鍵 1
研究室には、一体何があるのだろうか。これも黒の妖精のときと同様、王家の秘密なのであろうか。
ファウナは尚も団欒部屋でジュースを飲んでいた。グラスを握る両手が、じんわりと汗ばんでいく。
(詮索しちゃダメだよね……)
聞きたくても聞けない雰囲気を、ユーフェンはいつも出す。そして聞く間すら与えない。
「待つしかない、よね」
いつか、ユーフェンの方から話してくれるまで。それは途方もないことかもしれないけれど。
自分にそう言い聞かせると、ファウナは勢いよく椅子から立ち上がった。
「こうしてても始まらない!何か……何かしたい!」
とにかく働きたくて仕方がない。じっとしていると、考えなくていいことまで考えてしまいそうだった。自分はそういう性質であることを誰よりも理解しているからこそ、今、自分にできることがしたかった。
(あ、そうだ!)
ファウナはグラスなどを急いで片付けると、ユイランの部屋へと向かった。
「ボックの~お姫サマ~♪あ~わいグリーンのキラキラおめめ~♪」
長い長い廊下で、ライトが上機嫌に歌いスキップする。その歌は自分のオリジナルなのか、音階が変である上にリズムもまばらだ。
「か~みはキレーなユルユルで~♪お上品な~……あれ?」
ライトは歌うことを止め、歩む足も止めた。前からソルトが険しい顔で走ってくる。
「ソルト、どうしたの?」
へらん、と気の緩んだような笑顔を向けるライトを、無言で通り過ぎるソルト。先程のユーフェンとのやり取りもあって気が張っているのか、ライトにまで気を遣ってはいられないようだ。仮にも王子だというのに。
「あれ?」と首を傾げると、ライトは通り過ぎていったソルトの方に振りかえる。
「ねぇ、ソルト!何かあったの?」
心なしか楽しんでいるように、ソルトは聞こえた。鍵をなくした自分が悪いとはわかっていても、ライトが無線機に出ていればこんなことにはならなかったのに、と。
しかも、こんなに上機嫌な顔を向けて。
「……研究室の鍵、落としちまったんだよ。お前も鍵持ってるだろうと思って無線機かけたんだぞ?なのに出ねぇし……今探してるところだ」
きょとん、と小さく首を傾げて、ライトはポケットに手を突っ込んだ。取りだしたのは“L”と書かれた鍵と無線機。無線機の小さなランプがチカチカと点滅している。
「ほんとだ!ごめんね、さっきまで父上のお部屋で音楽聞いてたから、音が聞こえなかったんだ。今度はちゃんと取る」
しゅん、と肩を落とすと、ライトは無線機をポケットにしまった。まるで小動物のように小さく竦み、頭を下げる。
困った。これでは自分の方がライトを苛めているみたいだ。しかもそんな風にされては、自分が何て大人げないのだろうと思ってしまう。
「こ、今度からは気を付けてくれよ。お前、悪いけど今から研究室行って、ユーフェンに鍵届けてくれないか?俺は鍵探してくるから」
「……うん!」
もうソルトの機嫌は悪くないだろう。そうライトは判断すると、明るい返事をした。その様子を見て、「ほんとにわかってるのか、こいつは」なんて思うも、ソルトは彼に委ねた。
ライトは鍵を小さな手に納めると、もう片方の手でソルトに手を振り、また長い廊下を歩いていくのだった。ユーフェンのところ、研究室へと。
「ユイラン、入るね?」
コンコンと二回ノックをしてから、ファウナは部屋の扉を開けた。彼はまだベッドに横になっており、彼女に背を向けている。
「ねぇユイラン。何か欲しいものない?言ってくれたら私、村に買いに行くよ?」
沈黙を決め込んでいたユイランだったが、その一言でくるりと彼女の方を向いた。
「……村に殺されに行くのか」
「え?」
ユイランはベッドから起き上がる。
「お前の母親、黒の妖精だったんだろ。村の奴らはお前をいいように思っちゃいない」
「……っ」
寒気がした。ユーフェンを助けた後の、村人の反応。始末屋によって殺された、母親。
村での良いことが思い出せない。
「でも……だからってずっと城の中に居たんじゃ、状況は変わらない。悪くも良くもならないから」
「……」
「私、ちゃんと変装していくから大丈夫だよ」
彼女はにっこりと笑って見せた。
(この女……)
「さっさと行けよ」
吐き捨てるように言って、またベッドに潜り込むユイラン。小さく舌打ちする音も聞こえた。
「あ、欲しい物は……」
「ねぇよ」
彼の背中から聞こえてきた声に、ファウナは「そっか」と頷いた。
ユイランの部屋を出て鍵を閉め、彼女はふと思った。
(ユイラン、もしかして心配してくれたのかな?)
考えて、いやまさかと首を横に振る。相手はあの捻くれたユイランだ。以前は首も絞められた。
(まさか……うん、まさかね。まずはユーフェンの所へ行かないと)
外出の許可を貰いに。彼女は長い廊下を、歩き始めるのだった。