豹変 2
いつもは閉まっているはずのユイランの部屋。グルーヴが中に居るのはおかしいとファウナは思うも、すぐにはっとした。
ここ最近は頻繁にユイランの部屋に通っているため、鍵は就寝のときしかかけていないのだ。
「やぁやぁ姫君!こんな所で会うとは奇遇だね!どうしたんだい?何か用事かい?」
扉の前で立ち止まっているファウナに、グルーヴは満面の笑みで声をかける。しかしふとユイランの方を見れば、怒っているような驚いているような顔を彼女に向けていた。
そんな彼を見て気付く。今、来てはいけないときであったと。
ファウナはグルーヴに向き直り、慌てて声を出した。
「あ、あの、グルーヴ様!私、後で出直しを……っ」
「いやいや構わないよ!僕のは大したことのない話だからね」
断ろうとする彼女の背に手をやり、中へと促すグルーヴ。ユイランはもうファウナを見てはおらず、険しい表情でグルーヴを睨んでいる。
とても、居心地が悪かった。ここに来るまで彼らが何を話していたのかはわからない。だがこの空気が重い。ユイランの機嫌が悪いことも関係しているのだろう。
ファウナが中に入り扉を完全に締め切ると、グルーヴは珍しく落ち着いた声で口を開けた。
「さっきの話だけれど……、早くどっちにするか選びたまえ」
ファウナは寒気が走った。この台詞は、自分に向けられたものでなくユイランに向けたもの。それはわかっているのにも関わらず、とてつもない威圧感が苦しい。
先程の性格と、まるで違う。それは――アシュリのときと同じように。
グルーヴはユイランの前髪を乱暴に掴むと、ぐっと上に引っ張った。ユイランは痛みで顔を顰める。
「全く憐れな化け物だ。いい加減居なくなれば、この国もより平和になろうに」
「あ……、あの……」
自分が助けなければ。ユイランを救わねば。そう思うのに彼女の足は震え、声が思うように出ない。
「さぁ、どっちにする?自分で舌を噛み切るかい?それとも……この僕の手で弔ってあげようか」
不敵に笑みを浮かべるグルーヴ。ユイランは鼻でフン、と笑って言った。
「てめぇなんかに俺は殺れねぇよ」
その言葉を聞くと、グルーヴは高らかに声を上げて笑いだす。ユイランの髪は掴んだままだ。
「確かに!確かに僕はお前を殺せない!君は化け物でも、一国の王子でもあるからね!」
彼の笑いは止まらない。腹を抱え、笑いを堪えようとさえする。
外では嵐のように吹き荒れる雨と風の音が聞こえ、それに交じる彼の笑い声はとても不気味だ。
グルーヴはユイランの前髪を放すと、その両手をまじまじと見つめた。そしてその後に、横目でユイランを見やる。
「……だからね、だから僕は……お前が許せないのさ。人に危害を加えるだけのお前が、何故この世でのうのうと生きている?」
グルーヴはまたユイランの髪を掴み上げると、その手を左右に振り回す。
パラパラと、何本かの黒い髪が抜け落ちた。
「グルーヴ様、止めて下さい……っ」
ファウナは二人に駆け寄ると、グルーヴの腕にしがみつく。だが所詮は女の力。男に敵うはずもない。
グルーヴは彼女の声に耳をかさず、ユイランに言った。
「憐れな!自分の存在意義を見つけようとするのはいい加減諦めたまえ!」
彼は乱暴に髪を放すと、今度はユイランの首に手をかけた。
「ふん、三角の刻印か……。隠の気を抑えるため、か。こんなもの、只の気休めだね」
「グルーヴ様!!」
思わず荒げたファウナの声に、グルーヴは驚いたように目を見開いた。
ユイランも薄く目を開き、彼女を見る。
「もう、これ以上は……っ」
彼女には、とても耐えがたいものであった。強く強く、グルーヴの腕にしがみつく。上手く言葉が出ないかわりの、精一杯の彼女の行動だった。
彼はユイランから手を放すと、その手をそのまま彼女の頭へやった。
「すまない、姫君。驚かせてしまったね。これ以上はもう止めておくとしよう」
(良かった……)
ファウナは力を緩め彼から離れるが、グルーヴの口から出たのはユイランに対する最後の攻撃だった。
「これ以上ここに居ては、隠の気で僕が殺されてしまうからね」