第十一陣
二人の早さに人間の眼力がついていけるはずもなく、永倉や土方にとってはあっという間の出来事だった。空中で眩い閃光が飛び散ったと思うやいなや、心臓に刀が突き刺さった的場と、肩に刀が刺さった伴が同時に地面に叩き付けられた。
「伴!」
すぐに土方は伴の肩から刀を抜き、血を止める。すると、傷は一瞬で消えていった。もし彼女が流鏑馬でなければ、今ここで死んでいてもおかしくはなかっただろう。傷も癒え、立ち上がる伴。だが、心臓を突かれた的場は苦痛の表情を浮かべ脂汗が吹き出している。さすがの流鏑馬も、心臓を突かれてしまえば死んでしまうのか。
「……的場」
ふらふらと足場も安定しないまま、伴は的場に向かって話しかけた。
「てめぇは……どうして、最後に戸惑った」
伴は、なぜか怒っていた。
「てめぇは、最後の最後で刀を引きやがった。あれは、私を殺す気が無かったからだろう?」
横たわっていた的場が、弱々しく答える。
「……なんの……ことだ」
「知らばっくれんな! 気づかないとでも思ったのかよ」
そう怒鳴り、的場の横に膝立ちをして彼を見おろす。
その目には薄らと涙が溜まっていた。それをこぼさないように、ゆっくりと伴は話し続ける。
「お前は……なんで最後まで私を女扱いしやがった。もし相手が土方だったら、手加減無くぶっ刺してたくせに! なんで私の時は戸惑ったりしたんだよ!」
伴の怒っている理由がわかった土方たちは、その場に立ち尽くし、先程とは違う目で的場を見る。それに耐えきれんとばかりに、的場が上半身だけを起こした。隣にある伴の目を見つめながら、苦しげにも笑う。
「お前は、武士だ。……殺すのは、勿体なかろう……」
「え……」
そう告げて、的場は伴の短い髪の毛を少しだけ撫でて、息絶えた。
動かなくなった的場の手をそっと握り、伴は立ち上がった。
「土方、永倉……わりぃけどさ、こいつの墓作ってやんの手伝ってくんね?」
なるべく感情を押し殺したような言葉に、土方も永倉もうなずく。一方の伴は、拳を握りしめ、誰かを捜すように周りを見ている。
「舞加様、墓を作る必要はありません」
ふと、森の中から天草が出てきた。伴は眉を寄せて天草を睨みつける。なにせ、彼の着物は血だらけだったのだ。どこかで多くの人を殺したのだろう。もしかしたら、的場よりも天草のほうが質が悪いのかもしれない。
「なんでてめぇに言われなきゃいけねーんだ」
「流鏑馬族は、死ぬと灰になります」
え? 言葉を疑った。焼いてもいないのに、灰になってしまうなんてありえるのだろうか。
「的場の灰は、流鏑馬側に持ち帰ります。ですから、墓など作る必要はありません。否、作られると困るのでやめていただきたい」
墓を作られると困る?
伴が疑問に抱いていることを見透かしたように天草が言う。
「本来、我々流鏑馬は歴の表舞台に立ってはいけない存在なのです。もちろんあなたも、乱獅子隊としての名前は残せません。これは、絶対に守ってもらいます」
「てめぇが勝手に決めんじゃねぇ。私は乱獅子隊だし、流鏑馬として生きるつもりはない」
「では、その肩の傷が治ったことはどう説明するのです」
痛い所を突かれた。そう思い、眉を寄せる。確かにこの肩の傷は、私が流鏑馬だったから治った。もし後に的場との戦いの話しを聞かれた時、まさか無傷で勝てたと言っても誰も信じまい。かといって肩に重傷を受けたと言ってもその傷が無いんじゃ話しの辻褄は合わなくなってしまう。逆に、不思議だと思われてもおかしくないだろう。自分が流鏑馬だと疑われても、おかしくはないだろう。
「……そんときゃ、素直に話すしかねーよ」
嘘をつくのは、生まれつき苦手だった。すぐに嘘がばれてしまう。顔に出てしまうのだ。これはどうしようにもできない。なら、素直に話してそのときに対処していくしかない。
「素直に話したとして、それでも人間があなたを受け入れてくれると思いますか」
「他人は関係ねぇよ。私には乱獅子隊がいる」
それを聞くと、天草はまるで呆れたようなため息をした。そして、子供を叱りつけるような口調で語る。
「その乱獅子隊に拒絶されたら、あなたはどうするつもりです。流鏑馬側には戻って来れませんよ。あなたは、仮にも元流鏑馬の長を殺した張本人なんですから」
そんなこと考えたことも無かった。ずっと一緒に生きていた乱獅子隊のみんなが、そして新しく加わった新選組のみんなが、私を拒絶し、私を疎んできたらどうしよう。確かに私は化け物だし、人間とは比べ物にならないくらい傷の治りが早い。でも、それだけなのに、みんなは私から離れていくのだろうか。
「まぁ……的場を殺してくれたことは感謝しますけどね」
不意にその発言に苛立った。
「感謝してるたぁ、どういうことだよ」
伴の口調も荒くなり、刀に手をかける。
「文字通りです。彼は色々と問題を起こしてくれましたし、嫁選びもせず、しかも本人は意識していなかったろうが、人間などという生き物に興味を持ち始めてしまった。流鏑馬の長が一刻も早く子孫を残さなければ、このまま一族は滅んでしまいます。それなのに呑気に人間の戦に手を出すなど。正直、呆れました」
今までの天草では考えきれない行動だったが、彼は今的場のことを侮辱している。
それが許せなかった。
