第一陣 乱獅子隊と新選組
「はっ……はっ……」
後ろを確認しながら、夜道を走る。
馬に乗っているのは、今晩十六を迎える少女だった。
だが、腰には刀を下げて、髪の毛も短く切ってあった。
馬を器用に操り、森の中を走る。
「くそ、しつこい奴らだ!」
嫌気がさしたのか、ちっと舌打ちをして馬を止めた。下馬し、追ってくる敵を見据える。
後ろから追ってくる敵の数は3人。
少女はスゥッと息を吸うと、腰の刀に触れた。
地面を軽く足で抉り、遠くにいる敵3人を視界に捉えてにわかに笑う。
「俺に喧嘩売ろうなんざ、百年早いんだよ」
一人称は、俺だった。
そう。この少女はそう考えている。
戦場には男も女も関係ない。なら、弱々しい女でいるよりか勇ましい男でいよう。
戦場にいる時は女を捨てろ、そう教え込まれてきたのだ。
「侍なめんじゃねぇ。こちとら、根っからの悪ガキなんだよ」
独り言のようにつぶやき、同じように刀を振りかざしている男を睨みつける。
「生半可な覚悟で闘ってる、おめぇらとはできが違うんだよ!」
そう言いながら、少女は獅子を思わせる勢いで相手の懐に入りこみ返り血を浴びた。
少女の顔や髪を赤く染めあげたその刀は、血を浴びて輝いている。
そして少女が着ている羽織、紅色に背には獅子が描かれた羽織こそこの地を束ねる証でもあった。
「乱獅子隊、最年少幹部たぁ、俺のことよ!」
倒れた敵方の武士たちを見下しながら、少女は再び馬に乗った。
刀をしまい村へと急ぐ。
村につくと、すでに敵は去っていた。
「おぅ伴。ちゃんと敵は撒けたか?」
笑顔で嫌味を言ってくるのは同じ乱獅子隊の幹部、永倉だ。
「永倉ぁ、あんたこそその傷どうしたんだ?」
ニヤリと笑って言い返すと、永倉はうるせぇ!と言って伴の頭をガシガシと撫でた。
ついでに肩に腕を回し、はぁとため息をつく。
「おいおい、私は女だぜ?」
一人称は私に戻り、凛々しかった表情に幼さが見える。
これが素なのであろう。今見れば最年少幹部と言われても納得できる。
「それより、新政府軍はもう撤退したのか」
再び凛々しい表情に戻り、永倉に尋ねる。
「あぁ、一時はな。だが怪我人も多い」
永倉が見ろよとばかりに親指で後ろをさした。
そこには、足や腕から血を流す同じ羽織を着た人たちが大勢いた。
「……全員、銃でやられたのか」
「まぁな。遠くからの攻撃で組がばらばらになっちまった。おかげで隊長に説教三昧さ」
ははっと笑う永倉だが、これは確かに隊にとっても痛いことだ。
永倉率いる一番組には百人がいるが、今でさえその半分が負傷している。
これでは次の襲撃の時に一番組は簡単に動けないだろう。
「で、隊長……獅子駒さんはどこにいんだ?」
「おいおい、今は不機嫌だぜ?やめといたほうが身のためだ」
「誰が不機嫌にさせたんだよこの馬鹿!」
わざと怪我をしている場所を蹴り上げて、永倉がいてぇ!と悲鳴を上げる。
そんな永倉に背を向けて、伴はさっさと隊長がいる屯所に入った。
「獅子駒さん、新政府軍の状況を見てきたんすけど……」
言いかけたところで、鋭い視線が向けられた。
「……んだ、てめぇか。ちょっと待ってろ」
そう言って再び机と向き合った。
どうやら旧幕府軍への手紙を書いているらしい。
本当は、私たちだってこの村で静かに暮らしていたかったんだ。
「……で、どうだった」
獅子駒がゆっくりと振り返った。
「どうもこうも、酷いってもんじゃないっすよ。逆らう者は虐殺。そいつの家族も殺して住んでた村も焼き払っていた。見ていられるようなもんじゃねぇ。確か……新選組って部隊が闘ってたけど、ありゃもう保たねぇよ。」
ため息をついて、壁に寄りかかりながら腰を下ろす。
