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第一幕 ロミオ・ダンス1

 名前っていったい何なのか? みんなが薔薇と呼んでいるあの花も、

 ほかの名で呼ばれてもその甘い薫りには変わりはないはず。


 『ロミオとジューリエット』第二幕第二場 ジューリエットの台詞

 シェイクスピア作平井正穂訳(岩波書店)より



第一幕 ロミオ・ダンス


 月夜のネオンを切り裂いて、可憐な足が薄やみに舞った。

 純白の残光で弧を描いたそれは、まるで恋に眠れぬ夜を舞う白鳥――

 その悩ましげな翼のようだ。

 その白い翼は、男の足を優しく包み込む。

 抱かれた足はそれだけで、内なる喜びを打ち鳴らす鐘のように震えた。


 ふふん――


 白い足の持ち主は、艶やかに笑う。

 少女だ。

 赤と白の少女だ。

 少女は赤と白でできていた。

 そう――

 装いたるは赤と白。

 生まれついたるも赤と白。

 赤いベストに赤く長いスカート。そして赤いハイヒール。

 ブラウスと、スカートに連なるフリルが白だ。

 唇に、髪、瞳は赤い。

 肌は白い。

 少女は何処までも、赤と白で己を形作ろうとしているかのようだ。

 そして少女の赤は、赤という言葉が足りなくなる程の赤さを見せつける――

 丹塗りの神殿の入り口のような、深い畏敬を帯びた唇は、勿論朱い。

 緋色に翻る旗幟のような、己の存在を知らしめるその巻き毛も紅い。

 赫灼たる真夏の太陽のような、情熱を内に燃やす、その瞳すら赤い。

 肌は――肌は白い。その足を白鳥の翼かと見紛う程白い。

「へへ……」

 足を絡めとられた男は、下衆な笑いとともにぬっと手を伸ばす。赤と白の少女から漂ってくるローズマリーの香りと、己の口中から漏れる安物の酒の残り香が、男の分別を吹き飛ばしたのだろう。男は薄汚い首筋に、赤いみみず腫れを曝しながら少女に預けるように首を傾ける。

 通行人の野卑な冷やかしを背中で聞き流し、男は相手の背後にも手を回そうとした。

 少女は地面に残した左足で巧みに半身をずらし、男の手から己の背中を逃した。

 そのまま近づいていた男の唇に、小さく可憐な右手の人差し指をすっと添える。

 お静かに。慌てずに。焦らずに。嫌われますわよ――

 少女はそうとでも言いたげに、男の上半身をその指一本で後ろにそらせてしまう。いたずらで楽しげな仕草だった。

 だが少女は己の指の動きを体で裏切る。指に繋がるその先の――なまめかしいその足で、先程にも増して男の足を強く絡めとる。

 男を求めながらもじらしてみせるその態度に、男の顔が満足げに歪んだ。

 夜の街。ネオンが二人のかりそめの関係をそそのかすかのように、互いの瞳を瞬かせていた。

 男が堪らず顔を近づけると、少女はやはり右手一つでその顔を遮ってしまう。

 少女はビルに背を預け。その身を相手に預け。それでいて――

「ふふん……」

 その赤い唇を男からお預けにした。

 男に絡めた右足の腿の上で、白いフリルを従えた赤く長いスカートが揺れる。

 そう。これはまるでテーブルクロス。そしてその上に並ぶ極上のごちそう。

 テーブルマナーの悪い殿方には、しばしお預け――

 そうとでも言いたげに、少女は男の目に色香が花と咲いたかのような扇情的な瞳を向ける。

 ふふん――

 少女はまたもや悩ましげに笑うと右手を外す。

 そしていくらも膨らんでいない少年のような胸と、そのような些末なことは気にならなくなる美貌を男の頬に寄せる。少女はそのまま悩ましげにその耳元に囁いた。

「蛇の体があれ程長いのは、何の為かご存知?」

 少女の言葉に白鳥の羽が蛇と化す。幹の上で獲物の姿をとらえた白蛇のように、白い足がその身を這わせながら男の足を更に絡めとる。そのピンと伸ばされた足首の先では、脱げかけの赤いハイヒールが、やはりその蛇の舌先の様にチラチラと挑発的に揺れていた。

「尻尾のしていることを、頭に悟らせない為ですわ」

 少女はそう続けて、もう一度指一本で相手を突き放す。絡めていた足をも外し、男の体を完全に引き離した。男も心得たものでわざとらしくその動きにつき合った。

 男がにやけながら、もう一度その相手を抱き締め直そうと手を伸ばした。

 だが男を迎えたのは、少女のその赤い唇ではなく――

「ぐおっ!」

 股間に振り上げられた白い足だった。

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