第三幕、ティバルト・猛襲11
「てめぇ? ロミオ!」
ティバルトが突如現れた澪に目を剥く。突如蹴り出された澪の右足。そのつま先に蹴り込まれ、ティバルトの銃は宙を舞った。
「話は聞かせてもらいました! 薬事法違反で現行犯逮捕します! ティバルト警部!」
ティバルトの銃が遥か後ろに飛んでいったことを確認し、澪は己の呪力を左手に込め始める。
「あぁん! ロミオ! 持ち場はどうした?」
「些細なことです」
「てめぇ……てめぇが繋がってやがったのか? ジュリエットと!」
「まぁ、『繋がって』だなんて……私達、まだそこまでは……」
ジュリが後ろで顔を赤らめた。ほの温かい間接照明のように頬を赤く染めるそのジュリを、
「ジュリ。こんな時に、つまらないこと言わないで」
澪は振り向きもせずに節電するかのように冷たく切って捨てる。
「はは。だがよ、ロミオ! 証拠もなしに、随分と偉そうな口、叩くじゃねえか? ああ!」
「証拠なら、ここに」
ジュリが懐からワニ皮の財布を取り出した。そのまま澪の横に並び、その手に渡してやる。
「それは俺の財布! てめぇ、いつの間に?」
「蛇蝎のような男が、乙女を突き飛ばした隙にですわ」
「手癖が悪いぜ! ジュリエットさんよ!」
「あら? 乙女は殿方の胸中から、気づかぬうちに、色々なものを盗んでいくものですわ。心に、お金に、人生の夢――とかですわね」
「はぁ? 乙女だぁ! どの胸張って、言ってんだ? てめぇはよ!」
「これは、クスリですね?」
澪が財布の中を開いてティバルトに見せつける。入っていたのは、数枚の札と黒いクスリだ。
「おうよ……ついでに言うと、これもそうだがな……」
ティバルトはそう言うと、見せつけるようにポケットから和紙の包み紙を取り出した。
「なっ! ティバルト警部!」
「財布のは俺様用。こっちのはお客様用。ま、この際商品に手を出すのは、仕方がねぇよな」
そう言うとティバルトは、指で弾くように包みを開ける。
「クスリに手を出す気? もう人生そのものを諦めたのね?」
ジュリがキッとティバルトを睨みつける。視線でその動きを引き止めんとするが、
「ははっ! 知らないのか? クスリの正体!」
勿論ティバルトは止まらない。小指の先を舐め、そのままクスリにつける。
「何を!」
「良薬は口に苦しってな! にげぇけど、いいクスリなんだぜ、こいつはよ!」
指先につけた黒い粉。それをティバルトは大きく舌を出して舐める。
苦いと言う割には黒砂糖でも味わうかのような、
「はははっ!」
満足げないやらしい笑みを浮かべながら――
「キックねーっ!」
ティバルトが目を血走らせ、奇声を発する。ティバルトの呪力が暴走しその背後で突風が巻き起こった。本人も興奮状態にあるのか、何度も足を踏み鳴らしては、その場で飛び跳ねる。
「まぁ、真っ赤な目で飛び跳ねて。まるでウサギね。可愛らしくとも、何ともないけれど」
「ティバルト警部!」
「おっと、心配はご無用。ちゃんと適量さえ守れば、コイツはイイ具合にキマッてくれるのさ」
「何言ってるんですか? それはクスリですよ! 適量も何も――」
「ははっ! イイコちゃんどもは、ナめたことすらねぇだろ! だから分かんねぇンだよ!」
ティバルトはそう叫ぶや、左手を一閃した。
「澪!」
「キャッ!」
ジュリがとっさに突き飛ばし、澪が悲鳴を上げて地面に腰を打ちつける。
その澪が一瞬前までいた地面には、カマイタチにでもえぐられたような穴が空いていた。
「なっ? こんなに強力だったかしら、ティバルト? あなたの呪術は……」
ジュリが横目で澪の無事を確かめながら、油断なくティバルトの様子を確かめる。
「く……何なの、この力……」
澪は素早く立ち上がっていた。そしてティバルトの空けた地面の穴に目を剥いている。
「急に呪力が上がったみたいね……まさか、クスリのせい? 血走りウサギさん?」
そう、ティバルトは何かが変わっている。追い詰められていながら、この自信。それ以前に、この呪術。そして、血走った目。何よりその前に手を出した、クスリ――
「ははっ! 伸び、しろが、あったんダよ! 育ち、盛りでネ!」
クスリが更に効き始めたのか、ティバルトは少々呂律の回らない口で喚きながら、左手を闇雲に振り回す。見失ったハエを追い払うかのような支離滅裂な腕の振りだ。
狙いすらつけていない。飛び退くジュリと澪を追いながらも、関係のない周りのバラックすら四散させていた。バラックや地面から大量のホコリと、土煙が立ち上がる。
「軌道が読めない!」
澪が風切る音を頼りに、ティバルトの見えない空気の呪術を避ければ、
「空気が読めないとは――あなたにしては、いい皮肉ね、ティバルト!」
僅かに上がったバラックのホコリの揺れを見極め、ジュリがこちらも身を翻す。
