鍵 2
(ユーフェン、研究室かな?)
思って、歩んでいた足を止めた。そういえば研究室の場所を知らない。仕事で用があるわけでもないし、日常で行くことなんてなかった。
(私……マヌケだ)
ガックリとうな垂れるファウナ。けれどそんな彼女の後方から、可愛らしい声が聞こえてきた。同時に走ってくる足音も。
「ファウナ!ファウナ~!」
大きく空中に弧を描く。ライトは顔に満面の笑みを浮かべたかと思えば、彼女に勢いよく抱きついた。その拍子に後ろに転げる二人。
「ラ、ライト!?あの……っ」
「ファウナもうお仕事終わったの?じゃあね、ボクと一緒に……」
「ライト、ちょっと待って!私行く所があるの」
「……行くところ?」
ライトはきょとんと首を傾げ、ファウナから離れた。彼女はほっと胸を撫でおろすと、服を正し、小さく頷く。
「うん、ユーフェンの所」
ライトはそれを聞くと、閃いたようにポンっと手を叩く。
「ボクも!ボクも兄上のとこに行くつもりだったの」
「ライトも?」
ライトはファウナの手を両手で握ると、前へ前へと引っ張った。
「こっち、こっちだよ。一緒に行こう?」
彼に言われるがまま、されるがままに付いて行くファウナ。ぐいぐいと引っ張られ、半ばこけそうにもなりながら。
(ライトはユーフェンに何の用なんだろう)
二人は今度こそ、第一王子の元へと向かう。それぞれ要件は違えども。各々の目的を果たすために。
『何でファウナに知れたらダメなんだ?』
一方、研究室の前で立ち尽くすユーフェン。ソルトの先程の言葉が頭の中を支配する。早くマスターキーで研究室に入らなければいけないのに、体が金縛りにあったかのようだ。
「……知られちゃダメだよ」
別に、外部に洩れたら何かが起こるわけではない。研究室に悪影響が及ぶわけでもない。
そう、王家なんて関係のない、ユーフェン個人の問題なのだ。
「僕が嫌なんだ……」
この部屋の中を、ファウナに知られる恐怖。
「絶対に……」
「何がダメなの?」
「……ライト!?」
声がした方を振り返ると、そこにはライトが立っていた。ライトはひらひらと手を振っている。
「どうして此処に……」
「ユーフェン!」
「……っ!?」
嫌な予感がして、ライトの後方を見る。――あたった。そこにはにっこりと笑うファウナがいた。
(どうして……っ)
ライトはユーフェンの服の裾を掴み、興奮したようにちょこちょこと引っ張る。
「あのね、ファウナが兄上のとこに行きたいって言うから、ボクが案内してあげたの。エライ?」
(ライト……)
ユーフェンの額に冷たい汗が流れた。だがあくまで平静を装うとライトの頭を優しく撫で、頷く。
「うん、偉いね」
「えへへ~。ボクもソルトに言われてたから。兄上に鍵を渡すようにって」
「……鍵?」
ユーフェンの眉がピクリと動く。どうしてこのタイミングなのだろうかと。よりにもよって、ファウナがここにいるタイミングで。
「うん。ソルトがね、兄上に届けろって。鍵なくして研究室に入れないからって……」
「ライト!」
黙っているとライトが全部喋ってしまう気がして、ユーフェンは彼の名を呼んだ。まるで真綿で首を絞められているようだ。早く彼女をここから遠ざけたくて、でもできない。心がざわめく。
ライトは思いがけないところで制止され、びっくりしたように兄を見つめた。明らかに変だ。いつもの冷静な兄ではない。それが手に取るようにわかる。
そんな二人の変な空気の外れたところで、ファウナは研究室を見上げていた。他の部屋よりも大きめの扉で、ドアノブの傍には小さな鍵穴がついている。一見何ら変哲もない部屋だ。
(ここが研究室……)
ファウナがその扉に手を触れようとした瞬間だった。
「ファウナ、僕に何の用があるの?」
別に扉を開けようとしたのではない。ただ、触れようとしただけ。今は鍵がかかって開けれるはずもないのだから。それはユーフェンもわかっているはず。
(ユーフェン……?)
彼から笑みが消えていた。余裕なんてものはない。彼はもう、その部屋を守るので必死なようにも思えた。