決行 5
ぼんやりと風景を眺めていると、後ろでカタリと音がした。
「お茶を淹れたから、中にお入り」
「あ……っ、うん」
少し名残惜しい気もしたが、言われた通り中へと入るファウナ。時計を見ると16時すぎになっていた。
「あと二時間半……」
「え?何か言った?」
思わず口を突いて出てきた言葉に、ファウナは「何でもないよ!」と慌てて首を振る。折角ユイランの本心を聞けたのに、ユーフェンにバレてしまっては元も子もない。
「……そう」
彼は何とも言えない顔をしていたが、ファウナは敢えて気付かないフリをした。
彼女が椅子に座ると、ユーフェンは「どうぞ」とお茶を机に置いた。以前とは違った味付けのようで、ほんのりと湯気が出ている。
嬉しそうにそれを見つめる彼女に、ユーフェンは口を開けた。
「最近、ユイランとはどう?」
「……えっ」
「何もされてない?」
まさか計画に勘付かれたのか、とファウナは思ったが、どうやら違うようだ。気の荒いユイランの性格をよく知っているユーフェンは、彼女の身をただ案じている。
「あ、うん。前よりは全然なくなったよ」
(ちょっとビックリした……)
安堵しながらも、口にお茶を含む。彼もまた安心したように、ふっと笑った。
「それならいいんだ。君まで怪我してしまったら……」
「……え?」
ファウナはお茶を飲む手を止めた。ある言葉が引っかかった。
(君……“まで”?)
ユーフェンも自分が言った言葉に驚いており、無意識のうちに口を手で押さえている。
「ユーフェン……、誰か怪我したの?」
(……あ……っ!)
言ってからファウナは気付いた。そういえば、誰かに同じようなことを聞いた気がする、と。
『……誰か怪我を……?』
『犠牲者……恐れている……』
(……思いだした、ソルトに聞いたんだ)
ソルトの時は、ファウナ以外にも外へ連れ出そうとした人が犠牲者となった、と言っていた。もしユーフェンが言っている人がソルトの時と同じであったら、彼はその犠牲者を知っていることになる。
ふとユーフェンを見れば、墓穴を掘ったような表情をしていた。ファウナはこの時とばかりに、ソルトに聞けなかったことを聞くことにした。
「ねぇ、ユーフェン。その怪我した人は、今はどうしてるの?」
「……!」
「生きてるの?」
ソルトには、聞くタイミングを逃してしまったけれど。
「……っ」
「ユーフェン……?」
どんどん顔が青ざめていく。僅かながらに手も震えているようだ。
「ユーフェ……」
「死んで……」
名前を呼ぶファウナを遮る。彼は唾を呑んで、また口を開いた。
「死んでしまった方が、楽だったかもしれないね」
「それって……」
死んではいないということ。けれど言い方からして、今は生きることが危ういということ。
だがこの事実以外に、彼女は新たな事実を知った。ソルト以上に、ユーフェンの方が傷ついているということ。ソルト以上に、彼には聞いてはならなかった。
「ユーフェン、ごめん……」
「……」
(こんなに辛そうなユーフェン、初めてだ)
それからは碌な会話ができなかった。どんなことを話しても、まるで会話に気が入らないユーフェン。いつもは楽しい時間であるはずが、この時ばかりは苦痛な空間だった。
そうこうしていく内に時間は経ち、気付けば18時半近くになっていた。