第十三陣
旧幕府軍は函館・五稜郭へ入城し、戦いの準備も着々と整っていた。もちろん乱獅子隊と新選組も来るように言われたのだが、獅子駒が意地でも村から離れないと言ったので、乱獅子隊と新選組は未だに村で暮らしている。伝令を使い、旧幕府本軍との連絡は常に行っているが、ある日を境に、その連絡がぴったりと途絶えてしまった。
伝令が来ないことに気づいた獅子駒は、伴と江守、そして兵藤を伝令の代わりとして五稜郭へ向かわせた。だがしかし、その途中。伴は思いもよらない人物と対面する事になる。
「おい嬢ちゃん、なんでてめぇが刀持ってんだ? これは男のもんだぜ?」
道中、夜盗に目をつけられた伴は、男二人が食料調達に行っている間に絡まれていた。
「うるせぇな……女が刀持ってたら天罰でも当んのか?」
「おい生意気に反抗してきたぜ? 兄貴ぃ、どうします?」
ニヤニヤと笑っている夜盗たちを、内心見下しながら、伴は困っていた。
どうしよう。こんな夜盗二人、軽くあしらっておけば逃げるか? でも、仲間を呼ばれたら困るし。かといって殺すのもなんだしなぁ。
「どうしたぁ、何も言えなくなったんかい!」
まったく。旧幕府軍と新政府軍が必死に戦ってるってのに、こんなことに精を出す夜盗がまだいたのかよ。呆れて涙が出てくるぜ。まったく。
「てめぇら……”俺”を女と思ってたら、死ぬぜ」
とりあえず脅しておこう。斬り合いになったら、そん時は手加減なく戦えばいい。
私を殺そうとするなら、自分が殺される覚悟くらいできているだろう。
「なめたこと言ってんじゃねぇ!!」
夜盗が刀を抜いた。なるほど、太刀筋は悪くない。でも―――
「遅い」
夜盗が刀を振り下ろす前に、伴は刀を抜きその男の喉元へ突き出した。
紙一重のところで刃を止めて、キッと睨みつける。
「どうする、死ぬか?」
「―――っ!」
夜盗はすぐに身を引き、冷や汗が頬を流れている。伴はそれを見ながら、不敵な笑みを浮かべた。
「どうした、逃げてぇなら逃げろよ。なぁに、誰もてめぇが逃げたことは知らねぇよ」
「くっ、馬鹿にすんじゃねぇえ!!」
夜盗は意気込んで伴へと刀を振りかざした。でも、その動きが読めている伴はひらりと避けて男の肩に刃を滑らせる。男の着物はぱっくりと裂け、そこからは血がどくどくと流れ出ている。
一人が斬られたことで、完全に私を恐れた夜盗たちが、斬られた男を見捨てて逃げかえっていく。追いていかれた男は、何か言いたげそうな表情をするが、逃げ出そうとはしなかった。
「けっ、なっさけねぇなぁ! 俺はあんな奴らと一緒にされるのはご免だぜ!」
そして、その場にどすんと座り、伴を睨みつける。
「斬れ。そのほうが生成する」
潔い奴だ。どうやら逃げて行った奴らよりはましだな。
「斬らねぇ! あんたは生きな」
「はぁ?」
着物を血で染めながら、夜盗はつぶやいた。
「だったら、はなっから斬るなっての」
伴はそれを聞こえないふりをして、夜盗に背を向けた。
夜盗はよっこらしょ、と立ち上がり、茂みの中へ入っていく。それを確認して、伴はもう一度振り返った。
江守や兵藤はまだ帰ってこない。火でも焚いててやるか。そう思い、茂みへ目線を移した瞬間。
「―――うぉ!」
ふわっと伴の体が浮き上がり、瞬きする間には地面に叩き付けられていた。突然のことに伴も焦りの表情が隠せずに、じっと周りを見つめて気配を辿る。どうやって近くに来た。人の気配には人一倍敏感のはずなのに。なんだか悔しい。
「あの的場を倒したっていう女は、あなた?」
どうやら女の声だ。近くにいるらしい。
「そうだ。てめぇはどこにいやがる」
「後ろよ、後ろ」
振り返ると、そこには私と同じくらいの女が立っていた。でも、その子からは人らしからぬ雰囲気が漂っている。もしかしたら、この子は……
「私は譲羽。あなたと同じ流鏑馬族よ。あ、でも安心してあたしはあなたの味方よ」
笑顔でそう言うもの、今さっき攻撃されたばかりなのであまり信頼性のない言葉だった。
「さっきは、ちょっと止まれなくてぶつかっちゃったの、ごめんね」
てへっと謝り、ちらりと舌を出す。その仕草が、なんだか自分と同じ流鏑馬の女なのにとても女性らしいと思った。いや、自分が男勝りすぎているのかなとも思うが。
「あたしも人間と暮らしているの。でも、最近になって的場が死んだという知らせを聞いて村を飛び出して来ちゃった。それに的場を殺したのが、同族の、しかも満さんの娘だなんて。聞いた時は嬉しくて飛び上がりそうになったわ」
「は……? 普通、一族の頭殺されたら私を憎むんじゃねーの?」
「馬鹿言ってんじゃないわよ! あいつはあたしら女共を子供生むための道具くらいにしか思ってないわ。男はみーんな馬鹿だからねぇ」
確かに、的場ならそう思うかもしれないな。
「だから、人数が減った女たちを匿うために、満さんは動いたの。それで、人間と一緒に静かに暮らせる場所を教えてくれたわ。なのに、この戦争が始まってからずっと兵士として借り出されて。うんざりしてたところ」
