豹変 3
グルーヴの暴言に、ユイランは何も言わなかった。言ったところで何も変わらないのは、彼が一番よくわかっているからだろう。ただグルーヴを睨みつけている。
(ユイラン……)
「姫君、君はどうするんだい?」
その場に佇むファウナに、出て行こうとしたグルーヴは声をかけた。ドアノブを握ったまま、彼女の返答を待っている。
(どうしよう、仕事……)
彼女は迷っていた。このまま自分はこの部屋に留まるべきか否か。部屋に残れば、機嫌の悪いユイランに気を配りながら仕事をしなければならない。
かと言ってグルーヴと一緒に出て行っても、恐らくユイランに対する暴言を聞く羽目になるだろう。
なかなか返事を出さないファウナに、グルーヴは腰に手をあてて首を傾げた。
「そういえば姫君は、此処に何の用があって来たんだい?大切なことかい?」
その問いかけに彼女はグルーヴを見ると、口を開けた。
「あ、はい。私はユイランの……」
「うぜぇ。消えるなら早く消えろよ」
ユイランの付き人。そう言おうとしたファウナを、ユイランはピシャリと遮った。まるで彼女が何を言おうとしたのかわかったように。
(……ユイラン?)
眉を潜める彼女を、ユイランは睨みつける。
「さっさと散れよ。冷やかしはこの男だけで充分だ」
(何言ってるの、ユイラン……っ)
いくら機嫌が悪いと言っても、彼女は理解できなかった。少しずつでも彼との距離は近づいているように感じたのに。未だ彼女を付き人とは認めていないような。
全く訳がわからず混乱するファウナの背を、グルーヴは外へと押した。
「はっはっは、今日はこの辺にしておこうではないか、姫君」
部屋を出て行く最後まで、彼女はユイランの言動が理解できなかった。まさか自分までグルーヴと一緒にされてしまうとは。
廊下に出、グルーヴと話していても、ファウナは気が晴れなかった。
「くくくっ、面白かったね!僕の言葉に何の反論もしなかった!自分を化け物と認めている証拠だね!」
ファウナの隣で、グルーヴは高らかに笑う。まるで地獄にいる鬼が、人間を卑下しているような笑い方だ。
彼が笑う度、ユイランが蔑まれる度に痛むファウナの心。
(ユイラン……、まだ私のこと信用してくれてないの?)
「……」
悲観的な彼女に向ける、グルーヴの疑惑の目。それは鋭く、獲物を捕らえようとしている獣のような目つきだ。
「……ねぇ姫君」
「はい……?」
グルーヴの足がゆっくり止まる。つられて彼女の歩む足も止まった。
彼は依然として変わらない目つきで、ファウナを見つめた。
「君は、本当はあの化け物の部屋に何しに来たんだい?」
“何を”しに。
ファウナはユイランの付き人として、仕事をしに行った。だがそれは出来ずに終わり。
「化け物は姫君を拒否しているように見えた。だが姫君の今の様子を見ている限り、君はあれに違う感情を持っているように見える」
何という観察力だろうか。廊下に出てから数メートル歩いただけで、彼女の心情を見抜いてしまった。
射ぬくような目つきに耐えることができず、彼女は口を開けた。
「私、ユイランの付き人なんです」
グルーヴの瞳孔が開く。
「さっきは仕事をするためにユイランの部屋に……」
そこまで言って、ふと視界にいるグルーヴを見た。手で口を押さえ背を丸くし。心なしか肩が小刻みに揺れている。
「グルーヴ、様……?」
「……くくっ、ははは……っ!」
ユイランの部屋に居たときよりも大きな笑い声。狂ったように、自我を忘れてしまったかのように声を上げる。
「何が……、何がそんなに可笑しいんですか!」
彼の笑い声に負けない程の声を発したファウナ。グルーヴは途端に笑うのを止め静かになると、冷めた目で彼女を見つめた。
「……可笑しいさ。化け物をもう一人見つけたんだから」