計画 2
ファウナは村人が去る姿を確認してから、目の前の背中を見つめた。自分と同じくらいの背丈の、小さくて細い体、そして短い茶の髪を。
「リルさん……?」
名前を呼ぶと、彼女はゆっくりと振り向いた。
「リルさん、どうして此処に……」
此処は村。買い出しはファウナの気まぐれで来た。リルが此処に偶然来ただなんて考えられない。
「命令を受けましたので」
「命令?」
「貴方が安全に村に居れるようにと。先程のような争いなど起こさないようにするためです」
リルに言われ、ファウナは一気に正気になった。あの時村人に突っかかっていたら、いくら変装をしていたとはいえ怪しまれるだろう。
「ユーフェン様からの命令は絶対です」
「ユーフェンが!?」
「はい。騒動があってはいけませんと」
なるほど、彼はよく理解しているようだ。ファウナの性質を。
「……で、貴方はどこに向かうつもりですか?」
言われてファウナはリルを見ると、彼女も付いて来る気のようだった。
よく見れば服装は城のものではなく動きやすいズボンになっているし、彼女も何か買うつもりなのか小さなカバンを持っている。
「えっと……何買うかは決めてないんだけど、とりあえずお店回ってみたいんです。いいですか?」
「わかりました」
淡々と返事をするリル。こうして二人の買い物が始まったのだが、リルは無表情な上に必要なことしか喋らない。歩いていても会話があるわけでもなく、何とも気まずい。
(何だか気を遣うな……)
自分の一歩後ろを歩くリルに意識を向ける。出店に目を向けるわけでもなく、本当にファウナの見張り役としてだけに来たようだ。
そんな彼女を連れ回すのは気が引けて、ファウナは急いで買い物を終わらそうと試みた。果物屋に足を向けてみたり、小物屋にも足を向けたり。
だがユイランからはいらないと言われているし、彼女自身も大して欲しい物があったわけでもない。ただ単に何かしなければいけない衝動に駆られて、ここに出てきただけだ。
何を見ても、買いたいとは思わなかった。
「リルさん、ごめんなさい。もう大丈夫です。そろそろ帰りましょっか」
散々歩いたというのに疲れた素振りもないリルに、ファウナは声をかけた。リルは頷き、城へと足を進めようとしたとき、ファウナはふと、あるチラシに目がいった。
(ん?何これ……)
あまり気にはしていなかったが、様々な出店が出ている通りにたくさんのチラシが貼ってある。その中の一枚が気になった彼女は、歩く足を止めた。そしてそのチラシに釘付けになった。
「どうしたのです?」
それはたった一枚の小さなチラシ。赤や黄、青などのたくさんの色が使われている。
「あぁ、火薬遊びですね」
ファウナの後ろで呟くリル。ファウナはくるりと彼女の方を向くと、興味津津に聞いた。
「火薬遊びって?」
目を輝かせるファウナにリルは少々戸惑いを見せるも、声を発した。
「職人達が腕を競うため、火薬を空に打ち上げるのです。どうやら日程は明日のようですね」
(明日……)
その時、ファウナの脳裏によぎったのはユイランの顔。何年も部屋の中から出てこない彼に、少しでも楽しんでもらうことはできないだろうか。
そう思ったファウナはチラシを見つめながらリルに聞いた。
「火薬遊び、城の中からは見えないのかな?」
この言葉に、リルは眉をひそめた。
「見えません。火薬遊びが行われるのは村の中でも南の位置。北にある城からは庭の樹木が邪魔でしょう」
王家の城の庭は、庭師が雇われている程に広い。庭の中の樹木は城と同じ程の高にそびえ立っている。
(城の中からは無理かぁ……)
残念そうに肩を落とすファウナ。リルは彼女の考えを察したのか、軽くため息をついた。
「先に言っておきますが、ユイラン様を外に連れ出すなどしませんよう」
「……え!?」
「そんなことをしてもし見つかりでもしたら、貴方は城にさえ居場所をなくすことになりますよ」
「……っ」
何も言い返すことができず、ファウナは俯いた。自分の居場所か、ユイランの心か、二つに一つ。
「行きましょう。もう買い出しは終わりなのでしょう?」
彼女に背を向けて、リルは歩き出す。ファウナを気遣ってか、歩く速度はゆっくりだ。
「リルさん……」
小さく呟くように名前を呼ぶと、リルは首だけで振りかえる。
「行きたいところがあるんですけど、行ってもいいですか?」
リルはファウナの目を見た。何か覚悟を決めたようなそんな瞳。
「何処です?」
問い返してきたリルに、彼女は口を開けた。
「私の……家があった場所です」
同時に、ファウナの母親が眠る場所。母親が亡くなってから、初めて家に向かう。
リルは一度だけ頷くと、再び彼女と共に歩きだした。
今度はファウナの家があった方向へ――。