満。そういえば、その人は私の本当の母親だったな。あまり実感が沸かず、会いたいとも思わない。
一度は私を捨てた人は、私の母親なんて呼べるのだろうか。
「……あの、満さんはあなたを捨てたわけじゃないのよ?」
心を見透かしたのか、譲羽が遠慮がちに喋りだした。
「あたしも一応関係者だから、話すね。あなたはね、流鏑馬の中でも特に力の強い伴家の血を引いてるの。満さんも、あなたが女の子だとわかったとき、すごく悩んだらしいわ。このまま育てれば、あなたは人間を憎み、恨み、屈折した愛しか知らない的場の元へ嫁がなくちゃいけなくなる。それは、将来あなたのためにならないと思って、満さんはあなたを人間の村に通じる川に流した。それ以来、満さんはあなたが生きていることは秘密にしていたのよ。」
どうやら、私が思っていたよりもすごくいい人らしい。
「あなただけではなくて、あたしも同じなのよ。あたしの性は古里っていうんだけど、そこも結構力の強い流鏑馬の家でね。無理に嫁がせるなら、人間に預けて育ててもらおうって、両親が満さんに頼んだの。あたしも川から流れて、人間の村で育ててもらった。自分が流鏑馬だって気づいたのは、九のときだったかな。友達と喧嘩してたら傷を負っちゃって、それが一瞬で治ったもんだから村中で大騒ぎ! お前は流鏑馬なんだから出ていけって言われたけど、喧嘩してた子があたしを庇ってくれて、村長もそれに賛成してくれて。今では、村の人もあたしを認めてくれたよ」
話しを聞いていたら、永倉や土方、それに獅子駒を思い出してきた。
彼らも、些細なことでも私を助けてくれた。隊士たちが文句を言っていたとき、土方や永倉が庇ってくれたこともあったし、獅子駒は心の支えになってくれた。人間の伴、だけではなく流鏑馬の舞加としても私を認めてくれている。それが、とっても嬉しかった。
「でもあたし、あんまり戦場向きじゃなくてさ。どっちかっていうと作戦を練ったりするほうが得意」
「だったら、私は武闘派だな。作戦とか無しで飛び出すもんだから、よく仲間には叱られたよ」
譲羽はくすくすと笑って、後ろを指差した。
「仲間って、後ろの方々?」
振り返ると、食料をとってきた江守と兵藤が不思議そうな顔をしている。いや、兵藤は露骨に怒った顔をしている。相変わらず、怒る時はすぐに顔に出るんだから。
「お帰り。この人は敵じゃねーよ。私と同じ……流鏑馬の、譲羽だ」
流鏑馬と聞き、江守も顔をしかめた。一方の譲羽はその反応に慣れているのか自ら進んで握手を求めている。
「譲羽です。出身は暁村、小さい時に両親から人間へと預けられました」
丁寧な挨拶に、江守もおずおずと握手をかわす。
その隣で、兵藤は眉を寄せて譲羽を睨みつけている。
「そんな怖い顔しないでくださいな」
だがそれでも兵藤はまったく顔の筋肉を緩めようとはしない。さすがに失礼だろうと、伴が咳払いをすると兵藤は微かに柔らかい表情になった。
「流鏑馬ということは、お前も伴を連れていく気なのか」
「いやいや、そういうんじゃないですよ。あたしは、同じような境遇にいる子がどうしているか心配なだけです。」
「へー。伴と同じ流鏑馬ってことは、あんたも的場から追い回されてたってことかい」
江守の問いに、譲羽が初めて真剣な表情になった。
「あたしは的場から逃げることしかできませんでした。刀を振るうことはあまり得意ではなかったので。ですから、多くの仲間を犠牲にしてしまい、自分でも力のなさに無念を感じます。ですが、伴は違います。あの的場を倒し、一時的にも流鏑馬族に安楽した時間を与えてくれました」
深々と頭をさげる譲羽に、伴も思わず頭を下げる。
「だからあたしも、なにか恩返しがしたいのよ」
にこっりと笑う譲羽に、伴もいつもの調子を取り戻したのか歯を見せて笑う。
「でも、残念なことにね……暁村は、三日前に新政府軍に投降してしまって、今はすっかりそちらの犬になってるわ。まず、この状況を奪回しないと、皆を救えない!」
「なるほど……」
本当はこれが目的なのかもしれないな。
村を救ってもらえて、私に借りができる。これなら、恩返しをさせてと言っても確かに彼女には借りがあるし、という風になってしまうだろう。確かに、頭は良いやつだな。
「獅子駒さんと土方さんに報告するのが先だ。勝手に事を進められては困る」
ここぞとばかりに兵藤が口を挟んできた。抜け目のない奴め。
「土方……?」
譲羽は、どうやら聞き覚えがあったのか、目を丸くさせている。
「彼は、新選組じゃなかったの?」
「今は乱獅子隊と合併してんだ。知り合いだったのか?」
そう尋ねると、思いもしない返答が返ってきた。
「えっと……い、命の恩人なの」
「命の恩人?」
「そう……それとね。あたしの、想い人……かな。きゃっ、恥ずかしっ」
唖然とする3人を他所に、譲羽は一人で頬を赤く染めながら踊っていた。