思案 3
自分は、そんなにいけないことを聞いてしまったのだろうか。
ソルトの様子を見ていると、ファウナはそう思わずにはいられない。机の上で手を組んでただ一点をじっと見つめ、眉を寄せている。
軽口を言おうものなら、その場は冷えきってしまうに違いない。最も、そのようなことは思いもしないが。
「ユイランはもう……犠牲者を出したくないんだ」
「犠牲、者?」
彼は全てを知っているような話し方で。ユイランと対立しているユーフェンの付き人だと言っても、どうやらユイランを敵とは思っていないらしい。
寧ろ、彼の味方と言い換えてもいいくらいだ。
「前にも居たんだよ。お前みたいな奴が」
ファウナのように、ユイランを外に出そうとした人。そしてその人が、犠牲者となった。
「何があったの?」
ユイランと、その犠牲者の関係は何なのか。
ソルトは静かに口を開けた。
「お前さ、黒の妖精が放つ陰の気の強さ、理解しているか?」
黒の妖精の陰の気。それは時として、村一つ分を滅ぼす力がある。
仮にも彼女の母親は黒の妖精だった。一般人よりは理解しているつもりだ。
「知ってるよ」
だが、ソルトは彼女の発言に首を横に振る。
「いや、わかっちゃいねぇよ」
彼は一旦間をあけると、ファウナを見据えた。
「王家の気は遥かに強い。その辺にいる黒の妖精より遥かに、だ」
「でもユイランが王家にいるのに、国は大丈夫みたいだよ?」
黒の妖精は嫌われてはいるが、今のところ国自体は平和だ。
ソルトは「あぁ……」と気の抜けた返事をしたかと思えば、言葉を連ねた。
「そりゃそうさ。王家にはユーフェンとライト、二人の白の妖精がいるからな」
王家の気は強い。それは黒の妖精だけでなく、白の妖精もまた然り。ユイランの陰の気はユーフェンの陽の気で打ち消し合い、二つの気はないものとなる。しかしライトの陽の気で、国は僅かながらも繁栄している。
しかしそれは、黒と白の妖精が近くにいるからこそできること。部屋に閉じ込められているユイランが外に出るということは、白の妖精から離れるということ。彼の陰の気が放出されてしまうことになるのだ。
「お前、どうしてもユイランを外に出したいのか?自分がどうなっても?」
それは、外に連れ出してバレてしまったときのことではない。
黒の妖精と外に出ることによって、陰の気を最も強く受けるのは身近にいるファウナだ。
けれどそのようなことは、ファウナにとってさほど重要なことではなかった。何故ならもう、既に心は決まっていたから。
「うん。外に出してあげたい」
少しでも、ユイランが外に出たいと望むなら。
ソルトは呆れたような困ったような表情をすると、ふっと笑みを溢した。
「……そっか、それなら俺も協力してやる。但し、俺の言うことは優先してもらうからな」
その言葉を聞くと、ファウナは手を叩いて嬉しそうに笑った。
「勿論だよ!ありがとう、ソルト!」
残る問題はあと一つ。ユイランの本心を聞きだすこと。
(犠牲者を出したことで、きっとユイランは責任を感じてるんだ……)
自分の陰の気で、犠牲者が出たこと。例え不可抗力であったとしても。
(……あれ?)
彼女はふと思い返した。先程のソルトの言葉を。
(そういえば犠牲者って、一体何が起こったんだろう)
今も生きているのか、死んでいるのかさえも言わなかったソルト。知らず知らずのうちに話が反れてしまっていたけれど。まるで、深く聞くなとでも言うかのように。