豹変 1
風が強さを増してくる。降り出した雨も激しくなってきて、バチバチと城の壁や窓にあたる。
『勘違いしちゃって、バカみたいね』
(勘違い……?)
ファウナはふらふらと城内の廊下を歩く。大粒の雨に打たれ、髪や服からは雫が滴り落ちる。
アシュリの言葉を聞いた後、突如降り出してきた雨。幸いにも会話は中断され、二人は城内へ避難した。
『ヤダァ、濡れちゃった……。ユー兄様に拭いてもらおうっと』
嘆きの言葉なのに、どこか嬉しそうにそう言って。ファウナに向かって鼻で笑うと、すぐさま駆けて行った。彼女が向かったのはユーフェンの所、まず間違いないだろう。
(本当に、ユーフェンに拭いてもらうのかな……)
想像するだけで胸が痛む。ユーフェンは誰にでも優しい。何者も拒まない。アシュリの言い分が正しいのなら、いつの日か彼はアシュリを選ぶのだろうか。自分は、蚊帳の外なのだろうか。
(嫌だな……。私はあくまでもユーフェンの友達……)
「ファウナ」
呼びかけられて立ち止まる。振り向いて見てみると、そこにはライトが立っていた。
「ファウナ、どうしたの?すごいずぶ濡れだよ?」
ライトはポケットから小さなタオルを取り出すと、必死に背伸びをしてファウナの頬にそれを当てた。
ふるふると震える爪先立ちのライトに優しく彼女は微笑むと、ライトの視線と同じになるようにしゃがんだ。
「ありがとう、ライト。ゴミ出し行ってたら雨に打たれちゃった」
金糸の髪を撫でると、ライトは照れくさそうに笑った。そして大きくて丸い青の瞳が、彼女の姿を捉える。
「ね、ファウナ。もうアシュリ達には会った?」
ファウナの手を、小さな両手で包みながらライトは言う。
「もし会ってないなら、ボク紹介してあげるよ!二人共、とても楽しくて……」
「ううん、ライト。いいよ」
アシュリ。名前を聞くと、先程の言葉がファウナの心を突き刺す。
『勘違いしちゃって……』
思っていたよりも、その言葉の威力は彼女にとって大きかった。気にしすぎだと言われればそれまでかもしれない。だが彼女にとってユーフェンは謎多き人物でもある。どんなに踏み込もうとしても、踏み込めない一線が引かれているようで。
「ファウナ、どうしたの?元気ないね」
心配そうに見上げるライト。ファウナは自分の頬を軽く叩くと、にっと笑った。
「そんなことないよ。元気、元気!」
「ほんと?」
途端に明るさが戻るライトの表情。つられてファウナも気が軽くなっていくようだ。
だがこれ以上アシュリの話題には触れたくなく、ファウナは逃げるように言った。
「……それじゃあ私、仕事あるからもう行くね。服も着替えないといけないし」
「えぇ!一緒におやつ食べようよぉ」
「ごめんね、ライト」
ファウナは彼に背を向けて歩き出す。「変なファウナ……」と呟くライトの声が聞こえたが、聞こえないフリをして。
彼女の心には、微かな恐怖があった。相手はライトであるのに、一体何に脅えているのかわからない。いや、恐いのはライトやアシュリではない。もっと違う恐怖心――。
自室に戻り、身だしなみを整えるファウナ。髪をきちんと梳かし、新しい服にも着替えた。
時計を見ると、昼の十二時近くになっている。
(お昼ご飯持って行く前に朝の食器片付けなくちゃ)
ゴミ出しで大分時間をくってしまった為、いつもなら直してある食器もそのままだ。
ファウナは急いで部屋を出、隣のユイランの部屋へ向かった。だがその扉を開けようとしたとき、中からユイランとは違う人の気配を感じた。
(誰……?)
いつものようにノックをして、扉を開ける。カチャリ、という音と共に振り返ったのは、グルーヴだった。