事実 1
何故、あの村にお祭りなど行ったのだろう。
何故、ユーフェンを助けてしまったのだろう。助けてはいけなかった?
そのような問いかけが、頭を占める。
(あぁ、嫌だな。どうして後悔ばかりしているんだろう)
炎の中、タンスの下敷きになっている母親を意地でも助けることができたなら。自分にもっと力があったなら。こんなことにはならなかったはずなのに。
母親さえ無事なら、例え家が焼けてしまってもやり直すことができた。一人ではなく、二人なら。
(村人のせいだとか、ユーフェンのせいだとかじゃない……。お母さんが黒の妖精だとわかっていた上で周囲から守りきれなかった、私の責任だ)
ごめんなさい、ごめんなさい。
ファウナは暗い夢の中で、必死に謝り続けるのだった。
柔らかい羽毛布団に体を包まれて、ファウナは目を覚ました。体を横たえたまま見上げた天井は真っ白で高く、いかにも高級そうなシャンデリアはふんわりと灯りをともしている。
「……?」
ファウナは体を起こすと、右へ左へと目配せした。自分が寝ているのは清潔感溢れる真っ白なベッド。そしてそのベッドをピンクのレースがついた、透明のカーテンが囲む。極めつけ、これでもかと言うほどにフカフカしている布団に枕。明らかに、普通の家ではないことがわかる。
「ファウナ、目が覚めた?」
「ユーフェン……」
シャラ……、とカーテンが揺れる。心配そうな顔をしてユーフェンが遠慮がちに入ってきた。
「もう、落ち着いた?」
静かに、呟くように発したユーフェンの声は、ファウナの中に響いた。
あれは夢ではない、母親はもうどこにもいないことに、改めて実感が湧く。
一人になった。まるで自分の半身がなくなってしまったかのよう。これから自分は何のために、誰のために生きていけばいいのだろうか。
「ファウナ……」
幾筋もの涙が頬を伝った。自分は母親を支えてきたつもりだったけれど、また逆も然りであった。自分は母親に支えられていたことに、このようなかたちでないと気付けないなんて。
「私……、わたし……っ」
溢れてくる涙。言葉にならない想いが、涙となっているようだ。
ユーフェンはベッドに腰かけると、彼女の頭をそっと撫でた。
「無理しないで」
その言葉に、ファウナは声をあげて泣いた。
泣いて、泣いて、泣いて。体中の水分がなくなって、いっそ自分が枯れ果ててしまえばいいとも思った。もう意味をなくした自分なんて、自分ではないのだからと。
ユーフェンはまるで子供をあやすかのように、ずっと彼女の背中をさすった。
すると暫くして、まだ嗚咽の止まないファウナが重々しく口を開けた。
「……やっぱり私……っ、あのまま中へ、行きたかった……っ」
熱い炎の中、母親を一人残すくらいならば。後悔ばかり残している今を思うくらいなら。
「お母さんと一緒に、最期のときまで……っ」
ユーフェンは、背中をさする手を止めた。彼女の両頬を覆うように手をあてて、自分の方へと向かせる。
ファウナは涙を拭いもせず、されるがまま彼を見た。
「ファウナ。君のお母さんが最期に願ったことは何?思い出して」
「最期……?」
思い出したくない、最期のときなんて。体中の痛みに顔を歪めた母親の姿が、一番に思い浮かぶ。
「いや……、嫌……っ!」
ファウナは首を激しく横に振る。自分を保てていない彼女に、ユーフェンは声を荒げた。
「君が無事に生き伸びることだろ!」
「……っ!」
彼女は茫然とした。体の力が抜けていく。そうだ、母親は確かに言っていた。
『早く逃げるんだよ!ぐずぐずするんじゃない!』
それは助けを求めているのではなく。熱いと弱音を吐いているわけでもなく。ただ娘の無事を願い続けていた。
『自分を守ることも必要だよ。あたしはあんたが元気で笑っていることが、一番の幸せなんだからね』
「そう、だった……」
どうして忘れてしまっていたのだろう。母親のためなどと言いながら、結局はいつも自分のことしか考えていなかった。
(お母さんが心から何を大切にしているかなんて……)
考えてもみなかった。
「ファウナ、君はもう一人だけど独りじゃないんだ」
「……え……?」
ファウナは目を丸くしてユーフェンを見上げた。
「君がこれから帰る場所は、此処なんだから」
言っている意味が理解できない彼女は、頭の中で疑問符を並べた。確かに自分の家や身の回りのものは焼け落ち、行くところがない。だとしても出会ってまもない人間を自分の家におくだなんて、いくらなんでもお人好しすぎる。
「ユーフェン……、あの……」
躊躇うファウナが何かを言おうと口を開けたとき、パタパタとこちらに向かってくる慌ただしい足音が聞こえた。
そして「失礼致します」とかしこまった声と共に、この部屋へと入ってくる。
「ユーフェン様、少しよろしいですか?」
「……ん、何?」
(ユーフェン、“様”?)
突然入ってきたその女は、ユーフェンに耳打ちした。彼は聞いていくうちに段々と表情が曇る。
数分が経ち二人の会話が終わったかと思えば、彼はファウナを見据えた。
「ファウナ、落ち着いて聞いて」
彼女はユーフェンの目を見ると、彼は小さく息を吐いた。
「君のお母さんの遺骨だけど……、あの焼けた家から少しも見つからなかったみたい」
「……っ!!」
「……申し訳ございません」
女が深々と頭を下げる。
「焼け方が酷かったこともありますが、あれは“始末屋”のせいかと思われます」
「……始末屋って?」
ファウナは首を傾げる。決していい存在だとは思えないが、彼女なりにきちんと理解しておきたいのだろう。女は言葉を紡いだ。
「始末屋……、黒の妖精専門の“殺し屋”です」