狂乱 3
部屋の中の小さな個室にユイランは居た。自分の髪をぐっと引っ張り、ザクリ、ザクリとナイフでそれを切り落としている。
「ユイラン何やってるの!?」
ナイフが髪の毛に入る度、パラパラと床に落ちていく。
ファウナは慌ててユイランに近寄ると、ナイフを握る手を掴んだ。
「ユイラン、そんなことしないで!」
「うるせぇ!!この髪が……この髪がいけねぇんだろ!!」
ユイランはファウナを押しのけると、尚もナイフを髪に入れる。
「この髪のせいで……!この髪のせいで、俺は母上を傷つける……っ」
「ユイラン……」
彼は力なくナイフを落とした。カラン、と寂しげに鳴るその音は、まるで彼の心を表したようだった。
ガクリとうな垂れるように床に膝をつくユイラン。短くなった自分の髪を両手でグシャリ掴む。
「何で、俺だけ黒髪なんだよ……」
ポツリと呟く彼の声は、消え入りそうな小さな声だった。
「ユーフェンもライトも金なのに……何で俺だけ!!」
小刻みに震えるユイランの身体、そして声。
いつも虚勢ばかり張って、人を寄せ付けないようにして。けれど――。
(寂しくないわけ、ないよ)
ずっと一人で闘ってきた。息が詰まるようなこの部屋の中で、ずっと。
「……っ!」
ファウナはいつの間にか、ユイランの身体を抱きしめていた。少しでも早く、体の震えが止まるように。少しでも早く、彼が安心できるように。それは、気休めかもしれないけれど。
「てめぇ、離れ……」
「ユイランの髪は綺麗だよ」
ファウナは彼の黒の瞳をじっと見つめた。
「とても綺麗だよ」
王妃はユイランに酷い扱いをしているのに、彼は王妃の身を一番心配した。
王妃が倒れたときも、一番に駆けだしたのも彼だった。
(本当は、こんなにも優しい)
ファウナは優しく微笑む。
けれど、ユイランは彼女の肩を押し返した。その反動でファウナは後ろにひっくり返る。
「……てめぇに何がわかるんだよ」
「え……?」
「“黒の妖精”でないお前に、俺の気持ちなんかわかるか!!」
ユイランは声を荒げる。気が高ぶっているのだろう、呼吸も次第に上がっていく。
「普通の人間にわかるわけねぇよな。鏡を見るたび、何度この目を潰してやろうと思ったかしれねぇ!何度この目がなくなればいいと思ったか!知った風な口きいてんじゃねぇよ!!」
ファウナは彼の言葉を聞きながら自身の身体を起こすと、強く言葉を発した。
「わからない、ユイランの気持ちなんて。でもそうやって境界線引いてたら、いつまでたっても歩み寄れない!」
怖がって距離を置いていても何も始まることはない。何かを変えるには、進まなくてはいけない。
彼女の言葉は、その意味を含めてのものだった。
彼女の母親は一般人の黒の妖精だったけれど、ユイランは王家。考えようによれば、国を動かすことも、国を変えることもできるかもしれない。
「ユイラン、だから……」
「……馬鹿じゃねぇの、お前」
そう口にした瞬間、ユイランは気を失いドサリとその場に倒れた。気の高ぶりの激しさ故に、体がついていかなかったのだ。
「ユイラン……」
短くなった髪のせいで露わになった首筋。赤黒い三角の痣が、彼の痛みを訴えているようだった。