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第十六陣

時代は慶応から明治へと変わり2年。桜が花を芽吹かせているその最中さなか、戦いの火ぶたは斬って落とされた。

明治二年四月九日。乙部に新政府軍が上陸したとの伝令が、村へときた。獅子駒は、乱獅子隊と新選組を敵が進軍するであろう二股へと出発させた。その中に、もちろん伴の姿もあった。

土方は衝鋒隊二個小隊と伝習歩兵隊を率いている。二股へ到着したのは、四月十日のことだった。

本陣を置いたのは台場山。天狗山を前衛とし、台場山の周辺に十六もの胸壁を構築し新政府軍を待ちかまえることとなった。緊張が高まり、いつ敵が押し寄せてきてもおかしくない状況に、隊士たちも不安を隠せないようだった。

乱獅子隊の面々も、今回ばかりはしかめっ面をしている。もちろん伴も永倉も、江守も家長も、参謀となった兵藤すらいつにも増して暗い顔をしていた。唯一、獅子駒を除いては。


「てめぇら、なに辛気くせぇ顔してんだ。勝ち目がねぇって決まったわけじゃねーだろ?」

確かに獅子駒の言う通りだ。でも、敵は新型武器に大勢の兵力を持っている。

この戦で命を落とす奴もいるかもしれない。もしかしたら、幹部連中の中からも。

嫌な想像しか頭に思い浮かばない。こんなとき、譲羽は何を思っているんだろうと、ちらりと彼女を見る。

「大丈夫よ皆さん。相手が化け物ってわけでもないし、こっちにはあの鬼副長がついてるのよ?」

なんと、皆を励ましているのだ。

その姿を見て、伴も笑みを取り戻せた気がした。

「ばっかみてぇだな、今までが。おいてめぇら! いつまでも悄気てんじゃねぇ! 男ならもっとシャキッとしろってんだよ。おめぇらは今まで何度も戦を経験してきただろ? 最初はなから諦めてたんじゃ、これは負け戦になっちまうぜ!」

伴の怒鳴り声に、幹部の面々もうつむいていた顔をあげた。

「永倉、江守、家長! おめーらが暗くなってたんじゃ、隊士共は何を頼りにすりゃぁいいか解んなくなっちまうだろーが!」

「……まぁな」

永倉の曖昧な返事に、伴は眉を寄せる。

「永倉、私はおめーを信頼してる。もちろん、背中預けられんのはお前だけだ!」

永倉の肩をつかんで、揺する。

「だからお前がそんなに暗かったら、私だって集中して戦えねぇよ」

にっこりと笑い、永倉の髪の毛をわしゃわしゃと撫でる。

「皆、気合いいれろ! 敵に弱味を見せつけるな!!」

獅子駒の声で、誰もが奮起を取り戻せたのかもしれない。

永倉も、はぁっとため息をついて伴の肩に腕を回す。

「そうさな! 俺たちが戦場を華やかにせにゃならんしな!」

永倉をはじめ、幹部連中も元気を取り戻していった。


そして、それから三日後。四月十三日。

「新政府軍が、江差から進撃してきた模様です!」

伝令の知らせを聞き、その場にいる人々は皆殺気立った。伴も意を決したように、刀のそっと撫でる。

これから始まる戦は、今までとは少しだけ違う。情報によれば、相手の兵士の数は遥かに私たちを上回ってる。おまけに、戦略的にはこっちは脆く、気を抜けば逃げ出す輩も出てくる。

伴はいつもと違った表情で隊士たちを見つめる。その目は吊り上がり、眉間にしわが寄っている。まるで、土方が女になったようなその姿に隊士たちは自然と縮こまってしまっていた。

威厳、というものだろう。普段は皆を元気づける伴だが、今ではすっかり鬼幹部となっている。流鏑馬だという事もあってか、彼女が放つ雰囲気は人を近づけ難いものへとなっていた。

「伴、胸壁を盾にして進撃する。お前は、一番前の壁にいてくれ」

つまりは前線に出ろということか。なるほど、悪い事じゃない。

「任せな。できるだけ時間かせいでやらぁ」

目に灯る闘志を燃やし、刀を抜く。

「だが、獅子駒さんよ。前線に立つのは俺だけでいい」

伴が、”俺”というとき。それは。

「他の奴らがいたら……足手まといだからなぁ」

本気でキレている時か、人を殺す事を躊躇わないとき。

それがわかっている獅子駒は、なにも言わずにうなずいた。彼女が流鏑馬だということは承知している。一人にしては心配だとも思うが、他の隊士を一緒に同行させて、彼女の足手まといになるのはきっと事実だろうと思ったからだ。

「前線は伴に任せる。他の奴らは均等に散れ。敵の数は多い。きっと銃撃戦になるだろうから、交代しながら攻めろ。敵はがんがん来るからな、戦場では決して迷ったりするんじゃねぇぞ」

獅子駒も腰をあげ、調達した小銃を手に取る。刀ではなく、銃で戦う時代が来たのだと実感した一瞬だった。彼いつでも伴の見本であり、刀をこよなく愛する一人でもあったのに、その彼が刀を捨てたのだ。もう、刀や弓で戦う時代は終わったのかもしれない。もしかしたら、私も撃たれて死ぬのかもしれない。

嫌な想像が頭をよぎる。だが、それを脳の片隅に追いやり、もう一度獅子駒を見た。

「獅子駒さん。俺ぁ、いざとなったら狂っちまうかもしれねぇ」

その意味を理解した獅子駒が、顔を険しくする。

「それは困るぜぇ、俺がよ。土方からきつく言われてんだ、伴を頼むってな」

いつの間にそんな話しをしたんだ。それに、まーたなめた事言いやがって。こちとら流鏑馬なんだぜ? 簡単には死なねぇ、死ねねぇよ。そんなことも忘れちまったのか、土方は。あいつはきっと、私を女子扱いしているうちに、私が武士であることを忘れちまったのかもしれない。だけどな、私は普通の人間じゃないんだよ。


「安心しな、獅子駒さんよぉ。俺ぁ最後まで戦わなきゃならねー。それにな」

くるりと振り返り、獅子駒に背を向ける。

「私は、土方以外の奴に斬られるわけにはいかねーんだよ」

その輝く瞳に、獅子駒は笑みを見せる。

これから始まる戦は、終わりを迎えるための戦。

旧幕府と新政府との対立も決着がつきつつある。でも、それでも乱獅子隊と新選組は決して諦めない。戦い抜き、最後は散って終わるだろう。それが宿命さだめ。それが運命。変えられぬものを貫き、散ってやろうぞ。


互いに譲れぬものを抱き、歩み始めたその先に、何も無いと知ったとしても。




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