抑制 3
「ユー兄様!」
応接間を開けたユーフェンを出迎え、抱きついてきたのはアシュリ。突然のことに体勢を崩すも、転ばないように彼女の肩を支える。アシュリは彼の胸にしがみつき、額をそこに付ける。
「ユー兄様、今まで何処に行ってらしたの?停電になりましたし、わたくし怖かったです……」
「ごめんね、アシュリ。待たせちゃったね」
ユーフェンは尚も抱きつき続けるアシュリを自分から離すと、彼女の一つに結わえた長い髪を軽く撫でた。彼と離れたことで名残惜しそうな表情を向けるもすぐに嬉しそうに目を細め、彼の腕にすがる。
ふかふかの赤いソファーに腰かけていたグルーヴはその一連を眺めた後、眉を顰めながら声を発した。
「ユーフェン殿、もしやさっきまでずっと姫君の所に居たのかい?」
「!?」
途端に、アシュリの表情が凍る。
「そ、そうですの?ユー兄様、今まであの使用人と一緒に……?」
ユーフェンの服を強く握りしがみつくアシュリに、彼は困惑したように笑むと、彼女の肩に手を置いた。
「ファウナが隠の気を受けてしまってね。ほっておけないでしょう?」
その一言に、アシュリは手の力を緩める。彼から手を離し、代わりに自分の服を握りしめた。
先程までの真っ暗闇の中、ファウナがユーフェンと居た。しかも隠の気を受け介抱していた、ということは恐らくユーフェンの陽の気を与えていたということ。気を与えるのは少なからず彼に密着していなけらばならない。
そんなこと、考えたくもなかった。彼の近くには、いつも自分が居たいのに。それが例え、彼の付き人であっても認めたくなどない。小さな体に、大きな独占欲がこみ上げてくる。
「父上、遅くなってしまい申し訳ありません」
グルーヴの向かい側に座る王に、ユーフェンは駆け寄り膝をつく。銀の色をした目にかかる髪を、邪魔くさそうに手で掻きあげる。3人の親というにも関わらず、王の容姿はユーフェンと並んでも兄弟に見えるほどに若い。とは言っても見えるだけで、実際の年齢は彼の倍以上なのだが。
「構わん。さっさと計画を始めなさい」
「……はい」
ユーフェンは王に頭を下げると、机の上に大きく国の地図を広げた。様子見の経路を決めるために聞かれたこの会議。
王は座ったままそれを見物し、グルーヴは地図がよく見えるように机の傍に近寄った。
「アシュリ、どうしたの?」
既に始まろうとしているにも関わらず、アシュリは扉の前から動かない。先程のユーフェンとの会話から、彼女自身の時間が止まっているようだった。
下を向いて顔を上げようとしない彼女を覗きこむユーフェン。突然のことに驚いたアシュリは、ばっと顔を上げた。
「あ、あの、ユー兄様……!」
「ん、どうしたの?」
彼女は恥ずかしそうに頬を赤く染めると、小さな声を出した。
「あの、申し訳ありませんが……少しお手洗いに行ってきてもよろしいですか?急いで戻ってきますから……」
もじもじと体をうねるアシュリにユーフェンはおかしそうに笑いながら言った。
「ふふ、いいよ。行っておいで。待っててあげるから」
「ありがとうございます……!すぐに戻ってきますわね」
彼女が部屋を出て行く最中、目が合ったグルーヴは自分の背中に鳥肌が立つのを感じた。我が妹ながら恐ろしい。彼女の目は冷たく、口端は僅かに持ちあがる。
(マイハニー……一体何をしようと?)
アシュリは応接間を急ぎ足で出て行った。その足の向く先―ファウナの部屋へ。