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第十二陣

その時、私は久しぶりに夢をみた。でもそれは、決していい夢とは言えないものだった。

私と流鏑馬が戦い、流鏑馬と乱獅子隊が戦い、そして新選組が流鏑馬と戦い。その最中で、兵藤が斬られ、江守が斬られ、家長が斬られ、永倉が斬られた。残った私と獅子駒と土方で戦っていたのだが、途中で獅子駒と土方が私から離れていってしまう。そして、こう言った。

「おめぇは、俺たちの敵だろーが」

「なんでここで刀ぁ振るってんだ。てめーはてめーの場所へ帰りやがれぃ」

その言葉に私は反論した。何て言ったのかはわからない。でも、その言葉に土方は眉を寄せて、獅子駒は露骨に嫌な顔をした。それがすごく苦しくて、同時に悲しくて、いずれこうなってしまうのかもしれないと思ったら、胸が苦しくなった。

「お前は俺たちとは違う。お前を斬っても、心臓を突かなけりゃお前は死なない。俺たちは違うんだよ。そんな化け物と、これ以上一緒にいれるかっての」

離れていく二人の背中を追おうと走り出した。でも、その前には流鏑馬が立ちふさがり、その流鏑馬も殺気に満ちた顔で私を見ている。

さらには、乱獅子隊も新選組も私に刀を向けていた。

だがそこで、私は目を覚ました。


「———っ!」

自分の瞳から流れているものを拭い、寄りかかるように眠っている獅子駒の顔を見て一安心した。

これは夢だ。悪い夢。こんなこと実際にありえるわけが無い。

「……はぁ」

ため息をついて、獅子駒が起きるまで待つ。とても静かで長い時間だった。そしてやっとのこと獅子駒が目を覚ましたとき、伴はすぐに問いかけた。

「な、なぁ獅子駒さん。あんたは、私が流鏑馬でもここにいさせてくれる?」

きっと今、私は情けないくらい不安な表情をしているんだろう。でも、そんなことどうでもいい。早く答えてほしい。

「……あぁ、なんでそんなこと聞くんだ。」

返答にしばらく間があいた。

「急にんなこと聞かれたら、こっちがビビっちまうっての。どうしたんだ? なんでそんなこと聞くんだ」

「……いや、気になっただけだよ。なーんだ。そうとわかったら気が楽になったぜ!」

無理にでも笑い、立ち上がる。腰にさす刀をもう一度確認し、私は獅子駒に背を向けた。

「じゃ、永倉と稽古でもしてくらぁ」

「あぁ」

獅子駒の家を飛び出し、外で木刀を振るっている永倉を見つけてそこへ駆け寄る。

「私も稽古に混ぜやがれぃ!」

近くにあった木刀を手に取り、おっしゃ来い! と意気込む永倉と稽古を始めた。

女の伴は力で劣る分、男に負けない早さで勝負する。相手の隙を見つけては、そこへつけ込み斬る。これが伴の闘いかただった。これは獅子駒とよく似ており、伴もわからない動きがあったらよく獅子駒を見ている。

「——せいっ!」

永倉の短い木刀が、伴へと降り掛かる。やばい、避けきれない。

そう思った瞬間だった。

「——!」

木刀の動きが、ものすごく遅く見える。

これは遅いという段階じゃない。まるで止まって見える。

体を半身だけずらし、木刀が地面に叩き付けられる。

「もらったぁ!」

完全に隙が生まれた永倉の額を軽く拳で殴った。だが、永倉は大きく目を開いて伴を見ていた。幽霊でも見たような顔に、伴も違和感を感じて不機嫌な顔をする。

「なに? なんか顔についてる?」

「いや、ちげーよ。今のお前の動き……なんつーか」

そこまで言われれば、なんだか言いたいことはわかった。自分の中でもしまったと思っている。無意識のうちに流鏑馬の能力が出て、人間離れした動きをしたんだろう。周りの乱獅子隊隊士も、新選組隊士も驚いた顔をしている。

