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豹変 5

 彼女は胸を押さえて肩を揺らし、か細い声を上げた。


「……ど、して……そんな、に、……嫌う、んですか……」


 黒の妖精を憎むのは理解できる。けれど、そのような運命に生まれたユイラン自身をも否定しているような。


「黒の妖精だって……人間、です……。人の、心……持ってます」


 彼女にとって、それだけを言うのが限界だった。

言い終えてすぐ咽返り、ツンと鼻に鉄の臭いがしたかと思うと、激しい吐き気と共に口から血を吐いた。

 グルーヴはそんな彼女を心配する素振りすら見せず立ちあがると、見下した。


「僕はね、これでも一国の王子さ」


 茶の長い髪を、グルーヴは優雅に掻きあげる。

ファウナは自分の胸を掴みながら、必死に見上げた。


「一国の王子が民の幸せを願う。けれど黒の妖精は、それを滅ぼしてしまう。民の多くの命と黒の妖精の数少ない命、守るべきは民の方さ!」


 しかも黒の妖精が多くの命を奪うというのだから、尚更。


「おかしいのは君の方さ、ファウナ。僕は王子として、当然の考えなのだよ」


 もう彼女の思考はほとんど働いてはいない。だが、ファウナは声を精一杯振り絞った。


「……っ、当然、じゃない……!」


「ほう……?」


「だれか、の犠牲で……幸せなんか、存在……しない……!」


 それがどのようなカタチであっても。

彼女のこの心情だけは、誰にも負けない自信があった。


「可愛くない姫君だね。本当は喋るのも辛いだろうに、そんなに僕の敵になりたいのかい?」


「グルーヴ!!」


「……おやおや、君の王子様のお出ましかな」


 ファウナ達のいる廊下の数メートル先の方で、駆け寄ってくるのは血相を変えたユーフェンだった。

すっかり血の気が引いている彼女を見て、ユーフェンはグルーヴを睨みつける。


「グルーヴ、彼女に何をしたの!」


「誤解しないでくれたまえユーフェン殿。彼女は隠の気を受けたようでね、僕が介抱してあげてたのさ」


 もう突っ込む気にもならないファウナは、虚ろな瞳でユーフェンを捉えた。

ようやくこの場の張り詰めた空気が和らいだ。恐怖から震える体も、安心感からか治まっていくようにさえ感じる。

 ユーフェンはグルーヴを押しのけるとファウナの両肩を掴み、自分の方へと引き寄せた。


「ファウナ、落ち着いて。ゆっくり深呼吸してごらん」


(ユーフェン……)


 言われた通りに深呼吸してみると、白の妖精である彼の気が、彼女を地獄から救い出してくれるようだ。乱れていた呼吸が、少しずつ少しずつ正常になっていく。


「楽になっても動いちゃダメだよ。暫くは僕の傍に居て」


 ユーフェンの胸に頭を預けたまま、彼女は黙って頷いた。頭の痛みも和らいでいく。


「グルーヴ、応接間でアシュリと父上が待ってる。先に行っててくれないかな」


 彼は彼女の体を片手で支えながら、応接間のある方向を指差しながら言った。グルーヴは仕方ないとでも言うように、息を吐く。


「……承知したよ。だが事を終えたらすぐに来たまえユーフェン殿。マイハニーが待っている」


 ユーフェンは「わかってる」と短く返事をすると、応接間に向かうグルーヴの背中を見送った。

ファウナも彼の腕の中から視線だけを向け、それを確認した。


(私、二人を敵に回してる)


 アシュリとグルーヴ。どちらも理由は違うものであり、どうしようもないものだが。今思うと、もう少しマシな関係を築けたかもしれない。

彼女は自身を嘲笑した。何て世渡りが下手なのだろうと。


「……ファウナ、立てる?」


 ユーフェンの声が、耳元で響いた。ふとファウナが見上げると、そこには心配そうなユーフェンの瞳。


「ご、ごめ……!もう大丈夫だよ……!」


 彼の気でほとんど体の調子が元に戻っている。ファウナは慌てて離れると、立ちあがった。


「……っ!?」


 だが隠の気が完全に抜けきっていないのか、足に力が入らない。よたよたと頼りなく歩くも、倒れるように壁に手をついた。


「ファウナ、僕に捕まって」


「……え?」


「部屋まで送ってあげる。今日の仕事は、もうお休み」


 ユーフェンは優しく微笑むと彼女の手を引き、背中に腕を回して肩を掴む。もう片方の手は、彼女の足を持ちあげた。

ファウナは小さく悲鳴を上げるも、彼にしっかりとしがみつく。


(お、お姫様抱っこ……!)


 初めての経験に顔が熱くなっていくのを感じる。これは隠の気のせいだろうか。それとも……。

近くに聞こえるユーフェンの息使いが、何だかとてもくすぐったい。


「ご……ごめんね、ユーフェン。重いよね」


 彼は一瞬目を丸くすると、可笑しそうに声を上げて笑った。


「大丈夫、軽いよ。寧ろもう少し太ってもいいんじゃないかな」


 ユーフェンの顔を見るのは恥ずかしく、彼女は俯きながら小さくお礼を言った。それが聞こえているのかいないのか、その様子に彼はまたクスリと微笑む。

純粋な彼女がとても愛おしい。そしてまた、ファウナも―。


(ユーフェン……好きだよ)


 爽やかで甘い彼の香りに包まれながら、彼女は目を閉じた。できることなら、ずっとこのままで居たい。ずっと、ユーフェンの近くに。

ファウナは彼の服をぎゅっと握った。


(時間が、止まってしまったらいいのに……)


 そんな彼女の心情も虚しいもので。

ユイランの隣の部屋である彼女の部屋には、早々に着いてしまうのだった。

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