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第一幕、ロミオ・ダンス5

 享都市下業しもぎょう区某筋御冗ごじょう通り上る――貧民街。

「ロザりん! 怪我しちゃった! 王様のベッドよりも厚い手当てを! 王女様の抱擁よりも熱いお帰りのキスを――」

「やっかましい!」

 空から降りてきたジュリの顔に、お帰りのキス代わりの右ストレートが見舞われた。

「ぐはっ! うばば、びびゅば、びびぶば!」

 まさに飛びつこうとした赤と白の少女の顔に、固く結ばれた拳がめり込んだ。

 バラックが居並ぶ通りに、ジュリが意味不明な悲鳴を上げながら、もんどりうって転がっていく。夜の灯りが全くもって乏しい舗装の剥げた通りに、少女は土煙を上げて滑っていった。

「たく……何でアタイがあんたに、お帰りのキスをしないといけないんだ?」

 ロザりんと呼ばれた少女が、傷む右手を振りながら転がる少女を見下ろす。洗濯物の途中なのか、汚れた衣類の入ったカゴを左の脇に抱えていた。

「ロザりん……冷たい……まるで初めて触った、刑務所の壁のように冷たいわ……」

 ジュリは服についた土ぼこりを落としながら立ち上がる。その足下で赤いハイヒールが一瞬炎に包まれると、同じく赤い編み上げのブーツに変じた。

「ロザラインだ。気安く呼ぶな。てか、ムショなんか、入ったことねぇだろ? ジュリ?」

 ロザラインと名乗り直した少女は、長い髪を後ろで簡単に括っていた。いかにも身なりには構っていられないという、ゴムでまとめただけの簡単な髪型だ。着ている服も、方々につぎはぎがある。そして取り切れない汚れが、その端々に染みついていた。

「いいじゃない。同じ釜の飯を食む仲でしょ?」

「けっ。ま、そうだけどよ。それにしても、いつそんな親しげに呼んでいいって言ったよ」

「時が経てば、親しみともに呼び名が変わるのは当たり前よ。それはまるで時代を超えて愛される、書物の中の登場人物のようにね」

「その芝居がかった言い回しが、いちいち鬱陶しいと早く気がつきな」

「幼子にエサを運ぶ燕のように、真心とともに一直線に飛んで帰ってきたのに。つれないわ」

 ジュリがそう言って、ロザりんこと――ロザラインの下に歩いて戻ってくると、

「ジュリ姉ぇ!」

「ジュリ姉ちゃん!」

 年少の子供達が、バラックから飛び出し我先にとジュリに駆け寄ってきた。子供達はジュリをつかまえるや、その服の端々を掴んで登り出した。ジュリは瞬く間に子供の山と化していく。

「あはは。こらこら、お前ら。もう寝る時間だろ。はは、こら! そんなとこ登るな!」

「素に戻ってるぞ、ジュリ」

「あら失礼、ロザりん。コホン……良い子の皆、もう遊び場をまぶたの裏に移す時間よ。現には現れない、夢のメリーゴーランドのある世界。そこに遊びにいきなさい」

「良い子なんていないよ!」

「良い子なんて、ひょろいもやしだって、いつもジュリ姉が言ってるじゃん」

「む……」

「もやしは真っ直ぐ伸びるしか能がない。植えられて、育てられて、食べられて終わり」

「踏まれても、蹴られても、人に頼らず自分だけで伸びる、雑草のような憎まれっ子になれって、いつもジュリ姉が言ってるよ」

「むむ、確かに……」

「子供に言い返されてんじゃねえよ、ジュリ。ほら、お前ら。起きていたいんなら、洗濯を手伝いな。それが嫌なら、本業に戻りな。子供は寝るのが仕事だぞ!」

「はーい」

「ジュリ姉、明日ね! また、冒険の話聞かせてね!」

 ロザラインに叱られて、子供達はそれぞれのバラックに散っていく。

「はは、いいわよ」

「たく、あんまりおかしなこと、子供達に教えんじゃないよ。いつか学校に通える日がきても、恥をかくのはあの子達なんだからな」

「学校――なんて嫌な響き。ネジ工場の方がよっぽどマシだわ」

「言うなやい。あの子らには、学をつけてくれる教師が必要なんだよ」

「ふん、教師なん大嫌いよ。まっぴらゴメンよ。生徒を型通りにしたいのなら、プレス器でも教室に置けばいいんだわ」

「お前はホント、型にはめられるのが嫌いなんだな。で、何処怪我したんだよ?」

「むぅ、何処って……全身かしら? いつの間に……」

 ジュリは己が先程転がった路地を見て、首を捻りながら答える。

「顔面と全身の擦り傷は自業自得だ。自分で手当てしなよ」

「じゃあ、稼ぎの為にした傷は、ロザりんが手当てしてくれるのね! 母の手伝いをした、幼子の頭を撫でるかのように当然に!」

「何言ってんだよ」

「いやー。実を言うとね、口内炎ができちゃってさ。母猫が子猫の傷を癒すかのように、その麗しの唇で治してちょうだい。愛しのロザ――」

 ジュリがそう言って唇を突き出すと、

「食生活から見直せ!」

「グハッ!」

 ロザラインの右フックが、ものの見事に赤と白の少女の頬にめり込んだ。


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