守と家長は冗談を言いながら笑っているが、伴の目は本気だった。
ここまで私を熱くさせるなんて、敵もちったぁやるじゃねーか。それに、本陣には猪鞘と天草もいるはずだ。奴らを引きずり出して、今度こそ倒す。あいつらは確かに強いが、それは人間相手だけのこと。狂った私はあいつとどう戦ったかは覚えていないが、体には経験値が積まれてるはずさ。
立ち塞がる壁は壊す。邪魔する奴ぁたたっ斬る。
新政府軍だの旧幕府軍だの、んなこともうどーだっていい。幕府のお偉いさんが何を言おうが、私が従うのは獅子駒と土方だけだ。身勝手な幕府のためじゃなく、仲間のために私は牙をむき出す。
「……鬼さんこちら、手のなるほうへってねぇ!」
敵の本陣を睨みつけながら、伴はぎらぎらと輝く目に闘志を燃やした。
それからしばらく経つ頃、前線に戻り戦っていた伴の元へ援軍が送られた。きっと獅子駒の指示なんだろう。
それでも伴は、足手まといになるとは考えずに隊士たちと一緒に戦った。
もう狂ったりはしない。例え死にそうになっても、もう絶対に流鏑馬の狂気に負けたりはしない。そう胸に誓い、減ることのない敵を斬り続ける。いつしか暗雲も晴れ、日差しがこの二股口を照らし始めた。
「ぅおっしゃぁああ! 勝ったぞぉおお!!」
「うおおおおお!!!」
敵が撤退していく姿を見て、誰もが歓喜の奇声をあげた。
ある者は近くにいる仲間と肩を組合い、ある者は涙をこぼしながら男泣きする。
「伴! よぉく生きて帰ってきたなぁ!」
「った! おい永倉、てめ重いんだよっ!」
永倉に肩を組まれ、ふざけ合う。こんな風に喜んでいる時間は、あとどれくらい続くのだろうとふと思った。
「つーか、私が死ぬとでも思ってんのか? わたしゃーそう簡単にくたばる輩じゃねぇ、よっ!」
仕返しとばかりに永倉の髪の毛をわしゃわしゃとかき分ける。約一日、おそらくまともな睡眠もとってない永倉の顔は、喜んでいるものいつもより痩せ細っているようにも見える。伴は腰にさしてある竹で作った水筒の中身を永倉の頭にぶっかけた。
「つめてっ、なぁにすんだよ!」
「あんたは休めよ。ずっと戦ってたんだろ、しかもろくに休憩しないで」
図星だったのか、うっと言葉を詰まらせて目で助けを求める永倉。
「図星ならとっとと寝ろ。ほら、周り見てみろよ」
適当のな所に視線を移すと、隊士たちが武器を持ち、どこか安らげる場所を探している。
本陣の周りではすでに爆睡している奴もいた。
「私はちょっくら獅子駒さんに顔出してくら」
「おーよ。じゃー俺は素直に休んどくかねぇ」
どっこいしょ、とその場に腰を下ろし刀を抱えて眠りだした永倉。なんでぃ、やっぱり疲れてたんじゃねーか。
周りをよく見れば、乱獅子隊の隊士の数が減っている。足下に落ちている、すでに布切れとなった乱獅子隊の羽織を拾い上げ、握りしめた。今まで、こんなでかい戦に関わることは無かったうえに、幕府からは捨て駒のように扱われてきた乱獅子隊が、今こうして戦場を馳せている。それは嬉しいことなのか、悲しいことなのかよく解らなかった。
戦場で死んだってかまわないと思ってきた伴ですら、これからも生き伸びたいと望むようになったのだ。もしかしたら、隊士たちは嫌々この戦をしていたのかもしれない。本当は死が恐ろしくて、体が震えていたかもしれない。
でも、これを無駄死にと思うのは間違っている。彼らは潔く戦場で散った。それは、武士としては誇らしい死に方だ。誰も、何もいうことはないだろう。
ふと視線をあげると、台場山の桜は満開だった。
「わぁ……」
思わず手を伸ばし、散った桜の花びらをつかみ取る。だが、それはまた風に乗せられてすぐに空へと舞った。
桜は風に揺れ、桜吹雪をつくりだしている。それは美しく、そして何とも言えない儚さを感じさせた。
そんなに急いで散る必要も無いのに、それを裏切るかのように桜はなびき続ける。
山を覆う桜に、思わず笑みがこぼれた。
「いっけね、獅子駒さんのとこ行かなきゃ」
すっかり忘れていた。桜から視線をそらし、本陣へと向かう。
「獅子駒さん、援軍送ってくれて……」
その途中、言葉を失った。
「――――兵藤!!?」
そこに獅子駒の姿は無かった。あるのは、血にまみれた兵藤の姿だけ。
「兵藤! どうした!!」
すぐに駆け寄り、傷口を見る。それは深く、致命傷になっていたようだ。
「……伴……獅子駒さんが……流鏑馬兵にっ、ぐっ」
「なっ、流鏑馬がどうしたってんだ! おい!」
苦しげに顔を歪めながらも、兵藤は語る。
「つれて……いかれてっ。譲羽も、一緒に……見たことない……奴だった……天草とっ、うっ」
「っ」
叫んでやりたがった。
怒りがふつふつと沸き上がり、握りしめる拳から血の気が失せる。
「野郎……派手にやってくれんじゃねーかぁ」
「伴……行くべきじゃないっ」
「うるせぇよ……鶏冠にきたぜぇ、いくら何でも、こればっかりはなぁ!! 本陣の側で寝てる奴ら、今すぐ起きやがれぃ! 兵藤の手当をしろ!」
何人かがすぐに駆け込んできた。そいつらに兵藤を任せて、伴は堪えきれない殺気を放つ。
隊士の一人が、兵藤の脈をとって引きつった顔をした。
「……くそっ」
漏れた言葉の意味を理解した伴は、思わずそばにあった机を蹴り飛ばした。数時間前まで、ここで二人が会話していたであろう机は、粉々に砕け、元の形がわからなくなるまでになった。
「猪鞘、てめぇだけはっ……死んでも許さねぇっ!!!」
くるりと振り返ったその姿に、隊士たちは思わず体を震わせた。
「土方はどこにいやがるっ」
「え、援護要請と報告のためっ、五稜郭へ向かいました!」
「じゃぁ伝えとけ。俺ぁ獅子駒さんたちを助けに行ってくる。土方は絶対に来るな」
「え……」
唖然とする隊士に一括する。
「言う通りにしねぇとおめぇもここで斬るぞ!!」
「はいい! すんません!! 承知しました!!!!!」
怯える隊士を横目に、伴は本陣を駆け抜けた。
そのまま敵本陣のある高台まで走る。
そんな伴を、まるで桜は見送るようにざわめきはじめた。