狂乱 2
ファウナは走り去った彼の背中を見つめながら、王妃の言葉がフラッシュバックしていた。まるでユイランではなく自分が言われた言葉であるかのように、頭の中がぐらぐらする。
『こんな化け物、産みたくなかった』
(何でそんなこと言うの……)
ファウナは王妃に目をやると、彼女は未だ手足がガクガクと震えている。
(ユイランの親でしょう!?)
ファウナは王妃の目の前に立ちはだかっていた。このように王妃を見下ろすなんて、本当は無礼なこと。けれど今の彼女にとって、そのようなことはどうでもよかった。
王妃は彼女を見上げることはなく、まだ「化け物、化け物」と呟いている。
我慢ができない。
一言で言えば、これがファウナの心情であった。
「貴方、何なんです!?」と言う付き人の女の声は、耳を通り抜けていた。
「ユイランは化け物じゃない!!」
強く強く拳を作り、泣きたいのを堪えながらファウナは声を振り絞った。
「ユイランは、一人の人間だよ!!」
「貴方、王妃様に何て無礼な……っ!!どこの所属の者です!お言いなさいな!!」
女からの強い口調で、ファウナは口を閉じた。
何故か頭が冷えていく。何てくだらないのだろう。
「……私は、ユイランの付き人だよ」
「な……っ!そんな馬鹿な!黒の妖精に付き人なんて……!!」
ファウナは彼女に背を向けると、足早に部屋を出た。
ユイランをまた追いかけなくては。きっと城内が混乱することになる。
そう思い走りだそうとしたとき、「ファウナ!」と自身を呼ぶ声が聞こえ、振り返る。
「ファウナ、母上……大丈夫だった?」
そこに立っていたのは、手に薬品の入った箱を持っているユーフェンだった。王妃のいる部屋にはただでさえ薬品が多くあるのにまた薬か、なんてファウナはふと思った。
しかしそう思うだけで、言葉には出さなかった。王妃自身は意識も取り戻し、気が狂いながらも何とか無事だ。
けれどファウナにとって、心に大きな傷を負ったユイランが気になって仕方がない。
「……ユーフェン、私ユイラン追いかけるね」
ユーフェンからの質問に答えることなく、そう言った。だが彼は逃しはしなかった。彼女の腕をぐっと掴み、動きを制止させる。
「……何……?」
ファウナは首を傾げると、ユーフェンはゆっくりと彼女の腕を離した。
「ユイランも母上も……嫌いにならないでほしい」
「……っ!」
ファウナはユーフェンの言葉に頷くことなどできなかった。自分の子供を「化け物」とあしらった王妃がどうしても許せない。
それは、自分の境遇と王妃の境遇を比べているのかもしれなかった。黒の妖精だからと言って、どうして愛してあげることができないのか、どうして支えてあげないのか理解ができない。
「……ごめんね、ユーフェン」
それだけ言うと、ファウナはユーフェンに背を向けて走り出した。
後ろは振り返らなかった。振り返ればユーフェンの悲しげな表情を見なければならなかったから。
(ユイラン……っ)
今までどれほどの中傷を受けてきたのだろうか。
ユイランだけではない。この世に存在する、全ての黒の妖精。また自分の母親でさえも、自分の知らないところで傷ついていたのだろうか。こうなることが、宿命なのか。
「ユイラン!!」
ユイランの部屋に着くと、彼女は勢いよく扉を開けた。
「……っ!?」
ファウナは部屋の中を見て愕然とした。部屋に置かれている花瓶などは割れ落ちており、その中に入っていたと思われる花が無残にバラバラになっていた。
全身を映す程の大きな鏡は素手で割ったのか、血痕が至るところに飛び散っている。
(何、これ……)
まるで、獣が荒らしていったかのような有り様だった。
「!」
ファウナは床に、何かが落ちていることに気付いた。拾ってみると、黒く細い糸のようなもの――髪の毛だった。