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第十八陣

体が熱い。まるで火山の中にでも飛び込んだようだ。

「俺様を殺したいのなら、もっと殺気を迸らせろ!」

この声は、誰。私の前に立ちふさがるのは、誰。私の邪魔をするのは―――誰だ。

「ラァアア!!」


絶叫とも悲鳴とも言えぬ雄叫びが、この場に響く。すでに伴の手によって全滅状態になった流鏑馬は、天草と猪鞘を残して戦える者はいなかった。血を浴びれば浴びるほど狂っていくその体の熱を冷やすことができず、ようやく戻りかけた理性も狂気の炎によって燃え尽きていく。

不気味な笑みを浮かべながら伴の攻撃を受ける猪鞘。伴の顔にはすでに感情はなく、虚無な瞳には薄らと涙が浮かんでいるようにも見えた。


「どうした舞加! 貴様の力はこの程度かっ、もっともっと見せろ!」

「っ……」


今まで優勢だった伴が、一瞬の油断で反撃される。振り下ろされる強烈な一太刀を受けながら、自分の刀が悲鳴をあげていることに気づいた。刀を振るう度に、肉を刻む度に、その悲鳴は亀裂となって刀を蝕んでいく。その刀の様子は、まるで伴の心を現しているようだった。狂気の熱は冷めず、ただ刀を振るう化け物と化した伴を止められる者はいない。自分の身を犠牲にしても、きっと伴の暴走は止められないだろう。それは猪鞘もわかりきっていることだった。


「舞加、やはりお前はそこら辺の流鏑馬よりよっぽど骨がある。俺様は好物は後に取っておく派なんだぁ。また今度刃を交えるときを楽しみにしているぞ!」

猪鞘が急に反撃をやめた。呆然とする伴をじっと見つめ、攻撃する気がないと解るとすぐに背を向けた。伴も追う気にはなれず、まるで壊れる人形のようにその場に座り込んだ。亀裂の入った自分の愛刀をじっと見つめ、感情のない瞳から涙をこぼす。

暗雲からは雷鳴がとどろき、豪雨が降り始めた。これでは銃撃戦もできない。双方、一時退却となるだろう。

でも、そんなこと今の伴にとってどうでもいいことだった。

「……あ……私が……やったの?」

自分の周りに転がる、数十人の亡骸を目にした途端、自分を殺してやろうかと思った。自分は狂った己を止められなくて、猪鞘を殺したい一心で化け物になってしまったんだ。そして、同じ一族とも言える彼らを虐殺し、この場所を血の海にした。

「うっ……」

今までに感じたことのない罪悪感と、自分に対する恐怖心に堪えられず嘔吐しかける。口元を押さえ、ふらりと立ち上がり、どこに行くかも定まらないままその場を去った。

ここにいちゃいけない。私は、ここにいちゃいけないんだ。

そう強く思った。もしまた狂ってしまった時、私は今と同じように乱獅子隊なかまを殺してしまうかもしれない。

降り続ける雨が体についた返り血を洗い流していく。冷たい雨に打たれ、揺らぐ視界とひび割れた心を抱え、伴はただ誰もいない場所を目指して歩き始めた。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


雨は降り続け、雷管が湿り始めた。それを懐へ押し込み、俺たちは戦い続けた。

伴が稼いでくれた時間を無駄にはできない。あいつはあいつで敵と戦っているんだ。こんなところで寝てるなんて、いくらなんでも俺の志が許さない。あいつは必ず帰ってくる。それを信じて俺たちは絶対に諦めなかった。


「土方! 交代の時間だぜ!」

永倉が耳元で叫んだ。この銃撃戦の中、耳元で叫んでもらわなきゃ相手に気づけない。

「頼んだぞ!」

小銃を託し、俺はすぐにその場を離れた。

もちろん向かう先は、伴の元だ。俺が行っても流鏑馬同士の戦いには足しにならないかもしれねぇが、行かないよりはましだろう。俺は人間でも、ちったぁ骨があるはずだ。殺されても、死にやしねぇよ。

強気に思いながら、さっきまで伴が戦っていた森へと駆けつける。

だが、そこで俺が見たものは思わず目を覆いたくなるような光景だった。


「なっ―――!!」


亡骸の山。これが一番あっているだろう。まさにここは血の海だった。

しかも死んでいるのは流鏑馬の兵士たちだかり。あまりにも無惨に斬り捨てられているところを見ると、伴のやつは相当無理したんじゃないかと思う。もしかしたら、狂っちまってるのかもしれない。

「!」

ふと視線を外した先に、血の痕が点々と残っている。それを見つけた時、思わず足が動いていた。

続く赤い痕跡は、辿る度に薄くなっていく。きっとこれは伴の血じゃない、返り血だ。この雨で流されたんだろう。これが、今の伴と俺を繋ぐものだった。はやく、早く見つけなきゃならねぇ。きっとこいつは、今焦ってる。