「……ごめん」

とりあえず謝り、木刀をぶらりと下げたまま眉を寄せた。

「なんで謝るんだよ。すげーじゃねぇか、百人力だぜ」

「そ、そうかぁ?」

永倉はともかく、その後ろにいる隊士たちは化け物を見たような顔で硬直している。

このままでは誤解を招くどころか、自分から流鏑馬だということを宣言しているようなものじゃないか。ひとまず、誤魔化さないと。

「ま、まぁこんなのまぐれだけどな! あははは」

「なぁに言ってやがる? まぐれも実力のうちだぜ?」

永倉も語呂合わせに手を貸してくれた。このおかげで、この後私は普通に稽古をすることができた。だが、隊士たちのどこか今までと違う冷たい目線は変わらなかった。そして稽古の後、土方と歩いていた伴は聞いてしまった。


「なぁ、最近になって伴の様子おかしくねぇか?」

「あぁ。あの流鏑馬とかいう化け物みてぇだ。動きが人間離れしやがってる。ったく、俺たち下々の者は稽古も命懸けだよなぁ」

「まぁまぁ、一応伴は俺たちの幹部なんだからそこまで言うなよ。それにお前、今日伴のこと避けてただろうが」

どうやら、私が最も聞きたくない会話だった。

いつかこういう日が来ると、天草はこのことを言っていたのかもしれない。

「ま、命懸けってところは同感するけどよ」

「だろぅ? それにあいつ、獅子駒さんと仲いいから、大っぴらに愚痴も零せねぇ」

「確かに獅子駒さんは伴のこと気に入ってるよなぁ」

私は今、どんな顔をしているんだろう。もしかしたら、今にも泣き出しそうな顔をしているのかもしれない。いずれ、信じていた仲間が裏切って、こういう風に自分を疎みだすと注告されていたのに。自分でも、それは覚悟していたつもりだったのに。なぜこんなにも心が痛むんだろう。なぜ、こんなにも悲しいのだろう。

隣に立っている土方も、本当はあいつらと共感しているのかもしれない。流鏑馬と人間は共に生きていけると、そう思っているのは私だけなのか。不意にそんな不安が浮かび、私の表情はさらに曇った。

「……お前は戻ってろ」

土方の口から、言葉が漏れた。それがあまりにも威厳に満ちた声だったせいか、それとも逃げ出したかったせいか、伴はすぐに土方に背を向けて逃げるようにその場を去った。

伴が見えなくなったのを確認し、まだ愚痴をこぼしている隊士に土方は一歩近づく。

「おいてめぇら、そこまで言ったからには覚悟はできてんだろうなぁ」

まさかの鬼副長の登場に、愚痴をこぼしていた隊士たちは凍り付いたようにその場に立ち止まる。

「明日、稽古で必ず伴の相手をしろ。二対一でもかまわねぇ。お前らが伴を倒せたなら、本人の前で愚痴でも嫌味でも何でも言いやがれ。でも今みてぇに、相手もしねぇで逃げ回ってるだけのお前らが、あいつの愚痴を言う資格はねぇだろうが!」

その怒鳴り声に隊士たちはビクッと体を震えさた。冷や汗が止まらないのか、背筋を伸ばしながらも顎からは一滴汗が滴っている。それを見た土方は、さらに不機嫌そうな顔をした。

「てめぇら……よぉく見れば新選組じゃねぇか。俺ぁてめぇらみてぇなのと一緒に戦ってきたのか? 情けねぇ!」

「す、すみません! でも、伴は確かに……」

「生意気に口答えしてんじゃねぇ! さっさと家に帰って寝てやがれぃ!」

「はいぃい!」

解放されたことがそんなに嬉しかったのか、隊士たちはいっせいに家へと戻っていった。

「……はぁ……情けねぇなぁ」

今回の戦も負けて、隊士たちは伴に不満を待ち始めて、さらには根性のねぇ奴らばっかりが生き残っていやがる。腕の傷のせいで、もう二度と刀を握れねぇ兵藤が今の会話を聞いていたら、間違いなくあいつらは斬られてただろう。

