決行 4
時間が経つにつれ、浮足だつファウナ。何か作業をしては時計を見、また何かしては時計を見ることを繰り返していた。
(う~、落ち着かない)
ちらりとまた時計に目を移す。今の時刻は15時半。火薬遊びは19時から始まる。彼女が計画している目的の場所には30分前、つまり18時半に城を出るつもりだ。
何か仕事を探しに行こうかと考えているとき、部屋の扉をノックする音が聞こえた。控えめで丁寧なリズムからして、ユーフェンかリルあたりだろう。
「はい」
ファウナの返事を確認してから開く扉。綺麗で繊細な金糸の髪、優しくて大きな青の瞳――ユーフェンだった。
「急にごめんね。今暇かな?」
ユーフェンは扉のノブに手をかけたまま彼女の返事を待つ。断られたら潔く引く覚悟なのだろう。
ファウナは勢いよく首を縦に振った。
「うん、暇だよ!すごく!」
あまりの興奮にユーフェンは少し驚いた表情を見せるも、おかしそうにクスクスと笑った。
「そう、良かった。なら僕の部屋へおいで。美味しいお茶を淹れてあげる」
「うん!」
ファウナが彼の近くに行くと、にっこり微笑んで手を差し出すユーフェン。
「お手をどうぞ、お姫様」
「……えぇっ!?」
(手……、手を繋ぐの!?)
ユイランの手を握っていたのとは訳が違う。ユーフェンを好きだと自覚してから、これはまさに願ってもないこと。
「は、はい……」
恐る恐る彼の手に触れると、捕らえるように、けれど優しくその手を引っ張る。
(し、心臓破裂しそう……っ)
手から心音が伝わってしまうかというほどに、ファウナの心臓は早鐘を打っていた。目の前の彼はそれこそ何でもないというように凛としていて、それが少し彼女にとって悔しかった。
ユーフェンの部屋に入るのは、これが初めてのこと。いつも会うときはファウナの部屋にユーフェンが来るかたちであったから。
「此処、座って」
部屋の扉の近くで思わず立ち尽くしてしまったファウナに、ユーフェンは苦笑を洩らしながら椅子へと促す。
(凄い……!)
彼女が呆然としてしまうのも無理はなかった。彼の部屋はユイランの部屋とは違い、ファウナのイメージする“王子様の部屋”そのものであったから。
広さはユイランの部屋の二倍はあるだろう。部屋の隅には観葉植物が置いてあり、床は金の刺繍が入った赤の絨毯が敷かれている。
恐らく十人くらい可能であろう、木材加工の大きめの机と長椅子。窓際にはユーフェンが執務をするための机が置かれている。机上は書類などが積み上げられていて、この周辺だけは付き人も掃除ができないのか散らかっている。
「ごめんね、汚いところだけど」
「……えっ!そんなことない、凄くいい部屋だよ!」
ユーフェンの部屋を説明をするとキリがなかった。けれど彼の部屋に生活感は全く感じられず、プライベートの部屋というよりも仕事用の部屋という感じがした。
「……ん?……あっ!」
「どうしたの?」
彼女はずっと、大きい窓だとばかり思っていた。等身大の、扉のような。
「ユーフェン、これ……ベランダ!?」
「うん、そうだよ」
目を輝かせる彼女にユーフェンはふっとほほ笑むと、自らその窓を開けた。途端に温かい風が室内に吹き込む。
「良かったら外に出てみたらいいよ。僕はお茶を淹れてくるから」
「ありがとう!」
ファウナが一歩ベランダに出てみると、そこからは村の様子が一望できるようになっていた。焼け枯れた自分の家も視界に入る。
(今日の夜、なんだよね。あの村の火薬遊びを見るの……)
ユイランも一緒であるため村へは下りないが、火薬遊びは近くの丘で見る予定だった。その丘は、以前ユーフェンとの思い出がある場所。
良い思い出も、嫌な思い出もある場所。