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第十陣

大鳥さんの体が宙に舞った。悲しくて、許せなくて、心の中がとても熱くなった気がした。許さない。こいつら全員、ぶっ殺す。”俺”の目の前に立ちはだかる奴らは、全員、敵だ。


「———ラァア!!」

刀を振るった。ただそれだけのことなのに、何人もの兵士たちが血を流している。刃はそんなに長くないはずだが、心の中に残る微かな理性がそう主張したが、今は狂気のほうが勝っていたのだろう。

「おい伴っ、やりすぎだぜ!」

そう叫ぶ永倉の声も聞こえなかった。目は獣と化し、短く切ってあった黒髪が風もないのにゆらゆらと揺れている。放つ殺気が、狂気が、その場にいる者全てを凍らせた。

「……誰だ、大鳥を斬ったのは……一体、誰がやりやがったぁ……」

口から漏れる荒い吐息には、すでに理性が残っていなかった。遠くから見ている永倉は、伴の目が血色になっているようにも見えた。思わず目を擦り、もう一度。だが、それでも伴が流鏑馬に変化してしまったことに変わりはなかった。

「ひ———ひゃ、あ、あぁあああ!!」

薩摩藩が一斉に伴に斬り掛かって来た。だが、伴は一歩も動かない。

永倉も思わず生唾を呑み込み、目を大きく見開いた。

「ぎゃぁああああ!!」

悲痛な叫びと同時に、伴へ斬り掛かった兵士たちが一瞬で地面に叩き付けられた。しかも、血だらけになって。

伴は不適な笑みを浮かべながら刀についた血を拭う。


「……ほう、ついに目覚めたか」

その声に、永倉は勢いよく振り返った。まさか、あの土方を殺したのか!?

「舞加よ、このままでは狂ってしまうぞ。我らと共に来い、ここがお前の居場所だ」

「あぁ?」

見上げた伴の目に、すでに理性というものは無かった。どうやら本気で狂ってしまっている。

さすがの永倉もそれを察したのか、伴に向かって叫んだ。

「おい伴! このままそいつの言う通りにすんのか!?」

「黙れ。お前に我ら一族の何がわかるというのだ」

的場の反論も無視して、永倉はただひたすら叫ぶ。

「正気に戻れ伴! お前はそんな奴じゃないだろう!」

瞬間、伴の目に理性の火が灯った。


「……あ?」

目を覚ました、という言い方が正しいのかもしれない。そこに広がっているなんとも残酷な光景に、もっていた刀が地面に落ちた。

「私が、やったの?」

震える声が、理性が戻ったことを象徴していた。だが、今の伴はそんなこと考えていられない。周りにはごろろと転がる敵兵の死体。傷口からはまだ血が流れ出ている。

「……あ」

思わず身を屈んで、弱り切っている大鳥の手をとった。

「……私が……やったのか……」

明らかにいつもとは違う戸惑った声に、永倉は大声をあげた。

「お前じゃない! お前は敵を斬っただけだ!!」

「でも……もう、人じゃないのかもしれない。なんだか、血を浴びるのが……気持ちよかったのっ…」

自分が化け物になってしまったと、目を開けているのも辛くなった伴は、すべてから逃れるように自分の肩を強く抱きしめた。もう、こうするしかない。おかしくなってしまったんだ。私は、流鏑馬になってしまったんだ。

「私を……私を殺せ! 今すぐ!」

その言葉に、永倉はもちろん的場も驚いた表情を浮かべた。

「何を言う舞加。その力こそ、我ら流鏑馬族の証だぞ」

「そんな力、いらない!」

今にも泣き出しそうな表情で、伴は永倉を見た。

「もう、嫌だっ……怖い」

伴のそんな弱気の発言は聞いたことが無かった。永倉は驚き、思わず後ろへ後ずさる。

目を堅く閉じた。もうこんな姿を見ていられなかったのだ。



「馬鹿言ってんじゃねぇよ」


その場の緊張した空気を、この一言が打ち破った。

「!? やはり生きていたか」

的場が表情を明るくさせた。永倉も何かと思い声の主を見ると、そこには傷だらけで今にも倒れそうな土方の姿があった。とりあえず生きていたことに永倉は安堵の溜息を漏らし、すぐに肩を支える。