旧幕府軍は確実に圧されている。相手も流鏑馬という最終兵器の長を失ったのだ。しばらくは動かないだろう。この間にこちらも戦力を整え、戦の準備に取り掛からなければ。

「……そういや、大鳥さんは無事だったのか」

相当の傷を負っていたな。あの人が回復しないと伝習隊は動けない。となれば、乱獅子隊と新選組の主力部隊も作っておくべきか? 真剣に悩んでいると、近くの家の扉が開き、永倉が出てきた。

「よぉ土方。どうしたんだ、いつにも増して眉間に皺ぁ寄せて」

こいつは、いつもこうして明るく笑っている。それが偽りではないかと、時々疑いたくなる時がある。

「何でもねぇよ。それより、おめぇ何してたんだ」

「あぁ……反省、ってところだな」

反省?

「今日。稽古でよぉ、伴の相手したんだ。そん時、あいつがちょっと人間離れした動きをしたんだ。それで俺、つい……」

そこまで話されれば、話しの内容はわかった。

「それは仕方ねぇことだ。それに過ぎたことは気にしてもしょうがねぇだろ」

「まぁな」

それでも永倉は何かが気になるのか、髪の毛をぽりぽりとかきながら空を見上げている。

「なんだよ、焦れったいことすんな。はっきりと言え」

「ったく、手加減ねぇなぁ……ま、そのほうが俺は助かるぜ。で、本題だけどよ……あいつは、ここで暮らしてぇって本気で思ってんのか? 無理してねぇかな」

やっぱりそこが気になったか。

「あぁ、俺も時々思うんだ。あいつは、俺たちと一緒にいるより流鏑馬と暮らしたほうが幸せなのかもしれねぇ。隊士たちも、伴のことを化け物とか悪口言い出し始めたからな」

俺も永倉と同じように空を見上げた。星がいくつも輝いている闇は、まるで俺たちを吸い込んでしまうようにも見えた。だが、そこにはその闇を打ち消すほどのでかい満月が浮かんでいる。それを見て、なぜか伴の顔を思いついた。

もしかしたら、伴も満月も同じなのか。俺たちは周りの小さい星で、満月は明るく照らしすぎて小さい星の明かりを遮っちまう。それと同じで、伴も有り余る力のせいで、俺たちから浮いているだけなのかもしれない。同じ所にいるわけじゃねぇのに、光りが強いせいで輝きを半減させられた小さい星たちが月に文句を言っている。それはまさに、俺たちとやっていることは同じじゃないか。

「でも俺、伴がこの村から出ていくなんてさせたくねぇよ。ただの我侭かもしれねぇけどさ、あいつとは長い付き合いだし。別に、恋人とかってわけじゃねーけどよ?」

永倉の言葉に、思わず俺も同意したくなった。俺だって、伴を見捨てるような真似はしたくない。でも、あいつがここで生きることが苦しいって言うんなら、俺はそのときに止めはしない。あいつは好きなように生きる権利がある。俺はそれを妨げる権利なんて持ってない。あいつは、あいつの望むように生きてくれればいい。

「土方、おまえ伴が好きなんだろ?」

突然の問いに、土方は思わず唖然とした。

「はぁ? 何言ってやがるっ」

「隠さなくてもいいじゃねーか。見てたらわかるっての。っていうか、それでも、俺がお前に文句を言わないのはなんでかわかるか?」

そんなのわかるわけがない。永倉の行動は謎だらけだ。

「お前なら、きっと伴を正しい道へ導くって信じてるからだ」

正しい道へ、導く? この俺が、あいつを?

