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ロミオvs.ジュリエット To be, or not to be:As You Like It!  作者: 境康隆
第四幕、モンタギュー・激昂
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第四章、モンタギュー・激昂8

「なるよ。君は私に心を許す」

 ジュリの一撃をやはり軽く交わし、、パリスは平然と言い返す。

「何を根拠に……今の私はこの左手のように、心に憎悪の火が灯ってますのよ。あなたにね」

 ジュリが油断なく身構え、尚も燃え上がる左手をパリスに見せつける。

「自信を持って、宣言するよ。君は私のものになる。この私に完膚なきまでに、叩きのめされた後にね。人は強い者に心惹かれるものさ」

「あら、自信家ですこと。未来を見通すラプラスの魔物でも、お友達にいらっしゃるのかしら」

「ふふ。少なくとも、私はこの男とは違うのでね」

 パリスがそう言うと、ティバルトの肩を掴んだ。その瞬間ティバルトがぎょっと目を剥く。

「ティバルトをどうするおつもり?」

「処分さ」

 パリスが身を屈め、ティバルトの鳩尾に左手をやった。

「何? おい、止めろ!」

「殺す気ね? 処分とは、やはりゴミ扱い……そうはせない――」

「別に殺しはしさないよ。どんなクズでも、役に立つことはあるんでね」

「てめぇ! まさか俺を?」

 少しでも身を離そうとティバルトがのけぞるが、パリスは勿論手を離さない。

「くそ! こうなりゃ、世間に洗いざらいぶちまけてやる! てめぇがクスリの元締めだとな! クスリの原材料が何なのかな! 新聞社にでもたれ込んでやる!」

「お好きに。これが終わっても、君が正気を保てていたらね」

 パリスの左手が、ティバルトの鳩尾で妖しく光った。

「何を! てめぇ!」

 ティバルトの威勢がよかったのはそこまでだった。急に身をのけぞらせると、

「――ッ! ぐおおぉぉおおぉぉぉ……」

 ティバルトの顔から見る見ると生気が失われていく。

 そして同時に失われたのは、顔の角度だった。顎周りの肉がそげ、その骨の形を露にしていく。ティバルトの四角い顔が、逆三角形をした狐顔になった。

「かは……」

 狐顔のティバルトが白目を剥いて意識を失った。

「なる程。呪術で空気を膨らませて、人相を変えていたのね」

「そうみたいだね。浅知恵だよ。呪力がなくなれば、元の顔に戻ってしまう」

 パリスはふふっと笑うと、屈めていた身を起こした。そのまま何かを掲げるように掌を上に向け、これ見よがしに左手を前に突き出した。

「でも何故、呪力がなくなるのかしら?」

 半ば答えを感じ取りながらも、ジュリがそのパリスの手を凝視する。

 黒い粉だ――

 黒い粉がパリスの掌の上で浮かんでいた。

「さあ? 何故だろうね?」

 パリスはとぼけたようにそう言うと、懐から和紙を一枚取り出した。軽く念じると、黒い粉が和紙に吸い寄せられるように集まってくる。パリスは器用に和紙を畳み、その黒い粉を包んだ。その和紙に包まれた黒い粉は、もはや疑いようもなく――

「これが答えだろうけどね」

 享の都に出回るクスリの形をしていた。



「なる程。クスリは――呪術者の力そのものという訳ですわね」

 ジュリがそのクスリと、力の抜けたティバルトを交互に見る。

「そうだよ。呪術者の力を宿した、体内の鉄分さ。主に血中のヘモグロビンの中のね。それに乗せて、呪力ごと抜き出しているんだよ。私の呪術でね」

「鉄に呪術で細工をしているのかと思ったら、元より呪力つきの鉄分を絞り出していたのね」

「そう、だからこそ、呪術者は使えない力の代わりを、このクスリに求めてしまうのさ」

「常習者に呪術者が多いのはその為ですわね? そしてクスリを舐めることで呪力も増幅するのね? 元が呪術者の力そのものであるが故に」

「そうだね」

「ですが所詮は他人の力ですわ。代わりになどなる訳がありません」

「そう、少量なら一時的に呪力を増してくれても、一度に多量に摂取すれば拒否反応を起こす。それがその際精神に作用し、クスリとして役に立つという訳さ」

「クスリを求めるのは呪術者。クスリに溺れるのも呪術者。そしてクスリで捕まるのも呪術者」

「そう、呪術者が逮捕されれば次の原材料が手に入る。そうなれば次のクスリが供給される。時折需要に応える為に大紋宮が一斉検挙を行う。という訳だよ。分かったかね――」

「パリス知事!」

 澪の怒号ともに、控え室の扉が内から破られた。巨大な氷塊を内から突きつけられ、くの字に曲がった扉が派手な音を立てて転がっていった。

「はは。分かったかね? やっとお出ましの、一路澪くん?」

「話は聴きました! あなたを逮捕します! パリス知事!」

 転がる扉の金属音よりも激しい声を上げながら、澪が勢いよくドアから飛び出した。

「澪! 一人で突っ込んじゃダメよ!」

「享都を! 大紋宮を! あなたの好きにはさせません!」

「いい目だ。一路澪くん。だが――」

 怒りに任せて突進してくる澪に、パリスは何げない様子で左手を前に突き出した。

「今、私は衛藤ジュリくんと話をしている。だから、君の相手は後だ」

「――ッ!」

 澪の体が弾き跳ばれた。勢いよく後ろに飛んでいくと、

「ぐ……」

 澪は背中から知事室の壁に当たってしまう。

「澪! 何? 見えなかった……」

 ジュリはパリスの呪術が見えなかった。不可視とでもいうべき力に澪は突き飛ばされた。

 いや不可視の力に跳ね飛ばされたにしては、何処かその動きは不自然だった。飛ばされた瞬間よりも、壁に激突する寸前の方がその速度が速い。

 あたかも壁に近づく程、その力が増したかのようだ。それはまるで――

「吸いつけられてる!」

 澪が己の身に起こった現象に、目を見開いて驚きの声を上げる。

 そう、弾かれたというよりは、吸い寄せられたかのような動きだった。

 澪が壁で身を捩った。泥濘に体をとられたかのように、澪の体はその壁から離れない。

「静電気?」

 ジュリが澪の背中に光った微かな光に、その力の正体を見る。澪は壁から僅かばかり身を剥がす度に、その背中に小さな雷を発していた。そしてやはり吸い寄せられていった。

「そう、静電気。その放電現象さ。これで派手に腕をふるうような、大きな呪術は使えないだろう? 邪魔者はしばらく張りついていてもらおうか、一路澪くん?」

 パリスのその言葉に反応するかのように、今度はモンタギューとティバルトの体がイスごと浮いた。こちらも放電で光りながら、それぞれ別の壁に吸い寄せられていく。派手な音を立てて、二人とも壁に激突した。だがどちらも目を覚まさない。

「私は大丈夫! ジュリ、知事を!」

「く……」

 ジュリが炎を立ち上がらせた。

「衛藤ジュリ。君はこちら側の人間だ」

 炎に揺らぐジュリの顔を、パリスは蛇が獲物を絡めとるように見つめる。

「何をおっしゃいますの?」

「君は底辺を這うような人間ではない。人を利用する側――私達側だと言ってるんだよ」

「――ッ!」

 その瞬間、ジュリは全く動けなかった。身動きが取れないと分かった時にはもう――

「君は人をかしずかせる方の人間だ。上から下に人を見る側の人間だ」

 パリスが背後からジュリを絡めとっていた。

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