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衝動 2

 いつの間に此処に来てしまっていたのだろう。

ファウナが走りついた所はユーフェンと別れた場所であり、そしてブローチを拾った場所でもあった。


 うな垂れるようにしてその場に座り込んだファウナは、もう一度そっと頬に触れた。

血は乾き、固まっている。


「……」


 ファウナは先程のことを思い出さずにはいられなかった。以前は良くしてくれた女が、黒の妖精をかばっただけであそこまで変貌してしまうなんて。

その理由は彼女もわかってはいたが、まさかあそこまでとは――。


「……結局、ユーフェンは黒の妖精じゃなかったのに……」


 本当は、“白の妖精”なのに。


「買い出し、どうしよう……」


 痛む頬を手で押さえながら彼女は俯く。このまま帰るわけにもいかず、かと言って隣の村まで買いに行くにしても距離がありすぎて、到底1日では戻ってこられない。

生活の基盤としていた彼女の日雇いの仕事も、この村ではもう無理だろう。


「引っ越し、しなくちゃ……」


 そう呟いたとき、自分の後方でガサリ、と草木の擦れる音がした。

村人が追ってきたのかもしれない、とファウナは慌てて振り返る。


「……ファウナ?」


「……あ……っ!」


 そこに立っていたのはいつかの“白の妖精”、ユーフェンだった。今日はその金の髪を露わにし、ふわふわと風になびかせている。


「……ユーフェン?」


「うん、そうだよ。また会えたね」


 にっこりと優しい瞳をして微笑んでいる。

 彼女の緊張の糸が、プツンと切れた。


(あぁ……本当に昔話みたい。安心する……)


 今まで我慢していたものが溢れだし、彼女の頬に涙が伝う。


「ファウナ、どうし……、……っ!その頬の傷は……!?」


 彼は小さなタオルを取り出すと、それをファウナの傷にあてた。優しく包み込むように、彼女の頬を覆う。

そしてゆっくりと彼女を諭した。


「ファウナ、落ち着いて。何があったのか僕に教えて」


 暫く泣きじゃくるファウナだったが時間が経つにつれて涙も収まり、小さい声ながらも先程のことをユーフェンに話し、また彼も相槌を打ちながら聞いた。


「……ごめん、僕のせいだったね」


 そう呟いた彼の顔は、とても悲しい表情だった。

 ファウナが泣き止み全てを話し終えると、ユーフェンが口を開いた。


「僕がもう一度、あの村に行って説明するよ」


 彼はファウナを見やる。その瞳はとても真剣だ。


「僕がもう一度ローブを着てあの村に行く。それでこの髪を見せて……」


「無理だよ」


 間髪入れずにファウナは呟く。

話の腰をおられたユーフェンは目を丸くして、彼女を見つめた。


「村の人は信じないよ。ユーフェンがあの時の黒の妖精と同一人物だなんて。……信じたとしても、私が黒の妖精に加担した事実は変わらない」


「……」


 二人の間に重い沈黙が流れた。


 けれどファウナはパンッと両手を鳴らすと、ユーフェンの方を向いてにっと笑いかけた。


「でも大丈夫だよ!また引っ越しするし。こういうこと、慣れてるもの」


「……慣れてる、って……」


 母親が黒の妖精である故に、引っ越しは日常茶飯事のこと。だから仕事も定職ではなく、日雇いで給料をもらっている。いつ何が起こっても、その場所に未練を残すことなく移動できるように。全ては、生きぬいていくために。


「ファウナ……」


「……ねぇ!それよりユーフェンはどうして此処に?」


 必死に笑顔を繕っているのがわかったが、ユーフェンはもう話題を元に戻すのは無理なように思えた。彼女はもう、そんな話は終わらせたいとでも言うように目が訴えていたから。


「……ちょっと、探し物に来てたんだよ」


 困ったように頭を掻くユーフェン。

そういえば、と彼女は口を開く。


「もしかしてそれ……、これくらいのエメラルドのブローチ?」


 ファウナは親指と人差し指で丸を作って見せると、彼は閃いたように言った。


「そう、それだよ!凄く大切なものでずっと探してるんだけど見つからなくて」


 興奮気味に話すユーフェンに、ファウナはクスリと笑った。


「ブローチなら私の家にあるよ。今取って来ようか?」


「うん、お願いするよ。それじゃあ僕はここで待ってるね」


「ん、すぐ戻るから!」


 ファウナは再び家に向かって走り出す。少なからず、心が軽くなっている気がした。自然と家に向かう足も軽くなる。


 彼女はふと空を見上げた。先程までは綺麗な夕暮れであったのに、今は薄暗く曇っている。


 彼女は何故か嫌な予感を覚えた。

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