「帰る途中も三人殺めた。気分がよくねぇ……」
「そうか。ったく! 俺たちゃぁこんな時にどーすりゃいいんだよっ!」
獅子駒が机を勢いよく叩く。
そう。
もはや、錦の御旗を掲げている新政府軍が官軍となり、私たち旧幕府軍は完全なる賊軍になってしまった。
この状況が奪回できるわけもなく、乱獅子隊も敵からの攻撃に痛手をくらっていた所だ。
「そもそも、あの馬鹿将軍が大政奉還なんてするからっ……」
将軍に文句を言いだした私を獅子駒は制止する。
「御上の文句を言うもんじゃねぇ。今まで生きてこられたのは、少なくとも徳川のおかげなんだからな……」
獅子駒の言葉は、最後の方は消えかけていた。
少なからず、私たちは徳川の幕府に借りがある。
この村に薩摩藩が押し寄せてきたとき、予想もしない敵襲に乱獅子隊は滅びかけた。
そのとき、たまたまこの村を通りかけた幕府の軍隊に助けてもらったのだ。
この恩は返さなければならないが、ここまで勝ち目が無い戦は初めてだ。
「どうする……幹部を集めるか」
「頼む」
獅子駒は、ただの馬鹿じゃない。
常に先を読んで行動しているはずだ。
「……どうするんすか獅子駒さん。このままじゃ俺たちは負け犬で終わるぜ」
伴の一人称が「俺」になった。
こうなる時は、大体戦関係の時。
獅子駒は「いい加減自分を俺と呼ぶのはよせ」と言って伴を見送った。
幹部を集め、再び獅子駒のところへ集まった。
幹部には、伴と永倉、それと江守に家長がいる。
そして、副長の兵藤に隊長の獅子駒。
永倉が率いるのは一番組。江守は三番組、家長は七番組を率いている。
伴と兵藤は獅子駒の懐刀といった役割をしているが、ほとんど一匹狼状態だ。
かけている二、四、五、六、八、九、十の組はこれまでの戦で幹部ごと壊滅した。
残された兵力は、各組に百だが動けるのはその半分だろう。
銃撃戦は、刀の闘いかたしか知らないこの村の者たちにとっては、ただの虐殺だ。
外国から取り入れられた新しい兵器、拳銃や銃は大きな被害をもたらしている。
このままでは、乱獅子隊は壊滅してしまうだろう。
「……ともかく人数の問題だ。永倉、てめぇの組で動けるのは何人いる」
獅子駒の鋭い視線と言葉に、永倉は一瞬息を飲んだ。
「多く見積もって六十……いや七十だな。」
「他はどうだ」
見渡せば、江守と家長は渋い顔をしている。
「言いにくいんだが……」
家長が切り出した。
「俺の組から、三十人が脱走しやがった」
———!?
「そいつぁ、いつの話しだ」
獅子駒の目が鋭く光った。
「ついさっきだ。伴から呼ばれる少し前」
「……伴、追いかけて取っ捕まえろ。抵抗するようなら斬れ」
「あぁ!? なんで俺がっ」
「とっとと行け!」
獅子駒に怒鳴られ、伴は渋々外へ出て逃げた隊士たちを捜しに行く。
残された幹部らは、ふぅと重いため息を吐き出した。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
なんでこんなことしなきゃならねぇんだ。
「俺」、伴はずっと思っていた。
逃げた奴ぁ放っておけばいいのに、どうして俺が手をかけてやらなきゃならねぇ。
「……ちっ」
舌打ちをして、すぐだった。
「おいてめえらっ! 逃げてんじゃねぇよ!!!」
乱獅子隊の羽織を着たまま、森の中を彷徨う輩を見つけた。
「ひぃっ! 伴が来たぞ!」
悲鳴をあげながら森の中を走る逃亡者を見て、なんとも言えない感情が吹き出た。
「逃げるってんなら、死ぬ覚悟はできてんだろうなぁ!!」
そう怒鳴り散らしながら、伴は刀を抜いた。
背を向ける奴ぁ、みんな「俺」の敵なんだよ。それを知ってる馬鹿はいねぇのか?
