計画 3
久しぶりに自分の家に帰ってきたファウナ。無残に焼けた家は、時間を逆戻りにさせるかのように、記憶を呼び覚まして行く。
これが怖かった。今までの幸せな思い出が、母親の最期のことで恐怖に上書きされてしまうのではないかと。
でも大丈夫だった。不思議と心は落ち着いている。過去の記憶を塗り替えることなど、誰もできないのだ。
瓦礫や灰が山のようになっている家の中に、ファウナは足を踏み入れた。
母親の遺骨さえ残らなかった炎の威力は、この場所が家だったことを疑わせる。
(最期……、此処にお母さんは居た)
荒らされたタンスの下敷きになっていた母親。その体は始末屋によって、酷い暴力を受けていた。
(此処で私の名前を呼んでた)
『ファウナ、あんたは来るんじゃない!』
(お母さんの方が辛いのに、苦しいのに……)
ファウナの身を一番に。
彼女は座り込み、母親の居た場所に手をあてた。掌にさらりと灰がつく。
「お母さん……」
そのまま彼女は目を閉じた。いつでも、誰よりも他人を優先にする母親のことを考えていた。母親であったら、自分と同じ状況だったらどう行動するだろうかと。
その様子を、リルはただじっと見ていた。何も言わず、ただじっと。
陽も落ちてきた頃、ファウナはやっと立ち上がる。その表情はどこか涼しげで、何かをふりきったような、しかしどこか諦めたような。
「気はすみましたか?」
ファウナはにっこりとほほ笑む。覚悟を決めた彼女の瞳。もう、迷わないと。
「帰ろう、リルさん」
「……はい」
リルは何も聞かなかった。ファウナが何を決めたのか勘付いてはいたが、口を出してしまえば止めざるを得なくなる。
彼女自身も、興味があったのかもしれない。ファウナが何をしでかすのか。そして何を変えてくれるのか。
(ユイランを少しでも、外に連れ出す)
ファウナはその意思を心に秘め、二人は城へと歩き出すのだった。
二人が城につくと、ファウナは真っ先にユイランの部屋へと足を向けた。
誰にも口外するつもりはない。すれば、少なからず巻きこんでしまう上に迷惑もかけることになる。
誰にも気付かれることなく、ユイランを外に連れ出す方法。それを見つけなければならない。
「ユイラン、入るね」
ノックをしてから扉を開けると、椅子に腰をかけ窓の外を眺めるユイランが居た。
窓の向こう側は景色など見えず生い茂った樹木があるだけなのに、ユイランはいつも憂いた目をして眺めている。
城には庭師がいるのにも関わらず、ユイランの部屋がある付近だけは整備はされていない。黒の妖精自身に対する恐れと、国民には見られないようにするために。
「ユイラン、体の調子はよくなった?」
「……」
調子がまだよくなっていないのか、それともただ機嫌が悪いだけなのか、ユイランは振り向きもしない。
きっと後者なのだろう。頬杖をついて反応を示さない。勿論この反応を予想していたファウナは、さほど気にはしなかった。
窓に近づき、ユイランと共に外を眺めた。城の中でも彼の部屋は南側。窓からまっすぐ見た先に村がある。その村は城の庭の樹木によって遮られているのだが。
(この木さえなければ綺麗に空が見えるのにな……)
「……おい」
寡黙だったユイランが不機嫌そうに口を開けた。
「何しに来たんだ、てめぇ」
最もな台詞だった。ファウナは何をするのでもなく、ユイランとただ外を見ていただけなのだから。
しかし彼女は満足気に笑って見せると、怪訝そうに顔をしかめる彼に言った。
「ユイラン、明日の夜デートしよう!」
その言葉の後、鳥の鳴き声だけが虚しく部屋に響くのだった。