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ロミオvs.ジュリエット To be, or not to be:As You Like It!  作者: 境康隆
第二幕、ジュリエット・バルコニー
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第二幕、ジュリエット・バルコニー3

 享都市中凶なかぎょう悪池おいけ通り河裸町かわらまち通り東入る――

 叛能寺。翌朝。

 朽ちたビルの谷間に、ひっそりとその寺はあった。寺そのものも朽ちている。本堂や四阿の屋根には、雨を凌ぐ為に必要なはずの瓦が、申し訳程度にしか乗っていなかった。

 勝手に住みついたと思しき人々が、参道の脇のかつては玉砂利が敷き詰められていたはずの土の上で、毛布にくるまって眠っていた。

 その門前に炎が立ち上がった。いや炎が空から舞い降りてきた。炎は人の形を――スカートの長い少女の形をしていた。衛藤ジュリだ。

「いつ見てもボロ寺ですこと。まるで水分を失った豆腐のようですわね。シャンとした縦横の形が維持できずに、方々がへこんで傾いて。いつ崩れてもおかしくありませんわね」

 そう呟いて瓦と扉を失った門をくぐると、ジュリは雑草が生え放題の参道をいく。その参道の脇で一組の若い母と子が、寒さに身を寄せ合って震えていた。春とはいえ、まだ朝の寒さがこたえるのだろう。親子は震えながら互いの体を寄せ合い、母が子の体をさすっていた。

 ジュリはその様子に軽く左手をふるう。

 親子の前に焚き火のように、ジュリの呪術の炎が立ち上がった。驚きにこちらを見る親子に向かって手を振り、ジュリは本堂へと入っていく。入り口でブーツにしていた靴を脱いだ。

「おはようございます。ロレンス僧正」

「おや、謀叛で焼かれたこの寺に、こんなに朝早くから炎のギャング団の来訪とは。不吉だな」

 薬草と思しき鉢にハサミを入れながら、僧形の男が振り返りもせずに応えた。初老ではあるが、背筋がピンと伸びたかくしゃくとした僧侶だ。僧侶は鉢植えに次々とハサミを入れていく。

 鉢植えは壁際にところ狭しと並べられていた。本尊すらその場を譲っているようだ。何処にもこの寺の本尊らしきものが見当たらない。

「言っておくが、ギャングに支払う金などないぞ。懐寂しい荒れ寺でな。それでも焼くか?」

 ロレンスと呼ばれた僧形の男は、短く刈り込んだ頭を掻く。そしてやはり振り返らない。

「早速、少々焼かせていただきましたわ、ロレンス様」

「早速か? 本当に貴様は天の邪鬼だな。緋撃のジュリエットよ」

 ロレンスは鉢植えにハサミを入れながら、荒れ寺の中を横に移動していく。

「天の邪鬼はお互い様ですわ、ロレンス様。ゆく当てのない人々を迎え入れ、ギャングの頭目すら拒まない。寒いくせに広い――不思議な懐のお寺ですこと」

「単に締める扉が壊れておるだけだ」

「ふふん……本当に天の邪鬼。炎に焼いても、許して下さるのでしょう?」

「それはさすがに、許さんがな。で、こんな月曜の朝早くから何の用だ。お前は徹夜明けでも、こちとら朝のお勤めの最中でな」

「本尊すら売り払い、貧しい者の為に手に入れた薬草の手入れを、朝のお勤めとお呼びになる。そんなご立派な僧正に、折り入って頼みがございます」

「何だ? お前の猫撫で声は、刃物で撫でられたように、寒気が走るんだがな」

「クスリの売買に、享都府警が絡んでいる――」

「ほほう……」

 ロレンスはまだジュリに振り返らない。だがその手が止まった。

「そんな巷の噂を、耳にしたことはございません? ロレンス様」

「あるな。儂もクスリを手に入れて、その解毒剤を作ろうと思ったことがある」

 ロレンスはやはり振り返らない。だが二、三度ハサミで虚空を切ると、剪定を再開した。

「無鉄砲ですこと……」

「だがどう見ても、あれは薬草の類いではない。言ってみれば、あれはただの鉄。砂鉄だ。薬草でなければ、儂には手に負えん。全く未知のクスリ。それを大量に市中に蔓延らせる力。まるで正体が掴めない黒幕。大きな組織の関与を、疑いたくはなるがな……」

「薬草の類いではないですし、呪術も感じますわ。呪力を帯びた砂鉄ですわね。それに何より本来呪術に優れた者程、手を出してしまうとも聞きます」

「ただでさえ抑圧されているからな。呪術者は」

「自由に生きればいいのですわ」

「皆がお前のように生きれはしまいよ」

 ロレンスは鉢植えの端までくると、最後に一つハサミを入れてやっとジュリに振り返る。

「ん? 何だ、ジュリ? 何かいいことがあったのか? いい顔をしておる」

「まぁ、そうですか? 顔がいいのは、生まれた時からですけど」

「調子がいいのは、生まれる前からのようだがな。怪我をしておるな、化膿が心配だ。薬を分けてやろう。少々苦いが、お前にはいい薬だ」

「酸いも甘いも噛み締めましたが、苦いのだけは何時まで経っても苦手ですわ」

「何を言っておる。多少痛い目や、苦しい目に遭うのがお前の為だと言っておるのだ。どれ、それは人にやられた傷だな。お前に傷を負わすのは、かなり手練。何処で怪我したのだ?」

 ロレンスは一度袈裟に手を引っ込めると、そこから手を出し丸薬を一つ放り投げた。

「昨日、享都府主催のパーティにいって参りました――」

 丸薬はものの見事に放物線を描き、口を開いたジュリの喉の奥に消えた。

「そこであるお方が、私に傷を負わせましたわ。まぁ私も軽く、相手にやり返しましたけどね」

「忍び込んだか。相変わらずだ」

「そこで、ロレンス様に間に立っていただいて――」

 後からきたのか、ジュリが丸薬の苦さにしかめっ面をしながら何か言いかけたその時――

「キャピキャピレッド団の衛藤ジュリ! あなたに逮捕状が出ています!」

 聞き覚えのある軽やかで透き通った声が本堂に響き渡った。

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