決行 2
眩しい太陽の光が、カーテンの隙間から差し込んでくる。今日は良い天気だ。火薬遊びをする火にとても相応しい。
「……今、何時……?」
思い瞼を擦りながらファウナは時計に目をやると、針はもう十時を指していた。いやまさか、ともう一度目を擦り見てみるが、その針が動いているわけもなく。
一瞬思考が停止した。いつも起きている時間は七時だ。とすればいつもの三時間、寝坊してしまったということになる。
「しまった、寝坊!朝食が……っ!」
ファウナは一気に眠気がとれ、制服に着替えると、ろくに髪もとかさず食堂へと向かった。
自分の仕事はユイランの付き人。彼の身の周りの世話が第一だ。
「ユイラン、ごめん!」
食堂へ行って朝食を受け取りユイランの部屋へと来たファウナは、慌ただしく扉を開けると、そこにはいつものように窓の外を眺めるユイランの姿があった。
今日はいつもにも増して、彼の姿が幻想的に見える。差し込む太陽の光が、まるでスポットライトのように彼を照らす。黒の髪がきらきらと風に靡く。
ユイランは相変わらずこちらを見ず、口を開けた。
「朝っぱらからうるせぇ」
「ご、ごめん……」
ファウナは中へ入ると机に朝食を置いた。そしてグラスに水を入れる。空気の泡がふつふつと浮かんでくる。
「ユイラン、朝食遅くなってごめんね」
その言葉にユイランは視線だけを彼女の方に向けた。だが何も語らず、朝食にも手をつけようとはしない。
「……ねぇ、ユイラン。今日の夜だけでいいから、私を信用してくれないかな」
涼しい穏やかな風が窓から入ってくる。まるで彼らの心をくすぐるかのように、優しい風だ。
ユイランは目を伏せた。頬に、長い睫毛の影が落ちる。
「……何で……」
少しでも物音がしたら聞こえなくなってしまう声。ファウナは次の言葉を促すように、「え?」と反応を返した。
「何でそんなに俺に関わろうとするんだ?」
今度はしっかりとした声だった。彼は言葉を続ける。
「理解、できない。普通は関わろうとしねぇだろ。俺と関わったところで、百害あって一利なしだ」
落ち着いた声。ここまで落ち着いて話すのは、もしかしたら初めてかもしれない。ようやく彼と向き合って話ができる喜びに浸ることもなく、ファウナは彼の問いかけに少し思考を巡らせるも、すぐに口を開けた。
「……そうかな」
「!」
彼女はユイランへ一歩足を近づけた。彼を取り巻く空気が緊迫したものに変わる。
「私は、それはユイランの方だと思うよ」
また一歩、近づく。
「ユイランの方が、人と関わるのを避けているみたい」
そしてまた一歩――。
「!!」
ファウナはユイランの手を強く握った。引こうとする彼の手をしっかりと掴み、黒の瞳を見つめる。
「どうして……、どうして逃げるの?」
そう、何だかんだと言って彼は人を寄せ付けない。部屋に閉じ込められているから、黒の妖精だから、理由は様々だろうけど。
「何をそんなに恐れているの?」
――バシンッ!!
ファウナの頬に痛みが走った。けれど以前のような殺気はないものだ。
「てめぇいい加減にしろよ……」
固く拳を握りしめたユイランは、床に倒れたファウナを見下ろす。腰かけていたベッドから立ち上がり、彼女の髪を乱暴に掴んだ。
ふと彼を見てみると涙こそ出てはいないが、その瞳は泣いているように彼女は思えてならなかった。