期待を胸に走る速度を上げるが、逃げる隊士たちは皆周りの誰かを犠牲にしようと小競り合いをしている。
馬鹿馬鹿しい。そういう輩が一番嫌いなんだよっ!
「馬鹿野郎共……どこに逃げる気だ!?」
「俺たちゃ無駄死にしたくねぇんだよ!!」
逃げる隊士の一人が、そう叫んだ。
「永倉の組の連中を見ただろう!? 俺たちゃあんな風に無駄死にしたく———っぎゃ!」
瞬間、その男の背に刃が滑った。
鮮明な血が吹き出し、伴の髪の毛が血色に染まった。
「今……無駄死にって言いやがったかぁあ? この口がぁ!?」
伴の目がカッと開かれ、刀を握る手が小さく震えた。
「おめぇらのその捻くれた根性叩き直してやらぁ!女だからって気ぃ抜いてんじゃねえぞ!」
そう言って、彼女は怯える隊士たち一人一人に傷を負わせていった。
倒れる男たちの中に、伴は立ち尽くしていた。
無駄死にと言いやがった。永倉の組にいた奴らがどんな気持ちで死んで逝ったか。
「おい、まだ立てるだろうが。こんなところでくたばるような奴らじゃねぇだろ。それにぃ、あいつらの分まで生き抜くのが同胞の義務だろうが!」
そう怒鳴りつけられた隊士たちは、怯えるような顔で伴を見つめている。
「帰ってくるなら殺さねぇ。だが、背を向ければ斬る。」
意味がわかったのだろうか、ほとんどの隊士たちが伴の周りに諦めたように集まった。
誰もが皆、彼女より年上の男ばかりだ。
「逃げた奴はいないか」
三十人を連れて歩くのはさすがに無理がある。
つっても……こいつらだけじゃ信用できねぇ。
そう、困っていると思わぬ方向から声がかかった。
「おい。お前が乱獅子隊の幹部、伴か」
いきなり声をかけられ、伴はどうするべきか迷った。
「誰だ!」
とりあえずその声の主を捜す。
「俺は、新選組副長。土方歳三」
その言葉に、伴は大きく目を開いた。
新選組はさっきまでこの近くで闘っていた奴らじゃないか。
「わりいが、こっちに怪我人が多いんだ。手当てしてやりてぇのは山々なんだが、薬が無い」
そこまで言われれば大体、言いたいことの見当がついた。
「わかった。怪我人を連れてついてこい」
眉を寄せ、土方の前に立った。
「だが、今夜だけだ。こっちも人手が足りない」
「わかった」
土方は物わかりが良いやつだった。
そう思い、硬直している隊士たちに喝を入れる。
「おめぇらもボッとしてねぇで、怪我人運ぶの手伝いやがれ!」
伴の怒鳴り声に、隊士たちはビクッとした。
だがすぐに怪我人たちのところへ向かい、肩を貸す。
浅葱色の羽織が血で染まっているのを見て、伴は新選組も痛手をくらったのだと判断した。
「……おめぇ、もしかして女かっ?!」
そこで土方が慌てたような声をだした。
「だから何だってんだよ。戦場に男も女も関係ねぇだろ。私はそう思ってる」
へぇ、と言いながら土方はじっくりと伴の体を見て行く。
気にくわなかった伴はその土方に怒鳴り散らした。
「じろじろ見てんじゃねぇ! 俺は戦場では男だ!」
その言葉の意味を考え、土方はフッと笑みを浮かべる。
「その心構え、嫌いじゃねぇなぁ」
そう言いながら隣に立つ土方を、伴は忌々しそうに見上げた。
その後———保護された新選組と、保護した乱獅子隊は一時協力体制になることに決定した。
獅子駒と土方の考え方がどうやら合致したらしい。
新選組の土方は、局長及び幹部らをここへ呼ぶと言っている。これに関しては人手が足りなかった乱獅子隊も賛成し、協力を惜しまないとした。
だが、新選組幹部らが新政府軍に攻撃されずここまで来れるわけがない。
そう判断した獅子駒は、乱獅子隊を明日一日、新選組警護に費やすことに決めた。