表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ロミオvs.ジュリエット To be, or not to be:As You Like It!  作者: 境康隆
第二幕、ジュリエット・バルコニー
16/49

第二幕、ジュリエット・バルコニー5

「落ち着きなさいな。安物化繊スーツの刑事さん」

「落ち着けですって! てか、安物化繊で悪かったわね!」

 肩で息をして戻ってきた澪に、ジュリが呆れたように声をかけた。

 澪は慌てて本堂を飛び出すと、何度も後ろを振り返りながら参道を駆けていった。ジュリが逃げ出さないかと心配だったのだろう。だが澪の上着を着た子供の母親に、つかまってしまったようだ。お礼を言われているのか、その場で幾度も頭を下げられていた。

 澪はその間も本堂に落ち着きなく目をやり、困ったように母親と話し込み始めた。澪は子供と一緒に焚き火に当たりながら、窮状を訴えているらしき母親の話に忙しなく頷いた。

 その様子を確かめたジュリは、ロレンスとお茶を飲むことに決めた。澪とその母親の話は、長くなりそうだったからだ。

 ジュリがテーブルを用意すると、ロレンスが湯のみと茶葉と水の用意をしてくれた。

 戻ってきた澪は、上着を返してもらっていた。澪はやはり入り口で苦労して革靴を脱ぎ、肩で息をしながらジュリに詰め寄った――という訳だ。

「上着、あげたんじゃなくって?」

「あげたつもりだったんだけど、もう日が昇ったからいいって……」

「そう? ふふん。まぁ、いいわ。座ってお茶でも飲みなさいな」

「何、澄ました顔してんのよ? 私、あなたを、逮捕しにきたんだけど」

 澪はテーブルに手を着いてグッと身を乗り出し、眉間にシワを寄せてジュリに顔を近づける。

「……まぁ、ロレンス様が見てますわ……でも、どうしてもとおっしゃるのなら……」

 ジュリはそう呟くと、そっと目をつぶる。そして待ち構えるかのように唇を突き出した。

「――ッ! 違う! 何してんのよ? てか、何よこのノリ!」

「まぁ、違いますの? 思わせぶりとは、罪なお方。私一人をその気にさせて。まるで見た目ばかりは軽やかな、コルテヴェーク―ド・フリース方程式ですわね。難しい計算――駆け引きをさせて、導き出す答えがソリトン――孤立波とは。何と残酷な」

「むむむ……もひとつ、何を言ってるのかよく分からないけど……罪を犯してるはあなたで、犯罪者が孤立してようが、知ったことではないの」

「まぁ、座って下さい、澪殿。逃げる気なら、ジュリは何度も逃げる機会があったはずだ。だがこの通り、ジュリはあなたと話がしたいらしい」

「う……ロレンス僧正が、そうおっしゃるのなら」

「ここのお茶は、ロレンス様が栽培なさっている、滋養にいい葉を使っているのよ」

 渋々ジュリの隣に座った澪に、そのジュリが少々欠けた湯のみを差し出す。

「へぇ……」

「その茶葉も、疲労回復にいいやつを、使っておりますな」

「わぁ。ありがたいです」

「ロレンス様は薬物の専門家なの。その気になれば、息の根を止める薬も作って下さいますわ」

「なっ!」

「四十二時間限定ですがな」

「そう、四十二時間――『死に』の時間だけ、仮死状態にしてくれるのよ」

「何の薬ですか? あんまり警察官の前で、物騒なこと言わないで下さい、ロレンス僧正!」

「それ程ロレンス様の腕は、確かということよ。まぁ、そんなロレンス様のお茶でも、慌てん坊や、バカ正直が、治るかどうかは知りませんですけどね」

「いつも一言多いわよ、あなたは。あっ、おいしい」

 やっとお茶に口をつけた澪が、素直な感想を漏らす。

「それは何より。ジュリの奴は何を飲んでも、天の邪鬼に不味いと言いますからな。少々勘ぐっていたところです。本当においしいのかと」

「えっ、ちゃんとおいしいですよ! 渋いのに甘みがあって、口全体を包み込むように香りが広がって、舌なんてマッサージされてるみたいです」

「そう? それは淹れた人間の、火加減の腕も褒めてもらいたいわ」

「何? あなたが淹れたの――えっと……」

「呼びたいように、呼びなさいな」

「あなたが、淹れたの? このお茶――その……ジュリ……」

「ふふん……そうよ――澪」

 澪が遠慮がちにジュリの名を呼ぶと、ジュリがとても満足げに澪の名を呼び返した。


「褒めないわよ」

 澪はプッと頬を膨らまし、ゆっくりと湯のみにその小さな唇を近づける。

「お茶に罪はないでしょうに。それとも茶摘みと言うぐらいだから茶葉を摘むのは罪かしら?」

「つまんないわよ、ジュリのシャレはいつも。ま、火加減がいいのは認めるけど」

「あら、そう? ついでに言うと、火加減が絶妙なのは、私が炎の呪術を使ったからよ」

「ブッ! 何ですって!」

「茶葉を揉む時も、茶を沸かす時も、私の呪術の炎でやりましたわ。ねぇ、ロレンス様」

「ああ、火を自在に操れるのは、便利だな。茶摘みの時期は、いつもジュリにきてもらっている。お陰でいい茶葉に仕上がるな」

「ななな、ロレンス僧正まで、何を! 呪術は御法度ですよ……そんなものに頼って……」

「物にも、技にも、貴賎はない。ただ使う者の、心がけ次第」

「ですが……」

「ちなみに、あの親子を温めている、あの焚き火――あれも私の炎ですわ」

 ジュリが微笑みながら、焚き火に当たる親子達を見る。

「なっ? ジュリ! あなたね、勝手に犯罪に巻き込んで――」

「十五年前までは、普通に使えた力。何が犯罪なのかしら」

「む……呪術は犯罪よ」

 澪はグッと奥歯に力を入れ、力強く反論する。

「あなた方も使ってらっしゃるわ」

「警察力は、法に則って使われています。きちんと管理されています」

「そうよ。警察が使うということは、きちんと使えば皆の力になるということよ」

「でも……きちんと使えてなかったんでしょ?」

「きちんと使えてなかった時代と、全く使えない現在を、今一度冷静に比べてみることね」

「……」

 澪が黙って湯のみに口をつけた。

「禁呪法以来、この国の凋落は始まったと言われているわ。特にこの享都は衰退の一歩を辿っている……政府は因果関係はないなんて言ってるけど、どうかしら?」

「だって……呪術は人心を惑わして、人々の精神の健康を害するって……」

 澪はお茶を一口すすって喉の乾きを癒すと、もう一度己に言い聞かすように口を開く。

「お手本通りの回答ね。教科書にでも、そう書いてあったのかしら? 教科書なんて、私は枕以外に使ったことないわ。ほっぺには写っているかもしれないけど、頭には入ってないわ」

「でも、間違ってはないでしょ?」

「人々の願いや祈りまで禁止して、何が間違ってないって言うの?」

「心の中の願いや祈りまでは、禁止してないわよ」

 ジュリと澪は互いにムッと睨み合った。

「でもあなた方は、とことん取り締まるわ。まるで辞書のページを裂くかのようにね。見たくないたった一つの言葉の為に、よく似た言葉ごとページを破り捨てるのよ」

「それは……線引きが、難しい時も、あるでしょう、けど……」

「……」

 澪が言いにくそうに反論すると、ジュリが黙ってお茶をすすった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