疑問 1
「元気ないね。またユイランに何か言われたの?」
ユイランに部屋を追い出されてから、ファウナは廊下でユーフェンに会った。
錯乱状態だった王妃の容体も大分安定したようで、ユーフェンの表情から安堵が感じられていた。
彼に誘われてファウナは今、団欒部屋にいる。
この部屋は城で働く者なら誰でも使っていいことになっており、部屋の家具は豪華であるもののそれを感じさせない優美さがあった。
使用人にとっての休憩室、と言い換えてもいいのだろうが何となく落ち着かず、ユイランとの先程のやり取りもあり、彼女は椅子に座ったまま視点が定まらないでいた。
ユーフェンは困惑気味に彼女の顔を覗き込む。すると、ふと目が合った。
「あ、ごめんユーフェン。どうしたの?」
何秒か前のユーフェンの質問は上の空だったようで、彼は苦笑をもらすと透明のグラスに入った飲み物を彼女に差し出した。
ハチミツレモン水をベースにした、様々な果物が入っているジュースだ。グラスの底で小さな赤いさくらんぼがふわふわと揺れている。
ファウナはそのグラスを受け取ると、感嘆の声を上げた。
「わ!美味しそう!」
キラキラと目を輝かせるファウナに、彼はにっこりとほほ笑んだ。
「うん、美味しいよ。飲んでみて」
初めて目にするその飲み物に、彼女はそっと口をつけた。果物の甘酸っぱい香りと味が、口の中に広がっていく。
ファウナはその美味しさに、いつの間にか一気に飲み干していた。
「美味しい!美味しかったよ、ユーフェン!」
先程の緊張が嘘のように消え、彼女は少し興奮気味になっていた。ユーフェン手作りの味に、まるで酔ってしまったかのように。
「喜んでもらえてよかった。ファウナのために作ったんだよ」
淡い青の瞳が、ファウナを捉える。金縛りにあったかのように、彼女はその瞳に釘付けになった。いつも目が合うと反らせない。
(どうしよう、また……)
いつかの日のように、また二人の距離が近づく。ゆっくりゆっくり、時間がスローモーションになったかのように。
今度こそ、かもしれない。ファウナが目を閉じようとしたとき、カーテンの隙間から太陽の光が差し込む。その光が、ユーフェンの胸元を反射した。
「……っ!まぶし……」
バサバサと風に吹かれるカーテンが、時間の流れを元に戻していくようだ。
ファウナは目の前にある彼の胸元を見ると、そこには見たことのあるものがついていた。
綺麗なエメラルドグリーンのブローチ。白鳥を形どった装飾品。以前に見たときよりも少し黒くなっているようだったが、それでも光沢はあった。
ファウナはそれを凝視した。何故ここにあるのだろうと。このブローチは自分の家と一緒に燃えてしまったはずなのに。
「ユーフェン、これは……」
彼はいつも通りの笑顔を浮かべると、ブローチに目を移す。
「ファウナの家が燃えてしまった後、改めて探しにいったんだよ。ごめんね、勝手に。君のお母さんが眠る場所でもあるのに……」
そう言って目を伏せたユーフェンは、少し悲しげだった。この話をすることで、ファウナを傷つけてしまうのではないかと。彼女は大きく首を横に振った。
「私こそ!私こそ……ごめんなさい。そのブローチ、ユーフェンの大切なものでしょ?なのにこんな……傷つけちゃって……」
探しに行くのは、使用人に頼むこともできたはず。なのにそれをしないのは、本当に自分の宝物だから。大切なものだから。
きっと探しているときは、灰まみれになったに違いない。
「大丈夫。燃えずに見つかっただけでも僕は嬉しいから。気にしないで」
大きく骨ばった、しかし繊細で白い手が、彼女の桜色をした頬を包み込む。近くに聞こえるユーフェンの息遣い。心臓がドクンと高鳴る。
だが、それも一時のものでしかなかった。
ピ――ッ!!
突如聞こえた高音。部屋中にかん高く鳴り響く。
「……!?」
ファウナは周りを見回した。何の音なのか全く予想がつかない。
そんな彼女に対し、ユーフェンは彼女から手を離すと、自分のポケットから四角型の何かを取りだした。
そこには小さなランプがチカチカと付いており、音もそこから鳴っているようだった。
ファウナはいつの日だったか見たことのあるそれを見つめた。
「それは?」
ユーフェンはチラリと瞳だけで彼女を見ると、音を止めてから口を開ける。
「無線機だよ」
城の中は広いからね、と付け加え、無線機を自分の口元へと移動させた。
「ソルト?何かあったの?」
どうやら先程の高い音は、ソルトからユーフェンへのものだったらしい。無線機の奥で、ソルトが慌ただしそうに応えた。
『あ、ユーフェン!早く研究室に来いって!今かなり危ない状態になってて!』
ソルトの声と共に聞こえる荒れた機械音。ユーフェンの表情が途端に曇る。
(研究室って何……?)
そういえば、とファウナは思い返した。確か前に、今と同じようにソルトがユーフェンを呼びだしたことがある。
しかも研究室のことで――。