表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ロミオvs.ジュリエット To be, or not to be:As You Like It!  作者: 境康隆
第二幕、ジュリエット・バルコニー
17/49

第二幕、ジュリエット・バルコニー6

「……」

 ロレンス僧正も黙って茶をすすった。黙って二人の言葉に耳を傾けている。

「意見が合いませんわね」

「当たり前じゃない」

 ジュリと澪は、視線を戦わせる。ジュリは澪の向こうを見透かすように。澪はジュリの視線を跳ね返すように。お互いの視線に力を込める。

「まるで私達に突きつけられた命題は、排他的論理和のように天の邪鬼。真と真が揃えば偽と言い、偽と偽が揃ってもやはり偽と言う。何れかが真、何れかが偽と言って、揃わないことをもって真と言うのですわ」

「何よ……」

「ジュリ。そのような話をする為に、澪殿を呼び出したのか?」

 ロレンスがやっと口を開く。

「違いますわ。澪……」

「何よ?」

「クスリの流通に、享都府警が一枚噛んでいる――」

 ジュリは湯のみに口をつけながら、探るように澪を見る。

「なっ!」

「そう聞いたことはない?」

「ないわよ! 何で警察が、犯罪者に手を貸すのよ?」

 澪は怒りに震えているのか、頬を引きつらせてグッと前に身を乗り出す。

「お金になるからよ」

「なっ? ななな……澄ました顔して、何てこと言うのよ?」

「クスリの売買に、狐顔の男が深く関与しているところまでは、私の方で掴んだわ。本部長の顔が或は――とも思ったけど……」

「なっ? そんな訳ないでしょ! モンタギュー本部長は立派な方よ! 昨日あなたを取り逃がしたことも、自分の責任のように感じてらしたわ! 大物なのよ!」

「そう、あれはそんな小物ではなさそうね。澪、そこでお願いがあるの。府警の中に――」

 バンッ――と澪は、ジュリに皆まで言わせずに机を平手で叩いた。

「見損なわないでね。内偵しろっての? ジュリの片棒担いで?」

「クスリは私にとっても、あなたにとっても、忌むべきもの。澪、力を貸して欲しいの」

「まっぴらゴメンよ。仮に警察内部に、そんな風紀の乱れがあるのなら、私一人で糾してみせるわ。この大紋宮の一路澪がね」

「大紋宮ね……」

「何よ?」

「大紋宮こそ、モンタギューの私兵じゃない。自分の名前もじってつけてんだから。裏でいいように利用しんてじゃないの?」

「な……」

「それに、クスリの正体は鉄よ。砂鉄よ」

「それが何よ……」

「昨日のあの時、窓はモンタギューの呪力で開いたわ。重い鉄枠の窓がね。軽々と」

 ジュリが挑むように澪を見る。

「何よ? 何を言いたいのよ……」

「発砲した警官の銃も、触れもせずに押さえていたわ。鉄の塊の銃をね。モンタギューは鉄の呪術使いね。違う?」

「……あなたに答える義務はないわ……」

 澪の脳裏に、モンタギュー本部長が呪力で操った手配書が甦る。鉄製のクリップに挟まれたそれは、その鉄のクリップに引かれるがままに宙を舞った。

「それに鉄の呪術使いは、署内に他にいくらでもいるわよ……それこそ、あなたのようなギャングの中にもね……」

 澪はジュリの視線を、己の視線で跳ね返す。

「それもそうね……」

 ジュリがクスッと笑った。ジュリはそのまま湯のみに黙って口をつける。

「……」

「……」

 そして二人は、沈黙で互いの間を埋めた。



「……さて、交渉決裂ね……」

 ジュリが湯のみを置いて立ち上がった。澪もそれに合わせてイスを立つ。元より同じテーブルに座っていた二人。手を伸ばせば届くような位置で、二人は視線で火花を散らし出す。

「ジュリ。何を気を立てておる? 澪殿も。もう少し、互いの意見を聞いてはどうですかな?」

「だってロレンス僧正。ジュリは――」

「ジュリは犯罪者ですかな?」

「えっ? ま、まぁ。きつい言い方をすれば……」

「確かに世間様は、そう呼ぶかもしれんですな。だが、はな垂れの頃から知る儂に言わせれば、まだまだ背伸びしたいだけのただの子供」

「……犯罪者で、結構ですわ……」

「ジュリ!」

 ロレンスの警策――坐禅で肩を打つ一振りのような鋭い一喝に、

「……」

 ジュリがふて腐れたように顔をそらした。

「ほら、ご覧なさい。一喝されただけで、目も合わそうともしない。可愛いものですわ」

「……ふん……」

「ロレンス僧正。ですがジュリはあんな顔してても、中身はただの、その――犯罪者です。見た目に騙されちゃ、いけませんよ」

「澪殿。あなたの方こそ、心の中にではなく、目の中にのみジュリがいるようだ」

「へ?」

「ジュリもだぞ。相手が享都府警の人間だからといって、半ば中身まで決めてかかっている。少なくとも澪殿は、己で見定めたのではないのか?」

「……」

 不意にジュリが無言で床を蹴った。その一蹴りで距離をとり本堂の出口にふわりと着地した。

「逃げられると思ってるの?」

「逃げられるわよ。一人で敵地にくるような、間抜けな刑事さんからならね」

「なっ?」

「――ッ!」

 ジュリが左手を一閃した。本堂全体を塞ぐように、不意に炎の壁を立ち上げる。それでいながら本堂は勿論、鉢植えの木々にはその炎は襲いかからない。

「待ちなさい! ジュリ!」

 炎が収まった。勿論もうそこにはジュリはいない。本堂の入り口が切り取った、玉砂利の敷地の景色が見えるだけだ。

「く……――ッ! はい、一路澪です」

 澪は追いかけようとし、途中で上着から無線機を取り出すと何やら話し出した。

「はい、今いきます」

 呼び出しの応答だったようだ。澪はゆっくりと無線機を耳から離す。

 やはりジュリはもういない。残されたのは澪とロレンスと、そして気まずい沈黙だけだった。

「……呼び出しがあったから、帰ります」

 澪はそう言うと、ロレンスに深々と頭を下げる。その仕草は挨拶をする為というよりは、むしろロレンスと面を合わせまいとしているかのようにも見える。

「たいしたもてなしも、できませんでしたな」

 その様子にロレンスも立ち上がる。宥めようというのか、澪の背中に手を回し入り口までの僅かな距離をつきそった。

「こちらこそ、土産もなく突然お邪魔して、失礼しました」

 澪は本堂を出たとろで、勢いよく革靴に足を押し込んだ。つま先を床に叩きつけながら力づくで履こうとするその仕草は、何処か苛立たしげだ。

 ロレンスは革靴を履く澪を尻目に、その上空を窺った。派手に炎を使って身を隠したはずのジュリが、本堂の上空に留まりそっぽを向いていた。

 革靴に気をとられている澪は、その姿に気づかないようだ。

「確かに澪殿は、ここで帰った方がいい。今日はそれがお二人の為だ」

 ロレンスはジュリと澪を交互に見て、二人に聞こえるように言う。

 ジュリはそれでも下を見ようとはせず、澪はあからさまに靴に八つ当たりしていた。

「失礼します」

 澪が深々とロレンスにもう一度頭を下げて本堂を後にする。上着を貸してあげた親子に手を振り、また振り返してもらいながら、澪は一度も振り向かずに寺を出ていった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