「大丈夫か?」

「もちろんだ。それより、問題なのはあのガキだろう」

ちらりと伴を見つめて、それから怒鳴り散らすように言った。

「お前、何でそんな簡単に死のうとしてんだ。まだわかんねぇのか? お前は俺の生きる理由なんだよ。それが消えちまったら、俺は何のために生きていきぁいいんだ。無責任なこと考えるんじゃねぇ。例え乱獅子隊だろうが流鏑馬だろうが、お前はお前であることに変わりはねぇだろ。俺にはあんな偉そうなことべらべら喋りやがったくせに、自分は逃げんのか? ふざけんじゃねーよ!」

途中で息切れしながらも、土方は鋭いまなざしを伴に向けていた。

それに応えるように、伴も涙をこらえてじっと土方の言葉を聞いていた。

「てめぇはささえなんだ。俺の、俺たちの。だから、そう簡単に死ぬなんて俺が絶対許さねぇ。絶対に死なせねぇ、お前がどうしても死にてぇなら、そんときゃ俺がお前をぶった斬る」

その目は爛々と輝いていた。今にも崩れ落ちそうな体を必死に支えて、苦しそうな息をしながら必死に伴に語りかけている。

堪えきれない涙が、伴の頬をつたって地面に落ちる。

「だから……生きろ、伴!」

それと同時に、的場が動いた。

「貴様、わかっていないのはどちらだ。あいつは人間ではない、流鏑馬だ。舞加を惑わすな」

人間を越える力を持った的場が、容赦なく刀を抜き出し、それを土方に向ける。

すでに体力も精神力も底をつきかけている土方には、強がっているものの戦える体力なんて残っていない。まして流鏑馬族の長と二度目の戦いとなれば、一度目よりも戦いは長引くだろう。それに耐えきれる体力ももちろん残っていない。

「的場ぁああ!!」

だがそこへ、奮起した伴が飛び込む。

「へっ、俺ぁ元々お前のところへ行く気はさらさらねぇよ! 他を当りな!」

伴も刀を抜き、的場の喉元へ突き出す。

「なぜだ。なぜわからん。お前も満も。しょせん、人間は裏切るのだぞ」

満も? 口の中で呟き、眉を寄せて的場を睨みつける。

「満も人間の男を愛し、そいつと子を成した……なぜ、なぜお前たち親子は一族を裏切り人間などという下らん生き物と分かち合おうとするっ、なぜそれが無駄だということに気がつかん!!」

的場の声は怒りに満ちていた。

「くっ!」

強烈な一太刀が伴に向けられて振り下ろされた。手加減のない攻撃、力強く、何度も何度も繰り返され、段々と自分が圧されていることに焦りを感じていた。このままでは、力の差で必ず斬られる。なんとかして、反撃に転じないと。

「てらぁ!」

雄叫びをあげながら、なんとか的場の攻撃をかわし懐へ入りこめた。

だがそれはとうに予想されており、的場はすぐに距離をとってしまう。これでは、いつまで経っても攻撃できない。ただ、無駄に体力が削られるだけだ。このままじゃ、負ける。

「どうした、舞加? 息が上がっているぞ」

楽しそうに私の刀を避ける的場。

あぁ苛つく、今の私には的場を斬ることもできないのか。苛つく、こんな自分が、こんな己が憎くてしかたがない。

—なら、本能の命ずるままにやればいいじゃない。

あぁ、苛つく。どうして、私はこんなに焦っているんだ。

—なら、もう一度狂えばいいじゃない。

誰だ。さっきから、うるさいんだよ。

自分の中にももう一人誰かがいるような気がして、そいつがさっきから何かを呟いているような気がしてしかたがない。何か、私の中で今にも暴れだしそうな何かがいる気がしてしかたがない。

「どうしたのだ舞加」

「うっ!」

油断した。的場の刃が私の肩を滑る。

血が吹き出し、その場に崩れるように膝をつく。

だが、不思議なことに傷はあっという間に癒えていく。傷口から手を放した時、すでにその傷口は一本の線だけが残っているだけだった。自分でも驚く回復力に、思わず勝ち気の笑みを浮かべる。

「やはり……気に食わない娘だ。いっそ、殺してしまおうか。いくら流鏑馬とて、心臓を突けば死ぬ」

「……私を、殺そうってんなら、殺される覚悟はできてんだろうなぁ」

刀を握り、立ち上がった。

「来いよ的場、もう、これで終わりにしよう」

お互いに、これを最後の一撃と決めた。


これで、決着を付けよう。


終止符を、うってみせる。



そう決意し、的場と私は、同時に地面を蹴った。




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