鍵 3
鋭い彼の視線が痛かった。それ以上研究室に近寄ろうものなら、いくらファウナでも容赦はしない。そう伝えてきているようで。
「あの、私……」
あまりにまっすぐすぎて、正面から直視できない。彼の表情は依然として変わらない。
「兄上……?」
「……」
「あの、私許可を貰おうと……」
「……許可?」
ようやくユーフェンの瞳が揺らいだ。まだ笑顔はないままだが、少し隙ができたよう。
「私、外出したくて……。勝手に出て行ったらダメかと思って……」
段々と小さくなる声。彼の顔を見るのが怖い。声を聞くのが怖い。今までこんなにも、彼に恐怖心を覚えたことがあっただろうか。
「そんなこと、か」
ため息混じりにユーフェンは呟く。たったそれだけのことなのに、足が竦む。普段はとても優しい彼であるだけに、余計に。
「それなら伝言でよかったのに」
「ご、ごめんなさ……」
「兄上ぇ!」
この空気に耐えきれなくなったライトはユーフェンを呼んだ。ライトさえもわからなかった。彼の様子が変わった理由を。
「兄上、何を怒っているの?ファウナ、恐がっちゃうよ。八つ当たり、いけない」
二人の間に立ちはだかり、ファウナを守るように両手を大きく広げる。その幼い手は、僅かに震えていた。大好きな二人が喧嘩しているのを見ていたくなくて。
「あ……っ」
瞳に浮かんでいく綺麗な涙。ユーフェンははっとしたようにライトの頭を撫でた。
「ライト、ごめん……っ。ファウナも……ごめんね」
軽く頭を下げるユーフェン。もう怒っているような雰囲気ではない。だが眉を下げたユーフェンの表情は、今にも泣きだしてしまいそうなほど弱々しいものだった。
ファウナは慌てて彼に近寄ると、そっと肩に触れた。見ていられなかった。今にもぽっきりと彼の心が折れてしまいそうで。
「気にしないで、ユーフェン。私……私こそごめんね」
ゆっくりとユーフェンは顔を上げる。弱々しいけれど、いつもの優しい笑顔だ。
「……ありがとう。気をつけて出かけておいで」
「うん」
ほっとしたように微笑んで、彼女はユーフェンに手を振りその場を後にした。
行き先は、自分の家があった村。
「ライトもありがとう」
「ううん、いいの」
ユーフェンの服をきゅっと握って、彼を見上げる。
「これ、鍵。早く中に行かないとだね」
ユーフェンは彼から鍵を受け取ると、ぎゅっとそれを握りしめた。
いつかはバレる。遅かれ早かれ、確実に。
でも今はまだ――。