会合 6
アシュリと呼ばれたその少女は、兄であるグルーヴとはあまり似ていなかった。顔立ちもそうだが、何より放つオーラが違った。グルーヴが熱い火だとするなら、アシュリは冷たい水のような。
吊りあげられた眉は気が強そうで、彼女の茶の瞳は静かに彼らをとらえている。
良く言うなら凛とした、高嶺の花。悪く言うなら、人を簡単には寄せ付けないイメージだと、ファウナは感じた。
アシュリがこちらに近づくにつれ、その大人びた表情は崩れていく。そして――。
「ユー兄様!!」
「……うわっ!」
第一印象は呆気なく散った。アシュリは喜びに満ちた顔で、ユーフェンに抱きついた。
「ユー兄様、こんな所にいらしたの?兄上と一緒に居なくなられてしまったから、リルもわたくしも心配しました」
「あぁ……ごめんね、アシュリ」
ユーフェンに抱きついたまま見上げるアシュリ。ファウナやグルーヴが傍に居るにも関わらず、まるで無視だ。
ユーフェンは困惑したような表情を浮かべながら彼女の肩をとり、「ごめんね」とまた小さく言った。
「アシュリ、グルーヴ。そういえば紹介がまだだったね」
「紹介?」
アシュリはチラリとファウナに目をやった。ユーフェンの服の裾を掴んだまま離さない。
「アシュリ、グルーヴ。彼女の名前はファウナ。つい最近、この城で働くようになったんだよ」
「は、初めまして!」
ユーフェンに紹介され、ファウナは慌ててお辞儀をした。
だが顔を上げた瞬間、彼女の思考は凍りつく。アシュリの瞳は冷ややかで、淡いピンクの唇は引き結んでいる。
これが敵視というものなのだろうか。体中に鳥肌がたつ。
「ファウナ、彼らは隣国、サンディール王国の王子と王女にあたる方だよ。彼はグルーヴ、彼女が……」
ユーフェンが言葉を続けようとした時、アシュリは彼からようやく離れると、声を発した。
「わたくしはアシュリと申します。このグルーヴの妹ですわ。よろしくお願い致します」
アシュリはワンピースの裾をちょこんと持ち、片足を一歩退いてお辞儀した。その瞬間に揺らいだ茶の髪は、滑らかに宙を舞う。
(可愛い……)
その姿だけ見れば、どこかの国の高級な人形のようだ。穢れない真っ白な翼が彼女の背に生えているような、そんな幻覚さえ見える。
「マイハニー!やっぱり君は僕の妹にふさわしい美貌だよ!」
彼女の姿を見たグルーヴは、目を爛爛と輝かせる。ファウナが呆気にとられていると、アシュリは兄に反応を返した。
「兄上……、そういうこと人前でおっしゃらないで。恥ずかしいです」
「可憐だ!可憐すぎる!」
(変な兄妹だな……)
グルーヴの瞳は妹のアシュリに釘付けだ。とんでもないシスコンである。
アシュリはユーフェンを見つめた。
「ねぇ、ユー兄様。リルは今頃きっと待ちくたびれておられるわ。早く城内へ行ってさし上げた方が……」
「あ、そうだったね」
彼は思いついたように声を上げると、兄妹の顔を交互に見やる。
「じゃあリルの所まで一緒に……」
「お待ち下さい、ユー兄様。わたくし、少しファウナと二人でお話したいのです」
アシュリの思わぬ発案に、ファウナの肩がビクリと揺れた。心の中で、声にならない脅えがひしめき合っている。
二人になっては駄目だ。自分の体が拒否しているのがわかる。
「アシュリがそう言うなら僕達は先に行くけど……。ファウナ、もし今暇があるなら、彼女の相手になってあげてくれないかな」
「私、は……」
嫌だ。嫌な予感がする。
「わたくし、年の近い女の子と出会えて嬉しいんです。ファウナ、お喋りしましょう?」
片手を口元に持っていき、心なしか目には涙が。潤んだ瞳の奥は「断るなんて許さない」と訴えているようで。
「……じゃ、じゃあ少しだけ……」
「ふふ、よかった」
ファウナに笑顔を向けるアシュリ。外見上ほのぼのとした空気が流れ、それに安心したユーフェンはグルーヴの服を引っ張った。
「じゃあ僕達は先に行ってるね。ファウナ、仕事頑張って」
「あ、うん……!」
「またねっ、ファウナ!そして僕のマイハニー!」
両手を大きく振りながら城へと向かうグルーヴ。常に落ち着きのあるユーフェンと並ぶと、一層彼のテンションが目立つ。
二人が城へと入っていき、残されたファウナとアシュリ。先程の空気はどこへ行ってしまったのか、今では沈黙が重い。
しかも天候が怪しくなってきており、雲に隠れていた太陽が見えなくなってしまっている。
(天気、悪くなってきたな)
此処は屋外。一国の王女を雨に打たれさせてはいけないと、ファウナは口を開こうとした。だがそれは叶わず、アシュリが先に声を発した。
「……ファウナ、貴方はユー兄様の何なの?」
先程とは全く違う声質、喋り方。今では真っ白な翼どころか、コウモリのような黒い羽が見えるようだ。
「貴方は普通の使用人じゃないみたい。ユー兄様に馴れ馴れしい態度だし。貴方はユー兄様の何?まさか……特別な人?」
アシュリの言葉に、ファウナは勢いよく首を振る。
嫌な予感があたった。体が動かない、声が出せない。
(怖い……っ)
アシュリは「ふーん」とファウナを横目で見ると、口端を上げてクスリと笑った。
「まぁどっちでもいいけど。ユー兄様の特別はあたし。ユー兄様は貴方を好きになんかならないわ」
「……え……?」
血の気が引いていく彼女に、アシュリは留めをさした。
「知らないの?ユー兄様は皆に優しいの」
ポツリ、ポツリと空から降ってくる雨が冷たい。一つ、一つとファウナの頬を濡らしていく。
「勘違いしちゃって、バカみたいね」