思案 2
「で、何でまたユイランと?部屋から出るのも難しいのに、火薬遊びへ出かけるなんて至難の業だぞ?」
部屋に着いた途端のソルトの第一声は、案の定、否定的な言葉だった。わかってはいたがこうもはっきり言われてしまうと、自信がなくなりそうだ。
ファウナはカップに甘めの紅茶を淹れると、それを洒落た器にのせた。そしてそれをソルトに差し出す。
「……うん、わかってる。わかってるけど……」
言いかけて、ファウナははっとした。自分はまだ何も言っていない。言っていないのに、何故ソルトが知っているのだろうと。相手がユイランだということは話の流れでバレるのはわかるが、「火薬遊び」なんて触れてもいないのに。
「あの、ソルト……どうして知ってるの?私、火薬遊びに行くなんて一言も言ってないのに……」
そもそもファウナがユイランの部屋から出てきたとき、待ちかまえていたようにソルトは扉の前に立っていた。こうもタイミングが重なるだろうか。まるで彼女の行動心理を読んでいるかのよう。
「あぁ、それは……」
「それは?」
ためるように、ソルトは紅茶を一口音をたてて飲む。カチャ、とカップを器にのせた。
「リルが俺のところに来たんだよ。火薬遊びのチラシ持って」
「リルさんが!?」
意外だった。彼女は何事にも関わりたくないと、見て見ぬフリをする人だと思っていた。
それに加え、リルがソルトの所へ行ったのも珍しいこと。二人はユーフェンの付き人であると言ってもお互い最低限のことしか関わろうとせず、必要以上に話すことなどなかったはずなのだ。
相性が悪い、典型的な二人だから。
彼は一度だけ頷くと、人差し指をピンと立てた。
「早い話、リルは俺に止めてほしかったんだよ、きっと。人に関心がないように見えるけど、危ないことに首突っ込もうとしてるお前をほっとけなかったんじゃねぇの?」
ファウナはゴクリと唾を飲む。自分の軽挙妄動がどんな災いを招くかもしれないと、それを知らせようとしてくれるリルに、少しの驚きと嬉しさがあった。
けれど自分の決意は、そう簡単に崩れるものではないのも事実。すぐに崩れる決意など、初めからしないのが彼女なのだ。
ファウナはソルトの目をじっと見つめたあと、座ったまま頭を下げた。
「ソルト、お願い!手を貸してください!」
「……お前、俺の話聞いてた?リルは俺に、お前を止めるように……」
「ソルトしか頼める人がいないの!」
もう自分だけで物事を考えて、行動することは止めようと思った。それが中途半端になるくらいなら。
もうリルにもソルトにもバレているのだ。この際手段は選んでいられない。
「お願い……!後でどんな罰も受けるから。だからユイランを……っ」
ユイランのために、自分は何ができるのか。思い浮かんだのは、たった一つの計画。
ユイランは外に出たくないはずがない。何か理由をつけているだけなのだ。
ソルトは頭を下げ続ける彼女に、落ち着いた真剣な声で言った。
「ユイランは何て言ってた?」
ファウナは顔を上げた。
未だ残る問題。いくらこちらの準備ができたとしても、本人が来なければ何の意味もない。
『外に出たくないの!?』
『勝手に決めるな』
まるで興味がないような言い方だった。もうこれ以上、何も言うなとでも言うように。
「ユイランは……」
ファウナがその先を続けようとしない代わりに、ソルトが口を開けた。
「ユイランは『行かない』って言わなかったか?」
その言葉に、彼女はビクリと肩を揺らした。「お前がしようとしていることは無駄だ」と言われることが怖くて、ソルトが次を言おうとする前に慌てて言葉を紡ぐ。
「でも、でもそんなはずないよ。出たくないわけ、ないよ……」
ファウナは空になったカップを両手で握り、ぎゅっと体を固めた。
「あぁ、そうだな。でも、あいつは行かないって言い張ると思うぜ」
「どうして!?」
ガタン、と椅子が後ろにひっくり返る。彼の言うことに納得がいかず、ファウナは責めるように声を上げていた。
ソルトは驚いたように目を見開き、「落ち着けよ」と彼女を宥めた。
「ソルトは知ってるの?ユイランが外に出ないって言い張る理由」
机に両手をつきあくまでもゆっくり問うファウナは、彼の視線を捉えて離さない。
「知ってるさ」
ファウナの強い視線に、負けじとソルトも見つめ返す。しかし彼に笑みはなく、冷たい汗が流れていた。