犠牲 3
「戻るのか?」
先程の無線機の声を聞いていたのか、ずっと黙りこくっていたユイランは口を開けた。
まだ火薬遊びは終わらない。楽しさはこれからでもある。彼女は残念そうに肩を落とし、こくりと頷いた。
「……そうか」
ファウナの動作を合図に彼は立ち上がる。体についた土や草を払い、名残惜しそうにする彼女を見やる。
「早くしろよ」
「あ、はい……っ」
ファウナはすっきりしないままでいた。せめてもう少し此処に居ることができたなら、彼をまだ知ることができたのかと。
(前進したって思ってもいいのかな)
誰にでも心を閉ざしてしまっているユイラン。それは過去が原因か、それとも現在か。
二人は来た道を引き返す。とは言っても道という道ではない。それはちょっとしたサバイバル、木の枝道だ。
(暗くて見えにくいけど、何とか帰れそう)
未だ続いている火薬遊びの光が、明るく足元を照らしてくれる。足元だけではなく、それは鞄も――。
(……え、鞄?)
ファウナは進める足を止めた。それに気付いたユイランも足を止める。
「何やってんだ」
早くしろ、と言いたげな目でファウナを睨む。彼女は光る鞄の中に手を突っ込んだ。
「無線機が……」
チカチカと取るのを促す光。その色は――青。そう、ユーフェンからだ。
『青は絶対取るな』
ソルトの念押しが、頭の中でリフレインする。
取ってはいけない。けれどずっと光り続ける無線機を無視することに、躊躇いを感じる。ユーフェンはソルトに用があって連絡を入れているのだ。
(でも取るなって言われているし……)
無線機を握るファウナの手が、鞄の中へ戻ろうとした。だがそれは中に戻ることはなく、ユイランの手中へ。
「ユイラン……何するの?」
止めることも虚しく、それは行われた。ONのボタン。ユイランの手によって。
ファウナは息を呑んだ。必死に木から落ちないよう集中しながら。
ユイランは冷めた目で手中にある無線機を見ると、そのスピーカーを彼女の方へと向ける。相手の声がよく聞こえるようにという配慮だろう。
無線機の奥は砂嵐のようにノイズが鳴っており、ユーフェンの声が途切れながら聞こえてきた。
『ソル……どこ、い……の?』
(あ!“ソルトどこにいるの”、かな?)
最初は聞くことを躊躇していた彼女であったが、いつの間にか無線機に耳を傾けていた。声を出すまいと、手を口に当てて。
『早くし……と、研究……っ。ノア……ちが……っ!』
(え、何……?)
じんわりと額に汗が滲む。一部分の単語しか聞こえない、わからない。
(また研究室……!?)
ユーフェンを取り巻く研究室の存在。先程の彼の言葉は、それについて何か言っていた。
(“ノア”って何?研究室の中に何があるの?)
訳がわからず混乱するファウナ。だが無線機の奥の空気は徐々に変わる。
『ソル、ト……?』
やはりノイズが邪魔をする。ユーフェンの声をきちんと聞きとらせてはくれない。
ユーフェンの言葉に耳を澄ます。だが、次の彼の言葉は鋭いものだった。
『……誰……!?』
(ヤバイ……ッ!)
心臓を握り絞められたかのよう。相手にも聞こえてしまうのではないかという程に、早まる鼓動。
(どうしよう、どうしよう……っ)
――プツン
「……え?」
途端に消えるノイズ音。恐る恐る彼女が顔を上げると、無線機をイジるユイランの姿があった。どうやらONからOFFに切り替えたらしい。
「ほら」
「あ、うん……」
彼から差し出された無線機を受け取るファウナの表情は晴れず、思いつめていた。