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第一幕、ロミオ・ダンス9

 一人の警官がその凛とした声の木霊ともに、暗闇の向こうから現れた。

 いや、警官というには少々若い。その身に纏ったスーツのぎこちなさが、その若さを物語っていた。左腕に『享都府警』とかかれた腕章が、少女のきびきびとした動きに合わせて揺れる。

「ご婦人に何をしてる!」

 若い警官はジュリを守ろうとしてか、我が身を盾にするかのようにその前に立ち塞がった。

「あら。ふふん」

 ジュリはそのことに気をよくしたのか、本能的に睨みつけかけた目元を緩める。

「ち、サツかよ……」

 ジュリを取り囲んでいた若者達は、自分達より更に若そうな警官にぶしつけな視線を投げつける。だが挑発的な態度はそこまでだった。暗闇の向こうから更なる足音を聞きつけると、

「おい……」

 彼らは慌てたように身を翻した。先に気を失った仲間すら見捨てて駆け出す。

「待ちなさい!」

 若い警官はその後を追おうと一度駆け出すが、すぐに思い出したように慌てて戻ってきた。

「クスッ。忙しいお巡りさんですこと」

「あ、後から他の者が駆けつけますので、申し訳ありませんが、そちらの者に保護を求めて下さい! では失礼します! こら! 待ちなさいってば!」

 ジュリにそう言い残し、若い警官は慌ただしくも逃げた若者達を追いかけ出す。

「……」

 ジュリがその背中を無言で見送る。その背後では警官のものらしき足音が聞こえてきた。

「『クスッ』だなんて、私らしくない笑い方……何をはしゃいでいるのかしら、私ったら?」

 ジュリはそう呟いてキッと目元に力を入れ直すと、作ったような笑顔で背後に振り返った。



 ジュリは駆けつけた警官の一人に先導をしてもらい、学校の体育館程の広さもあるパーティ会場に案内された。それは普段は講堂として使われている建物だった。

 ドアを開けると、きらびやかな灯りがジュリの目に飛び込んできた。そして楽団の生演奏らしき音楽が、ジュリの全身に叩きつけるように響いてくる。

 窓は全てステンドグラス。、天井からはシャンデリア。昼も夜も灯りにこと欠かない贅を尽くしたホールだ。特権者が自ら輝き、更に光が当たる社交の場。眩しい程の人生の表舞台。ジュリが先程までいた世界とはまるで別世界――そんな場所だった。

 百ある偽名の一つ――メランコリーを名乗って、ジュリは簡単にパーティ会場に忍び込む。

 色を変える以外は特に何処もいじってはいない。にもかかわらず、ジュリは堂々とした態度でホールをいく。その姿はまるでこのパーティの主催者でもあるかのようだ。

 そして実際誰にも見咎められない。むしろ目が合えば、男女問わず皆が笑みと会釈を送ってくる。ジュリの容貌はそれだけ他を圧倒し、人々に我知らず尊敬と畏怖の念を抱かせた。

 パーティは丁度、主催者の挨拶が終わったところだったようだ。

 随分と若い男だ。挨拶を終えた若い男が拍手とともに壇上から降りてくる。そう、それはその男の地位――知事という役職からすれば、目を引くほど若い男だった。

「あら。知事なんて初めてみましたけど。やり手そうな、いい男ね」

 ジュリはその知事を第一印象で決めつける。

 知事は多くの人間を周囲に侍らせ、降りたその場でにこやかに談笑を始めた。彼を中心にあっという間に人の輪ができた。知事らしい人望の持ち主のようだ。

 彼は話題の中心でありながら、それでいてその周辺の雑談者でもあった。

 中央で話の華と咲きながら、同時に周囲にも気を配っている。まさに末節とでも言うべき枝葉のような立ち位置人々――枝葉末節な立場の人間にも、彼は自ら声をかけていた。

 その取り巻く人の数にもかかわらず、誰もが一度は彼と目を交わして話をする。誰もが一瞬自分が話題の中心になったような錯覚すら覚える。

 皆がその瞬間、雷に打たれたように緊張に身をすくめた。

 だが直ぐに知事の笑顔に迎えられ、その緊張をほぐされてしまう。誰もが直後に満足げに頬を緩める。ここにきてよかったと、会いにきてよかったと思わされる。

 そう、誑されていく――

「大した手管ですこと。政治家らしい、人誑しですわね」

 ジュリは興味がないかのように、すぐに知事から視線を外した。

 そして本来の目的の人物を捜して、その場で目を左右に動かす。

「……」

 目的の人物はすぐに見つかった。

 その男は談笑している知事に、何の遠慮会釈もなく近づいていく。

 その豪胆な振る舞いに似合う、豪快な顔立ちと豪放な体躯もしている。

 ジュリの今日の目的――モンタギュー本部長だ。中央省庁を経験したキャリア――高級官僚とはとても思えない。むしろ現場の叩き上げのように見える。

「まるで捜査や逮捕劇の度に、その乱闘で顔を削っていったかのようね。現場の生傷が刻まれたままの顔をしているわ。荒事で装っているかのようよ。それにしても当てが外れたかしら? 狐顔とはほど遠いわね。それとも汚れ仕事は、部下の役目ということ?」

 本部長は見た目の印象のままなのか、迎えた若い知事はやや困惑の笑みを浮かべている。声もガサツなのだろう。遠くから見ているジュリの耳元にもそのがなり声がただ一人届いてくる。

「うるさいわ。まるで、バケツね。ブリキのバケツだわ。荒っぽく使って方々にぶつけてへこませては、その音を誇らしげに打ち鳴らすんだわ。雑な扱いこそが本望ってな感じでね」

 ジュリは実際に耳元でバケツでも鳴らされたかのように、しかめっ面をしてみせた。

「馬力はありそうね。でもその力で、裏で何をしてらっしゃることやら……」

 ジュリはそう呟くと、禁呪法の権化とも言える現享都府警本部長を睨みつける。

 その時ジュリの視界の端に、見覚えのあるスーツの姿の若者が飛び込んできた。若い警官だ。

 その若い警官はキョロキョロと辺りを見回しながら、遠慮がちに入り口に姿を現した。

「何処のアジサイかと思ったら……」

 壁際で方々に顔を向けるその若い警官に、やはりジュリはクスッと笑って振りかえる。

 その警官は残像でも現しそうな勢いで、困ったように細かく小さな顔を動かしていたからだ。

「向ける度に表情が変わって……やっぱり陽の加減で様々な色合いを見せるアジサイのよう――て、何を私は褒めているの? 相手は警官なのに? まあ、いいわ」

 この警官はやっと自分の持ち場を見つけたのか、身を屈めて出席者の背中を縫っていく。

「ふふん」

 ジュリは口直しと言わんばかりにそう笑うと、軽やかにそちらに歩いていった。

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