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豹変 4

 二重人格者。黒の妖精と白の妖精がいるこの世界では、それは決して珍しいことではない。

しかしこの男の場合は黒の妖精を嫌い憎む、というよりも、自分がそれを痛めつけることによって快楽を得ているような異常さを感じる。

まるで、彼自身が悪魔であるかのよう。


「そうかいそうかい……姫君はあの化け物の付き人かぁ……!」


 グルーヴは瞳孔が開ききった濁った瞳で、彼女を捕えた。口元は笑っているものの、目は少しも笑ってはいない。


「くく、なるほど……?だからアレも生きているんだね。……君がいるから!」


「……!」


 ピタリと笑うのを止めたグルーヴに、ファウナは背筋に冷たいものを感じた。焼却室で会った彼とは違う、まるで別人。

 彼女は怖れから、震える足を一歩引き下げる。が、グルーヴは逃がさないとでも言うように、彼女の手頸を掴んだ。


「君が付き人なんてするから、アレは夢を見る。『俺はこの世に居ていい存在なんだ』と」


 彼がユイランの部屋で言っていた存在意義。彼がこだわること。


「黒の妖精はこの世に存在することを許されない。幸福になるなど言語道断!」


 グルーヴの話を聞きながら、ファウナは思い出していた。まだ母親が生きていたときのことを。小さな家でたった二人、暮らしていたときのことを。


(私は……お母さんが居てよかった……。私の幸福は、お母さんの存在だった……!)


 母親は黒の妖精。勿論その所為で友達など作ることができなかった。人の顔色ばかり窺って、村人に脅えながら日々を過ごしてきた。

―けれど。


「……私は、誰にだって幸せになる権利、あると思います」


 掴まれた手を振り払うと、目の前のあくまを睨みつけた。

 母親やユイランが居たからこそ、今の自分がある。

今までも、そして今も存在している自分の居場所。


「やはり、君は所詮化け物の付き人だ。黒の妖精が居るということは、この国が滅んでもおかしくはないということ!……ねぇ馬鹿な姫君、君が国を滅ぼす手助けをしているということが、わからないのかい?」


 嘲笑気味に響く、彼の低い声。ファウナの体を震わす。


「付き人なんて、さっさと止めたまえ」


 心臓が、早鐘を打つ。頭が、割れそうに痛む。目の前の人物が、二人、三人と重なって見える。


「……っ!?」


 ファウナは床にひざをついた。以前にも感じたことのある体の異常。自分の意識を保つのに精一杯だ。


「……おやおや、今になって隠の気が回ってきたのかい?随分と苦しそうだねぇ」


「……っ、ぅ、あ……!」


「ふふ、何だい?言いたいことははっきり言わないとわからないよ?何、助けてほしいの?」


 床に這いつくばるファウナと視線を合わすように彼もしゃがむと、彼女の顎を持ち、ぐいっと自分の方へと向けた。

彼女は咽込むせこみ、上手くできない呼吸のもどかしさから必死に彼から逃れようとするが、弱々しい彼女の抵抗はあってないようなものだった。憎らしい眼前がんぜんの相手の笑みを、睨みつけることしかできない。


(く、苦しい……っ)


 目が霞む。少しでも気を抜くと意識が飛びそうになる。いっそ力を抜いて意識を失ったら、どれだけ楽だろうか。だが今回ばかりは倒れることはできない。


(この男の、前では……!)


絶対に。


「ふむ、姫君は隠の気を受けやすいようだね。僕も少し体がダルイが……。……ねぇ、何故気味はそんなに隠の気を受けやすいんだい?」


「……っ!」


「何か特別なこと、したとか」


 ファウナの心臓の早鐘は、更に速度を速める。異常なまでに黒の妖精を嫌う彼の前で、もし火薬遊びに連れて行ったと言ってしまったら―。

ファウナは力を振り絞って彼の手から逃れると床に倒れ、ただ呼吸をすることに専念した。


「ふーん、答えないか……。だったら僕は君が付き人を辞めると言うまで、モーションをかけるよ」


(ユイラン……)


 今、彼女は理解した。ユイランが自分を“冷やかし”だと言った理由が。


(……ユイランは守ってくれようとしたんだね)


 グルーヴに“付き人”であることをバレないようにするために。グルーヴから因縁をつけられないように。それを、自分自身をおとしめることによって。

彼の性格をよく知っているからこその、手段であったのに。





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