犠牲 6
捕らえていたファウナをゆっくり解放したユーフェン。彼の瞳は、やはりまだ少し赤い。
彼はファウナの目を見ると、声を発した。
「もう、ユイランを外に連れ出したりしないで」
「……え……?」
ファウナは言葉を詰まらせた。ソルトは陰の気のことだけでなく、全てを話したのだろうかと。
彼女は体を硬直させたまま、ユーフェンから目が反らせない。
「ソルトから……聞いたの?」
彼女のその問いには、半ば諦めも含まれていた。もう終わったことを言っても仕方がない。陰の気を受けてしまった自分が悪いのだ。
だが彼は首を横に振ると、ファウナの片頬に手を当てた。
「ソルトの無線機から、火薬遊びの音が聞こえた。城の中に居ればそんな音は聞こえないし、第一ソルトが外になんて用はない。そこへ君が陰の気を受けたと報告があったから……何となく想像はつくよ」
彼女は、ソルトを一瞬でも疑った自分を呪った。ソルトに向けてかユーフェンに向けてかはわからないが、「ごめんなさい……」と眉を下げて小さく呟く。
ユーフェンは彼女の頭をぽんぽんと軽く叩くと、優しく諭すように言った。
「ファウナ。今回のことで君は陰の気を受けやすくなってる。ユイランの付き人は辞めた方がいい」
「……え?」
(ユイランの付き人を、辞める!?)
折角ユイランとの距離が、少し縮まった気がしたのに。これからわかっていけそうな気もしたのに。
「そんな……、嫌だよ!」
だがユーフェンは首を振る。
「ファウナは運がよかったんだよ。陰の気を受けて気を失っただけで済んだのだから。とても、苦しかったでしょう?」
静かに口を開くユーフェンの手が、滑るように彼女の頬を覆う。
「僕はもう、失いたくないんだよ」
落ち着いた声、けれどどこか寂しげな声だった。彼が何を心配しているのかわかる。ユイランに近づけたくないのもわかる。
だが彼女にも譲れないものがあった。中途半端な優しさほど、悪なものはない。今ここで付き人を辞めてしまえば、一体ユイランはどうなるのか。
「ユーフェン、私ならもう大丈夫だから。私、ユイランの付き人がしたいの」
「ファウナ……」
意思の強い瞳。何があっても曲げない信念。
(……やっぱりダメか)
ユーフェンは力なくため息をつくと、彼女から手を離した。
「次も僕が助けてあげられる保障はないよ。わかってるね?」
「勿論」
即答するファウナの表情に、迷いはない。むしろ清々しいほどだ。
「わかった。でもユイランの部屋の入るのは一日一時間だけ。これは僕も譲れないよ。君が取り返しのつかない犠牲になったら嫌だからね」
「取り返しのつかない、犠牲……」
ファウナは仕方ない、と頷いて見せた。だが同時に、彼の表情にも気になることがあった。自分を見ているはずのユーフェンが、自分ではない誰かを見ているような――そんな気がしてならなかった。