「あなたも的場の行動には迷惑していたでしょう。それなのに、なぜ彼を弔おうとするのか。それが不思議で仕方ない。あなたも的場と同じ運命を辿るのかもしれないですよ」
「黙れ! これ以上あいつを侮辱するな!」
刀を抜き、天草に飛びかかろうとした。だが、それは天草の一言によって封じられる。
「ここで戦っても仕方ありません。それに、この母成峠も新政府軍に制圧されたようですしね」
我にかえった。その言葉が一番あっているのかもしれない。確かに、ここに旧幕府軍の兵はほとんど残っていない。それどころか、敵兵がどんどん集まっている。
永倉はともかく、土方は戦えないだろう。それに、別の場所で戦ってる江守と家長がどうなっているかも心配だ。
「続きは、また会った時としましょう」
「けっ、首洗って待ってやがれ!」
天草はひらりと身を翻し、的場を抱えてさっさと戦場から去っていく。伴たちも、すぐに退却を始めた。
江守と家長も捜し出し、乱獅子隊からは死者はでなかった。だが、新選組は相当の痛手を受けたようだ。隊士が2名死に、土方も切り傷が痛むのか顔を歪ませている。
そしてその後、村に帰還したとき伴はさらに衝撃を受けた。
「兵藤!?」
あの兵藤が、なんと腕に大傷を負っていたのだ。腕に大きく斜めに走るそれは、どう見ても全治するには時間がかかる。それに、腕の傷が治ったとしても刀が握れるかはわからない。
「俺は大丈夫だ。それより、お前の着物のほうが問題だろう」
「え?」
ちらっと自分の服装を見ると、肩の部分はぱっくりと裂かれているし、すでにぼろぼろだった。どうしたもんかと悩んでいると、土方が目をそらしながら歩いてくる。
「これからの戦は、和服だとかえって目立つ。洋装したほうががいいだろう」
差し出された洋服を渋々受け取り、もう一度兵藤を見た。
「傷は塞がってんのか」
「あぁ。さっさと着替えてこい」
そう言われて、言い返す言葉も無くなり、伴は自分の家に戻って着替えを始めた。
「おぉ!? てめぇ誰だ!?」
どうやら、洋装した伴を見抜けるものはいなかった。
「永倉……私だよ私! 伴だっての!」
顔は変わってねぇだろ! と文句を言いつつ、伴は永倉の顔を睨みつける。
「なんでっ、そんな格好してんだよ」
「着物がぼろぼろになったんだよ。あんたも見ただろ? だから、土方がこれに着替えろって」
そういえば、土方も洋装したのかな。ふとそんな疑問が浮かび、伴は永倉を突き飛ばして土方の家に向かった。
「おい土方!」
だが、入ってくる時が間違っていた。
「おわっ!!」
上半身裸だった土方は、思わず素っ頓狂な声をあげて仰け反るような姿勢になったが、男の裸なんて見慣れている伴はどかどかと土方に近づいていく。
「やっぱりお前も洋装するんだ! どんなの?」
土方の手の中にあった上着を奪い取り、じろじろと見る。
「なんか窮屈そうだな、私のは割と動きやす……」
上着を見ていた目線をあげると、そこには鬼副長の顔があった。
「出直してこいやぁああ!!」
「えぇええ?」
土方は上着を奪い返し、伴を家の外へ蹴飛ばした。
蹴飛ばされた伴は、不思議そうな顔をして土方の家を睨みつける。
「なーに照れてやがんだ、あいつ」
頭をぽりぽりとかきながら、辺りを見渡す。
獅子駒の家が視界に入り、自然と足もその方向を向いていた。きっと村を守り続けていてろくに休んでいないんだろう。なにか手伝えることがあったら、やってやるか。
「獅子駒さん、今いい?」
家の中を覗くと、獅子駒は机と向き合っている。どうやら仕事中のようだ。
「かまわねぇよ」
許可をもらい部屋に入ると、なんだか懐かしいその匂いや風景に思わず安堵のため息をついた。
やっと、自分たちは無事に帰って来たんだという意識が芽生えた。
それと同時に、今日の的場の行動や天草の言動が脳裏をよぎる。天草は、的場をあまりよく思っていなかった。それは、的場が人間に興味を持ち始めたから。じゃぁ、人間と暮らしている私を天草はどう思っているんだろう。怒りを通り越して呆れているのだろうか。
「どうしたぁ、黙り込んで」
「あ、いや。なんでもねー。それより、獅子駒さん休まなくていーのかよ」
遠慮がちに獅子駒の隣に座った。ちらりと顔を見上げると、彼の顔は明らかに疲れが溜まっている表情だった。きっと、寝ていないんだろう。目の下には黒い隈ができている。
「馬鹿言うんじゃねぇ。俺はまだ若けぇから大丈夫だよ」
「わかんねぇぞ。心が若いだけかもしれねぇ」
「伴、喧嘩売ってんのか?」
獅子駒が筆を置き、拳にはぁーと吐息をかけている。獅子駒のゲンコツがかなり痛いことを知っている伴は思わずその場から逃げた。
「それより、お前その格好おもしろいな」
「あぁ……これね。土方が洋装しろってさ」
「へぇ、あの土方が。ま、似合ってる。少しは女らしくなったんじゃねーか」
さらに少しはと付け加えて、獅子駒は歯を見せて笑った。伴も自然と笑みがこぼれ、獅子駒の体に寄りかかるように座った。すると、体からすぅっと力が抜けていくのが自分でもわかった。
「……伴?」
獅子駒の声も、どこか遠くに感じる。あぁ、これは眠いんだと考えつく前に、伴は瞼を閉じていた。
「……ったくよぉ、どこまでもガキだなぁ」
そして、獅子駒も伴につられてか、瞼を閉じた。
隣で眠っている伴が、片目から涙をこぼしていたのは見なかったことにして———