妖精 4
「ただいま……」
「あぁ、おかえりファウナ。お祭りはどうだった?」
家に着き扉を開けるや否、母親の第一声が飛び交う。部屋のカーテンは昼夜問わず閉めっぱなしで、昼であるのに夕方のように薄暗い。そんな中、母親は木の椅子に座り本を読んでいる。
今思うと、先ほどのことが嘘だったかのようだ。現実に戻ってきた。
「……うん、ちょっと……色んなことがありすぎて疲れた」
ファウナは倒れるようにベッドに横たわる。うつ伏せになったまま顔だけを背け、心配そうに自分を見てくる母親と目を合わす。
(ローブを着ていたのがお母さんじゃなくてよかった……)
黒の短い髪と、瞳をもつ母親。それは黒の妖精である証。
人々から嫌われる運命にある黒の妖精が生きていく場所は、この世界にはない。皆と同じ輪の中に入ろうものなら、殺されてしまうだろう。
だからこそ、ファウナの家は村から外れたところにあった。整備がされていない、草木の生い茂った暗い場所。いい環境とは言えないが、あまり村人も来ない安全なところだ。
「ファウナ、体調でも悪いのかい?いつもファウナばかり働かせてしまっているから……疲れが出たのかもしれないね」
「……あっ、ううん!そんなんじゃないの!あのね、話せば長くなるんだけど……初めて白の妖精に会ったの」
母親を心配させてはなるまいと、ファウナは村で起こったことを全て話すことにした。
収穫祭での楽しい雰囲気、スープがとても美味しかったこと、突然ローブを着た人が来て黒の妖精に間違えられたこと、そしてその人が本当は白の妖精であったこと。
ファウナにとって白の妖精に会ったことは衝撃的であったし、そして何より、年の近い男の子と話をしたのは久しぶりだった。
彼女に友達はいない。それは母親が黒の妖精である故に、家に友達を連れてくることは勿論、母親のことを打ち明けることなどできなかった。
そのためにどうしても、ファウナは自分から人と距離をとってしまうのだ。
「白の妖精……、私も一度でいいから会ってみたいねぇ。本当に生きた芸術のような、綺麗な人間だと聞いたことがあるよ。……そうか、ファウナは会ったのかい。あんたは運がいいね」
母親は羨ましそうに黒の目を細めると、ファウナの頭を優しく撫でた。
「……でも私は心配だよ。これから先……、あんたは村へ行けるのかい?いくら誤解だったとはいえ、あんたは黒の妖精に手を貸したんだ。それは村人を敵に回すのと同じことだよ」
「あ……、うん。それはわかってる、けど……」
「ファウナは優しい子だ。……でも、自分の身を守ることも忘れちゃいけない。少なくとも私は、あんたが元気で笑っていることが一番の幸せなんだからね」
「……うん。ありがとう、お母さん」
例え家が貧乏でも、母親が黒の妖精でも、友達がいなくても。ファウナは幸せで、けれど母親のために必死だった。
もし自分がいなくなってしまったら、それこそ母親だって生きてはいけない。母親一人で村に降りて行けば、ほぼ必ず村人に殺されてしまう。
(お母さんは……私が守ってみせる)
ファウナは心の中で強く思うと、疲れた身体を癒すため、ろくにご飯も食べずに布団に潜り込んだ。
まだ陽は高いけれど、もうじき暗くなり夜がくる。隠れてここに住んでいるため、夜だからといって明かりをつけることはできない。それなら早く眠り、朝早くから働きに出かけるというのが賢い方法だ。
ファウナはごそり、とスカートのポケットに手を突っ込んだ。コロン、と手中に固いモノがあたる。
(ユーフェン……、また会えるかな)
エメラルドの白鳥のブローチ。それが何を表すのか知らないまま、彼女は眠りにつくのだった。