二人とも実体の見えない呪術に、避けるだけで精一杯だった。二人は無差別故に軌道の読みにくい空気の術の合間を縫って、道の真ん中で肩をぶつけ合わせて落ち合った。
「澪!」
「ジュリ!」
「ははっ! 気分が、イイぜ! 二人まとめて、あの世へ、イかせて、やるよ!」
そのティバルトはゆっくりとこちらに歩いてくる。無造作な足の運びだ。
ジュリと澪の二人を前にして、まるで相手の呪術を気にしているように見えない。無警戒というよりは、無関心なのかものしれない。己の危険に、全く頭が回っていないようだ。
「ダメね。完全にいっちゃってるわ、あの男」
「でも、力は本物よ。どうすれば……」
「……澪。有りっ丈の氷を相手にぶつけて。小粒のやつをお願い」
「何? どうする気?」
「先ずは軌道を読み解かないとね」
「ゴチャゴチャ、るっせぇよ!」
ジュリがグッと足の裏に力を入れると、ティバルトがまたも闇雲に左手をふるった。
「ヤッ!」
澪が霰のような、礫と化した氷をティバルトに向けて無数に放つ。
「はっ!」
ジュリがその後を追うように炎の呪術を叩きつけた。
氷の礫が一瞬で蒸発した。それはティバルトの目の前だ。
「目くらまし、かヨ!」
氷の蒸発が作り出した水蒸気に、ティバルトの視界が一瞬で真っ白になる。それでもこの血走った目の警部は、寸前までジュリと澪がいた場所に闇雲に空気の呪術を叩きつける。
ゆら――と一瞬揺れた薄もやのような蒸気の様子を頼りに、澪がその軌道を読んだ。
カマイタチ然とした威力を発揮する空気の塊。その呪術。
澪が辛うじて横に身を翻してそれを避けるのに対して、ジュリは――
「――ッ! ジュリ? 危ない!」
ジュリは前に飛び出していた。
ジュリが闇雲に放たれる空気の呪術を避けて、ティバルトに向かっていく。ブーツに呪力を送り、炎を上げて地面を蹴った。
二人が作り出した水蒸気の揺らぎを頼りに、ジュリはティバルトの呪術を避ける。
幾つかのカマイタチもどきが、ジュリの肩と太ももをかすめて飛んだ。こちらから向かっていく分、いくら判断を早くしても、避け切れない空気の呪術がジュリの身を傷つけた。
「――ッ!」
だがジュリはティバルトの懐に飛び込む。
ティバルトの右手が文字通り一閃し、一瞬で抜いたナイフをジュリに斬りつけた。
鈍く光るナイフは、ジュリの喉元目がけて突き出されてくる。
「く……」
ジュリがとっさに左手を出し、そのナイフを掴んだ。危険を省みず素手で刃を握り締める。
「指ごとキり落として――」
「あまいですわ!」
ティバルトが瞬時にそのナイフを引こうとすると、ジュリの手元が真っ赤に光った。光ったのは互いが手にしたナイフだ。ジュリの炎の呪術がナイフの刃を直ぐさま殺し全体を熱した。
「クソッ!」
ティバルトがその熱に堪らずナイフとジュリの左手を振りほどくと、灼熱のナイフが音を立てて地面に転がっていった。ティバルトは返す勢いで、左手を突き出す。
ジュリがその掌を、同じく己の左の掌で受け止めた。
「このまま、ズタボロにしてヤるよ!」
指が噛み合った左の掌に、ティバルトが歪んだ目を向ける。そして呪力を左手の先に集めた。
「く……まるで、手のひらの中で、闘牛同士が角突き合わすかのようね……」
二人の呪術が互いの手の中で激突する。放たれる空気の呪術。それを霧散させんと、炎の呪術が一瞬で空気の塊を膨張させた。せめぎあう呪力が、二人の掌の皮膚を今にも裂かんばかりに暴れ狂う。二人の間から漏れた呪術が、更にその二人の体にも襲いかかった。
「ははっ! 単純な、力比べナラ! 俺の方が、ウエだ!」
ティバルトは次々と襲いくる漏れ出た呪力に、己の身を守ろうともしない。その自信のままに、ジュリを腕力で押し込んでくる。
「く……」
ジュリが堪らず半歩後ろに退いた。
「ほらな! てめェが、俺に――」
「『てめェ』? あら、お忘れ? 私は――」
不意に余裕を取り戻し、ジュリが手をつないだまますっと身を屈めた。
「――ッ!」
ティバルトが目を剥いた。ジュリが視界から消える。
クスリに歪む視界で、ティバルトがその向こうに何かを見た。迫りくる何かをだ。
「いえ、私達は――ロミオとジュリエットですのよ!」
ジュリが誇らしげに言い放つ。
迫りきたそれは大写しになった左の掌――一路澪の呪力の乗り切ったその左手だった。
「おのれ! ロミオ! ジュリエット!」
ジュリに掴まれティバルトは避けられない。全てを悟った警部は憎悪にその顔をゆがめる。
「ティバルト警部!」
澪が呪力を解放し、この暴虐の警部に有りっ丈の力をぶつけた。
「――ッ!」
ティバルトは氷塊を顔面に食らい、悲鳴を上げることもできずに後ろに吹き飛んでいった。
(『ロミオvs.ジュリエット To be, or not to be:As You Like It!』第三幕、ティバルト・猛襲 終わり)




