会合 1
ユイランの部屋に入ることが許されるのは、一日約一時間。ファウナが陰の気を受けないようにとユーフェンからの気遣いだが、彼女は仕事のやりにくさに手こずっていた。
原則として毎食はユイランの部屋に運ぶことになっている。少食気味な彼に食べるよう説得するのも仕事の一つだ。毎日の掃除とユイランからの言いつけを聞いていれば、すぐに時間は過ぎていく。だがその反面、あの日以来手際が良くなったのもまた事実。
火薬遊びへ行って少し彼を理解し、分厚い壁が薄くなったように感じた――はずだった。けれど次の日からもユイランは変わらず、前日のことなど覚えていないかのように知らぬ素振り。いつもと同じように窓際に座り、遠くを見つめている。話しかけても愛想のない返事がくるだけだ。
(もっとちゃんと話したいのに……仕事も碌にできないし。ユーフェン、大袈裟なんだから)
右手に箒、左手に叩きといった掃除スタイルでユイランの部屋から出てくるファウナ。今日ももう一時間を過ぎてしまった。
陰の気を受けやすくなっていると言われていたが、あの時から身体の異常は見られない。
城内にある掃除用具室に持っていた道具を直す。綺麗にされているとは言っても、やはりこの部屋だけは埃っぽい。ファウナは手で口と鼻を押さえながら小窓を開けた。ふわふわと埃が宙を漂う。
「ふぅ……」
小窓の桟に手をかけて、彼女は一息ついた。今日は雲一つない快晴で、涼風が吹いている。
髪を掻き上げ外を眺めると、見慣れた二人の後ろ姿が城門を出て行った。
「ユーフェンとリルさん……?」
散歩だろうかと考えたが、そのような雰囲気ではない。二人の間で何か会話をしているようには見えなかった。第一ユーフェンが外を出歩くなんてあまりないことだ。外にいる彼を見たのは初めてファウナと出会ったときのみだ。
(……そういえば村にはローブを着て来てたっけ)
『ここに来た理由は言えない。ローブも脱ぎたくはなかった』
随分昔のことのように思えるのは、城での生活が充実しているからだろうか。彼女にそう言ったユーフェンは、とても悲しげだった。
ファウナは小窓を閉めると用具室を出た。そして急ぎ足で廊下を歩く。
(ソルト、どこにいるんだろう)
何故か彼にはわかっている気がした。ユーフェンの付き人だから、いつも自分を助けてくれるから。理由は様々なのだが。
普段滅多に城を出ないユーフェンが外出した。リルと一緒に。
気になった彼女はソルトを捜すが、何処にもいない。途中すれ違ったライトにソルトの部屋を教えてもらったが、そこにも居なかった。
(ソルトも居ない……。皆どこ行っちゃったんだろう)
居るのは自分とユイラン、ライト。使用人もいつもと変わりなく働いている。
とりあえず自分の部屋に向かう彼女であったが、何かを思いついたように顔を上げて足を止めた。
そう、今ユーフェンは居ない。この時期を逃してはならない。ファウナは来た道を急ぎ足で戻る。
彼の部屋に入るのは一日一時間。けれどユーフェンが居なければ、少々それを超えても問題はない。
(今だからできることもあるんだ)
掃除用具室から叩きと雑巾を取り出し、勢いの余り乱暴に扉を閉めた。その音で使用人達の注目を浴びることになったが、ファウナは気にも止めずユイランの部屋へ走って行った。
「ユイラ……ッ、は、入る、よ……!」
走ってきたため、部屋に着く頃にはすっかり息が上がってしまったファウナ。肩を上下に揺らすが、やはりその顔は嬉しそうである。
「……また来たのかよ」
ユイランは呆れたようにファウナを見る。
彼女は雑巾を窓の桟に置くと、叩きを持ち直し。椅子を台にして高いところの埃落としを始めた。
「ユイラン、ちょっと埃が舞うけど我慢してね」
言いながらもパタパタと叩きをかける。鼻歌まで口ずさみ始めたファウナに、ユイランは呆然とした。
「てめぇ、どういう心境の変化だよ。ここ最近はあんまり掃除なんかしなかったくせに」
ファウナは手を止め、叩きを持っていない方の人差し指をピンと立てた。
「だからだよ!今日はユーフェンもリルさんも居ないから」
「ユーフェンが居ない?」
手を顎に持っていき考え込むユイラン。時折外の様子も窺う。
「ユイラン、どうしたの?」
彼女の問いかけに、ユイランは呟くように口を開ける。眉には深い皺を寄せて。
「……そうか、もうそんな季節か」