だとしたら、永倉はとんだ勘違いをしているな。

「俺ぁ仮にも幕府の犬だ。その幕府が命令するんだったら、近藤さんみてぇにおめぇらを見捨てて、新政府軍に投降するかもしれないぜ? それでもお前は、俺があいつを正しいほうへ連れていけると信じきれんのか?」

永倉は何の迷いも無くすぐにうなずいた。

「それも俺たちのためだろ? だとしたら、それは己の志に背くこととはちげーはずだ」

志か。なんともこいつが言いそうなことだ。

「ま、そうだろうと思って伴をお前に預けてんだから、精々守ってやってくれよ」

「おいおい、あいつは逆にこっちを守ろうとするだろ?」

「ま、そうだろうな」

笑い合い、そして永倉はもう一度夜空を見上げてこう言った。

「少なくとも、俺はあいつを追い出したいなんて思ってねぇ。それだけは信じてくれよ」

「あぁ」

こいつは、とても仲間思いな奴だ。素直にそう思った。

裏表が無くて、常に前を見ている。それが羨ましいと思った。

「んじゃ、俺は獅子駒さんのとこに顔出してくっから」

「あぁ、なら俺も……」

そう言いかけた時だった。

「馬鹿言ってんじゃねーよ。お前はこれから伴のところ行って、励ましてこい」

「あ!? 何言ってんだっ、こんな時間に仮にも女の家に行けるかっ!」

「大丈夫、大丈夫! 誰もやらしいことしろって言ってんじゃねーよ」

「ったりめぇだろうが!」

顔を引きつらせながら永倉を殴る土方。だがとうの永倉はにやにやと笑って土方の背中をおす。その先にあるのはもちろん伴の家だ。灯りはついているが、こんな時間に二人きりにさせる馬鹿がいるか。

「おい永倉っ、いい加減にしやがれ!」

「そう照れんなってぇ。おし、行ってこーい!」

背中をぽーんと押され、土方は伴の家の中へ突き飛ばされた。



家の外から永倉と土方の声が聞こえて、ちょうど家を出ようとした時だった。

「行ってこーい!」

その言葉と同時に、土方が突進してきた。いや、突き飛ばされたんだろう。

だが、この状況で落ちついていられるほど私の心は広くない。

「いつまで乗っかってるつもりだ馬鹿野郎!」

目と鼻の先にある土方の顔を直視してしまい焦ったせいか、力の加減ができなかった。思いっきり投げ飛ばした土方の体は、運が悪いことに家の壁に背中から激突する。その衝撃で、棚に乗っていた皿が何枚か床に落ちた。

「やっべ!」

引きつった笑み浮かべながら、伴は背中を抑えて唸る土方に近づく。

「わ、悪い……その、手加減なしで……」

「だからってよぉ……おめぇ、男を投げ飛ばす女がいるかぁ?」

背中を抑えながら立ち上がる土方。本気で痛がっている顔をしている。

「ご、ごめん。骨折れてない? 私が流鏑馬じゃなかったら、さすがにここまで吹っ飛ぶことはなかったんだけど……」

「自分が流鏑馬だろうがなんだろうが関係ねぇだろ。それに、今のはさすがに俺が悪かった……いきなり押し倒しちまったしな、すまねぇ」

素直に謝られて、伴は戸惑った。

「おい、なんか悪いもんでも食ったのか? お前が素直に謝るなんて……気持ち悪いぞ」

「て、てめぇなぁ……」

そしてどうやら、今日も彼の逆鱗に触れてしまった。

「人が素直に謝ってんだろうが! ちったぁ感謝しやがれぃ!」

「だって今怒ってんじゃんか!」

「るせぇー!! 出直してきやがれぃい!」

「ここ私の家!」

「知るか馬鹿野郎ぉお!!」


その間、ひっそりと会話を盗み聞きしていた永倉はため息をもらしていた。





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