人家の無い方向へと向かっている。このままあいつは死んじまうのか。

ふとそんな疑問が浮かんだ。

いつもならそんな疑問は簡単になくなるってのに、今に限って中々消えない。粘り強く頭の中に残って、それが気になってしかたがない。

「ふざけんなよっ……!!」



どれくらい走り続けただろう。肩で息をし、ゼェハァと息を吐きながら辺りを見渡す。

見上げた先に、ふらりと揺らぐ影を見た。

それはあまりにも弱々しくて、はじめは伴じゃないと思いたかった。でも、その面影は伴だった。覇気もなく、殺気も無く、ただ唖然として雨に打たれているその姿は痛々しいものだった。

すっかり返り血は落ちて、伸びた髪の毛は伴の背中に貼り付いている。俺は、堪えきれずに叫んだ。

「伴! 怪我ぁ、ねぇかっ!!」

すると、伴はビクッと体を震わせるだけで、振り向こうとはしない。

後ろからでも解るくらい強く拳を握りしめて、俺を拒絶している。

「おい伴。いってぇどうしたんだ。何があった」

近寄り、肩に軽く手を乗せた瞬間だった。

「いやっ!!」

肩に乗せられた手を振り払い、虚無の瞳で俺を見る。その目は今にも壊れてしまいそうな人形のようで、今の伴は魂のない抜け殻に見える。

「伴……?」

「……見たでしょ。流鏑馬たちの亡骸……」

思わず眉間にしわが寄った。

「あれ、私がやったんだよ……狂った自分を止められなかった……次は流鏑馬じゃなくて、あんたらを斬るかもしれない……だから、私はあんたらと距離を取る」

思わず伴の肩をつかんだ。

「どういう意味だ。てめぇ……まさか乱獅子隊をやめるなんざぁ」

「私は流鏑馬なんだよ! てめぇらと一緒に生きられねぇ!!」

土方の言葉を遮り、伴が叫んだ。

虚無だった瞳に、少なからず光が戻る。

「今まで私はお前らに甘えてたっ……一緒に生きていけるんじゃないかって、思ってた! でも、今の私は無理だ。刀を握る資格なんてないっ。もうあんたの側にいる資格無い!!」

その言葉が終わるや否や、土方は抵抗する伴の体を自分に引き寄せた。

「―――!」

言葉を失う伴。土方は、そんな彼女の耳元でつぶやく。


「てめぇには……言ったな。俺はお前を守るって。それを生き甲斐にしてくって」

うなずきもしない伴を無視して、土方は続ける。

「おめぇがいなくなったら、悲しむ奴だっているんだよ。俺たちゃぁ所詮幕府の捨て犬さ、しかもその大将は馬鹿で度胸が無くて逃げ回るだけしか脳がねぇ野郎だ。俺ぁそんな奴のために戦ってんじゃねぇ。おめーと生きてぇから戦ってんだよ」

さらに腕に力がこもり、伴が息苦しそうに動く。

「放さねぇよ。おめぇが、馬鹿な大将と同じ真似しねぇって言うまではな」

「っ……でも、私は化け物だぜ……?」

「関係ねぇよ。俺は、お前と生きてぇんだ。おめぇは、俺じゃ嫌か」

以前にもこんなことを聞かれたことがある。

あの時は答えを濁したけど、今はそういうわけにもいかない。


私は流鏑馬。彼は人間。同じ形をしてるけど違う。それはわかってる。もしかしたらこの先、彼を危ない目に巻き込んでしまうかもしれない。それでも望んでいいの? 土方と生きたいって、願ってもいいの?

土方の肩に頭をのせて、唇を強く咬み締める。

武士として、戦場で散りてぇっていう願い。流鏑馬として散りてぇという本能。そして、彼と共に生きたいという祈願。どれをとっても、最後は幸せじゃないかもしれない。

でも。少しは期待してみよう。運命とやらに。簡単に変えられるものとは知っている。ならば願ってみよう。

険しい道を選んでいこう。それを乗り越えられた時、きっと私は幸福になれると信じて。


「……嫌じゃ……ない」

「ん?」

消えそうなほど小さい声でつぶやく。

「土方と生きたい……だから、私も戦う」

それを聞いた土方が、さらに腕の力をこめる。

「ちょっ……放してよっ……言ったじゃんかっ」

暴れる伴の手にそっと指を絡めて、しっかりとつなぎとめる。

「……言ったからにゃぁ、覚悟しとけよ」

土方はぼそりと耳元でつぶやいた。

「お前は俺のもんだ。ぜってぇ放さねぇよ。これからも、永遠にな」




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